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のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ひノ巻【口裂け女】
10/31

エピローグ

「いやー! このシフォンケーキ最高だね! 新妻さんの愛を感じるよ!」

「程よい甘さが最高なのじゃー!」


 口裂け女事件より数日後、本日学校は臨時休校だ。

 そんな訳で時間的余裕もある僕は自宅に新妻さんを招いて事件についての話し合いを行っていた。

 今、口に運んでいるのは新妻さんの手作りシフォンケーキだ、本日僕の家で話をすると言うことでわざわざ作ってきてくれたらしい。


「ありがとう! 急いで作ったからあんまり凝ることは出来なかったけど、その分いっぱい作ってきたら沢山食べてね!」


 紅茶のほのかな香りが芳しい紅茶のシフォンケーキ、本人は急ぎで作ったと言っているが本格的でその味わいに一分の隙もない。のじゃーさんも僕もその魅力の虜になってしまっている。

 そんな僕の様子を新妻さんはじぃっと見つめている。

 むむむ、何かな? もしかして僕の男前度に惚れ直しているのかな?

 僕は新妻さんの真剣な視線を受けながらもゴキゲンで目の前のシフォンケーキを攻略する。


「ねぇ、羽田君。腕の怪我は大丈夫かな?」


 ポツリと、新妻さんが呟く。

 その視線は僕の右手に注がれている。手の甲から肩付近まで巻かれた包帯が少々痛々しい。

 口裂け女に受けた傷は予想以上に深かった。事件が解決した後に行った病院ではとても驚かれ、しきりに何があったのかしつこく聞かれて誤魔化すのに苦慮したほどだ。

 当然、それだけの怪我だ、後も残ってしまう……。


「ん? ああ、これ? 大丈夫だよ。カッコイイから包帯巻いているだけでもう怪我は治ってるしね」


 右手を軽く挙げてなんでも無い素振りを装って答える。

 完治まではまだまだ時間がかかる、怪我が治った後の腕がどうなっているかは神のみぞ知ると言ったところ、だからと言って後悔なんて一片足りともしていないけどね。


(怪我、やっぱり後が残るのな……)

(絶対新妻さんに言っちゃ駄目だよ? のじゃーさん)


 念話でのじゃーさんへと釘を差す。

 新妻さんには決して知られる訳にはいけないからね。

 この事を知ったらきっと彼女は凄く悲しむだろう、そして責任感の強い新妻さんの事だ、私に出来る事なら何でも言って! とか言って僕にいろいろなお詫びをしようと……あれ? これ僕大勝利の方程式じゃね?


「そう言えば、あれからどうなったの? 私もあんまり詳しい事聞いてなくて……」


 僕が悪魔の誘惑と戦っている時だ、新妻さんがふと思い出したように呟く。

 それはかの事件の顛末についてだ、あれからいろいろな友達のツテを頼って情報を収集していた僕とは違って新妻さんは噂程度にしかその内容を知らないのだろう。

 そうあたりをつけると僕は彼女が知らないであろう情報を説明していく。


「うん、まずは先輩だけどどうやら無事だったみたいだね、でも少しだけ精神的に参ってるみたいで今は入院中。回復には向かっているみたいだからこっちは安心だね」


 あの後のじゃーさんにも確認してもらったが、先輩は無事生気を回収したらしくなんとか犠牲者を出さずに事件を解決できる形となった。

 のじゃーさんが見た時には介抱する教師もすでに居合わせていたらしいので病院の手配などのアフターケアも迅速に行われた様だ。

 しかしながら先輩は少々精神的に参ってしまっているらしいと言う噂がある。まぁ一時的に生気が大量に抜けた事と、生霊が消されたことによるショックだろう、しばらくすれば元に戻るからそれに関しては心配いらないね。


「そっか、良かった……。でも、やっぱりあの時の事って変質者って事になっているの?」

「そうみたいだね、変質者が校内に侵入! 教師が必死に捜索するもどこかへ逃げたらしくて見つからない。教育現場の安全管理が問われる! って感じだね」


 実はそうなのだ。

 例の事件は、実体化した口裂け女を見た生徒が数人居たり、実際に破壊された教室があるにも関わらず変質者の仕業と言うことになってしまった。

 転々と続く血の跡も残っており学校はてんやわんやの大騒ぎだ、本日に至るまで臨時休校と言う事になっており、スキャンダルを嗅ぎつけたマスコミによる連日の報道も過熱する一方だ。

 今は休校中なのでバレないけど、登校したら腕の怪我をどうやって誤魔化すべきやら……。


「そんな……だってあれが変質者な訳ないじゃない、だって、あんなに」

「ここにも隙あらばセクハラする変質者がいるのじゃー」


 空気が少し重くなったのを感じ取ったのか、雰囲気を和らげようと不意にのじゃーさんはそう言い出すと僕に後ろから抱きついてくる。そうして僕の首に腕を回して、「変質者を捕まえたのじゃー」と嬉しそうにはしゃぎだす。

 はわわわ! 僕捕まっちゃった! これはもう、薄い本だね! 薄い本みたいなやらしい事をのじゃーさんにされちゃうんだね、ワクワク!

 でもね、のじゃーさん。僕は変質者じゃありませんよ? そこの所はハッキリとさせておくね。


 「僕の場合は同意を得てるからセクハラに当たらないと思うよ、のじゃーさん」


「「えっ!?」」

「え?」


「「「…………」」」


 謎の沈黙が室内を支配する。

 僕はこのままだとなんだかまた二人から文句を言われそうだなーと思ったので早速話題をさり気なく戻す事にした。


「まぁ人の認識そんなものだよ。実際にそういった存在をこの目で見たとしても理性がそれを認める事を拒否するんだ。そうして自分にとって都合の良い展開に置き換えてしまうんだね」

「そうなんだ……世の中にはこんなに不思議な事がいっぱいあるのに」


 よしよし、新妻さんが話題に食らいついてくれた。

 けど、その言い方からするとまだ見え続けているのか……。

 口裂け女と対峙した時あちらの世界との親和性が高まり、のじゃーさんが見える様になってしまった新妻さんだが、事件が終わった後もそれが元に戻る事は無かった。

 その事を相談されて、しばらく様子を見てみる事になったんだけどどうやら駄目だったみたいだ。


「やっぱり、まだ見える?」

「ちなみに、今物質化を解いたのじゃ」


 視界に映るのじゃーさんの腕が一瞬ブレる。物質化を解いた証拠だ。

 本来だと普通の人にはこれでのじゃーさんが見えなくなるはずだけれど、新妻さんは変わらずのじゃーさんがいる場所を見つめている。


「うん、ハッキリと見えるよ。羽田君のお家に来る時もそうだったんだけど、知らないだけで外にも変わったのが沢山いるんだね」

「自分から変な事に首を突っ込まない限り問題は無いけど、このままってのもいけないね。最低限自分で対処できる様にならないと……」


 地縛霊、浮遊霊、妖怪、妖精……。

 世の中には様々な目に見えない住人が存在している、いきなりその様な物を見えるようになっては新妻さんにとってもかなりの負担だろう。

 少なくとも降りかかる火の粉を払う方法を身につける事が必要になってくる。


「ごめんね……」


 寂しそうに、そして申し訳なさそうに新妻さんが謝ってくる。

 やめておくれよ新妻さん! 将来のお嫁さんを助けるのは夫としての勤めなんだよ! それに君にそんな顔は似合わない、いつもの素敵な新妻さんに戻っておくれ!


「いやいや、新妻さんが謝る事じゃないよ、どうしようもなかったしね。まぁ時間はあるしゆっくりと考えようよ!」

「なんとかなるのじゃ! 主に任せておけばバッチリ解決なのじゃー!」

「うん! そうだね、のじゃーさん!」


 僕とのじゃーさんの励ましが聞いたのか、新妻さんにも笑顔が戻ってくる。

 よかった、これ以上悲しむ新妻さんを見ていたくは無かったからね。これで同意を得た僕のセクハラも(はかど)ると言う物だ!

 僕はシフォンケーキを口に運びながら、元気になった新妻さんにどんなセクハラ行為を働こうかとウキウキと考えるが、その行為を中断するかの様にテーブルの上に置いてあったスマートフォンより呼び出し音がなる。

 僕のだ、誰からだろう?


「ちょっと失礼して……」


 新妻さんに断りを入れてスマートフォンを手に持つ。画面には短く「師匠」と表示されていた。

 ようやく連絡をしてくれたのか、ってか遅すぎますよ師匠!

 僕は呆れにも似た感情を胸に抱きながら受話ボタンをタップし、スマートフォンを耳元に持って来る。


「こんにちは、羽田悟君。怪我の方はどうですか?」

「師匠……」


 年齢を感じさせる渋いバリトンの声がスマートフォンより聞こえてくる。

 この威厳を感じさせながらも穏やかな雰囲気を持った人物が僕の魔術師としての師匠だ、昔ちょっとした事件に巻き込まれた縁で知り合う事ができ、それ以来ずっとお世話になっている。

 ってか、それよりだ。傷の事をどこで知ったんだこの人……新妻さんや家族意外は知らないはずなのに。

 僕は自らの師匠でありながらこの人の事を殆ど何も知らないなと思いながら取り敢えず文句を言うことにする。


「なんで連絡くれなかったんですか! 僕かなりピンチだったんですけどっ!」

「でも君はちゃんと解決できたじゃないですか。課題のブレスレットや私の指示も役に立ったみたいで嬉しく思います」


 この人、全部分かっていたのか?

 よくよく考えてみると、課題のブレスレットには違和感があった。

 使い魔の使役がメインの僕にあの様な魔術道具を作らせるのもおかしいし、そもそもあの課題は急であった。

 そして師匠の言うアドバイス……。


 ――買い物に行くなら遠方が良いですよ、その場合予備のヘルメットを持って行って下さいね。


 ショッピングモールに行く直前、師匠より電話にて告げられた言葉だ。

 高位の魔術師は人間という存在から片足はみ出している所がある。師匠もそういった例に漏れず時たまありえない事を言い出したり行ったりするのだが……。

 予知――それも正確無比な全てを見通す程のものだ、流石の僕も冷や汗が止まらない。


「師匠はあれですか? ゴッドか何かですか?」

「そんな訳ないですよ。私は人が持つ力の範囲でしか事を為せません」


 相変わらず、感情に揺れのない穏やかな声で師匠が答える。

 全くもって説得力のない言葉だ、人間がそこまでできるのなら今頃世の中にはスーパーマンがあふれている。

 僕は師匠の言葉を胡散臭げに聞きながらも連絡をくれた理由を質問する。


「あんまり信じれないですけど……。それで今頃何の用事ですか? 僕は命をかけて助けたプリチーな女の子とイチャイチャするのに忙しいんですけど!」

「ははは、それはごめんなさい。今回お電話した理由はその女の子――新妻さとみさんについてなのですよ」


 いや、いつ僕が新妻さんの名前を師匠に言ったんだ? 本当に何者だよこの人……。

 僕は驚きを通り越して呆れの表情を浮かべながら話を続ける。


「彼女は不本意ながらも今や完全に視覚化を身につけ、不思議な現象を見ることが出来る様になっています。このままでは良くない事は君もご存知でしょう」

「あー、そうなんですよね。それについて相談しようと思ってたんでした、何か良い解決方法は――」

「君が彼女を弟子として指導してください、男性は最後まで女性に対して責任を持つものですよ」


 遮られる様に告げられた言葉に一瞬思考が停止する。

 新妻さんを弟子として指導するって、僕未だに指導を受ける側なんですけど……


「……まじですか?」

「残念ですが、目覚めた彼女の感覚が元に戻る事はほぼ無いと占術の結果が出ています。一番身近にいる君に対応してもらうのが一番効率的かつ彼女に負担の少ない方法なのですよ」


 事態を未だに理解しきれない僕に師匠はゆっくりと、要点のみを抑えた完結な説明を続ける。

 だがまぁ、師匠の言う通りの方法しか無い気がする。師匠の使う占術はかなりの精度を誇る。人間半分やめているこの人が言うのだ、恐らくそれが最適な方法なのだろう。

 けど、新妻さんにどう説明したものか……。


「羽田悟君、今回の課題達成おめでとうございます。次回の課題は新妻さとみさんを無事魔術師として育てる事です。C∴C∴C∴は貴方の一層の邁進を期待します。それでは、ごきげんよう」


 僕があれこれと今後について考えを巡らせているのを知ってか知らずか、師匠は一方的に伝えたいことを告げると別れの挨拶をする。

 まだまだ相談したいことは沢山ある、慌てて引きとめようとするが……。


「あっ! ちょ――」


 ――切れた。

 師匠はいつもこうだ、恐らく電話をかけ直しても出てくれることは無いだろう。

 まぁ本当に困った時にはこちらから連絡せずとも向こうから連絡をしてくれるからとりあえず頑張ってみるかな。

 スマートフォンをちゃぶ台の上に戻しながらそう考えていると、僕の様子を見ていた新妻さんが話しかけてくる。


「あ、羽田君。お電話終わった? なんだか難しそうな話だったけど何かあったの?」

「う、うーん。新妻さん、あのね。ちょっと大事な話があるんだ……」

「え? な、何かな?」


 まぁ、まずは新妻さんに説明するかな。そうしないと始まらないしね!

 僕は先程から苦しくない程度にチョークスリーパーをかけてくるのじゃーさんをゆっくりと解くと、新妻さんへと今後について説明を始めた。


…………

………

……


「そっか……もうずっとこのままなんだ」


 説明を終えた後、新妻さんは不本意に手に入れてしまったこの能力が元に戻らないことを知り、とても悲しそうな表情を見せる。

 その様子を見た僕も非常に申し訳ない気持ちになる、出来ればなんとかしてあげたいんだけどね……。


「ごめんね、本当ならどうにかしたかったんだけど、師匠がそこまで言うなら多分無理だと思う」

「たしか主の師匠殿は今まで占術を外した事がないんだっけ? 凄すぎて意味が分からないのじゃ」

「謝らないで! いいの! それよりも羽田君にまた迷惑をかけちゃうね」

「そこは気にしなくていいよ。それよりも新妻さんの気持ちだよ、魔術師の修行って結構大変なんだ。新妻さんがもし嫌なら一生僕が守ってあげる事もできると思うんだけど」


 魔術師の修行はいろいろと大変だ、座学に実践……。ある程度まとまった時間が必要な為いろいろと負担が発生してくる。

 本当なら僕が新妻さんを新妻にして一生お守りするのが一番なんだけど、新妻さんは一夫多妻制に反対なワガママちゃんなのでそれも難しいだろう。


「ううん、ありがとう。でもね、これ以上羽田君に守ってもらう訳にもいかないよ。それにね、私も羽田君に守ってもらえた様に誰かを守ってあげる事ができたらなって思うんだ」

(ふふふ、師匠と弟子、さとみんは主とお似合いなのじゃ!)

(恥ずかしいなぁ……)


 新妻さんの意思は固いようだ。その様子にのじゃーさんも笑みを浮かべている。

 そうして、からかう様にのじゃーさんから念話で告げられた事実に僕もちょっとだけ照れくさくなる。

 そう言えば、僕も誰かを助けたいと思って師匠に弟子入りをお願いしたんだっけなぁ……。


「だから……。羽田君の弟子にして下さい、よろしくお願いします」

「新妻さん……」


 新妻さんは真剣な表情で僕を真っ直ぐに見つめるとそう切り出す。

 是非もない、後は僕がどれだけ彼女の面倒を見るかと言う点に尽きるだろう。

 ふぅ、わかったよ新妻さん。君の決意は確認しました、後は僕に任せて!


「わかった、じゃあ今日から新妻さんは僕の弟子ね!」

「うん! 私頑張るね!」

「よろしくなのじゃー!」


 笑顔が満ちる。

 それはこの場にいる皆のこれからを祝福しているかの様だ。のじゃーさんと僕、そして新妻さんがいればこれからも楽しい毎日がやってくるだろう。

 新妻さんも先ほどの心配そうな表情は消え、今や僕の大好きな優しそうな笑みを浮かべている。

 のじゃーさんも同様だ、二人共とてもご機嫌でちょっとのことなら許してくれそうな雰囲気を醸し出している。

 ふむ……。イケますねこれ!!


「でも、参ったな……」

「どうしたの?」


 大げさに困った表情をする。早速心優しい新妻さんがヒットしたようだ。

 ふふふ、新妻さん。僕に捕まっちゃった子猫ちゃんはもう逃げられないのですよ!


「いや、実はね。魔術師ってのにはとっても不思議な習慣があってね。女の子の弟子は師匠の事を『お兄ちゃん』と呼ばないといけないんだ……」


「「…………」」


「ふふふ、変な話だよね? でも僕にはどうしようもできないんだよ。古い風習ってのはなかなか改められないものなのさ」


 ドヤァ……。完璧だ。

 新妻さんはチョロイ女の子だし今はご機嫌だからきっとお兄ちゃんと呼んでくれるに違いない! ふふふ、テンション上がってくるな! さぁ新妻さん! よろしくお願いします!


「……ねぇどう思う、のじゃーさん?」

「さとみん察しの通り完全に嘘なのじゃ」

「ぐっ……」


 くそっ! 設定が甘かったか! それとも調子に乗りすぎて警戒されたか!?

 新妻さんは僕の言葉にジトーっとした疑いの目を向けると、のじゃーさんに確認を取り出す。

 もちろん子狐ちゃんはマッハで裏切りだ。僕を疑うなんて酷いよ子猫ちゃん!


「羽田君、いえ! 師匠に言っておきます! 私が弟子になったからには女の子を騙す悪い事は一切許しません!」

「そうなのじゃ! さとみんもっと言ってやるのじゃ!」

「酷いよ! 二人は僕に死ねと言うのかい!?」


 二人してあんまりだ! 僕がいつ女の子を騙すなんて事をしたんだい!?

 僕は彼女達の怒りをなだめようと必死で懇願する。


「駄目です! 甘くすると羽田君は調子に乗るって事を私は知っています!」

「そうなのじゃ! ちょーっと甘い顔すると主はすぐ調子に乗って変態行為をするのじゃー!」

「ぐぬぬぬ……」


 のじゃーさんは新妻さんの隣まで移動するとまるで僕が全部悪いと言わんばかりに新妻さんと一緒になって非難を始める。

 僕もその勢いにタジタジだ、女の子二人に責められてはぐうの音も出ない。


「羽田君、観念しなさい!」

「するのじゃー!」


 二人はビシリと僕に指を指すと降参しろと僕に鋭い視線を向ける。

 うーむ、このまま二人から責め立てられるのを楽しむのも一興だけど。仕方ない、あれを使うか……。


「……わかった、『お兄ちゃん』と呼んでくれたら特別に僕ポイントを30ポイント差し上げるよ」

「なぬっ! 主ポイントが30ポイントも!?」

「へ? ……僕ポイントって何?」


 二人は僕の言葉を聞くとそれぞれ反応を見せる。

 のじゃーさんは驚きと興奮、新妻さんは疑問と戸惑いだ。

 ふふふ、のじゃーさんは食らいついてくれたようですね……。

 僕は続いて新妻さんも陥落させんと僕ポイントについて丁寧な説明を行う。


「僕ポイントってのは僕がプレゼントするポイントでね、沢山集めるとポイント数に応じていろいろな特典があるんだよ!」


 そうなのである。僕ポイントとは、僕が提供する非常に素晴らしいポイントサービスで、家電量販店等で昨今流行りの固定客を掴んで離さないその手法を参考に作られた物なのだ!

 くくく、その魅力的なサービスに子狐ちゃんはすでにポイント集めの虜だ。そして新妻さん、次は貴方の番なのですよ!


「ふーん。でも甘いよ羽田君! 私達はそんな事で誤魔化されたりはしません! ねぇ、のじゃーさん?」

「えへへ、お兄ちゃん! 妾はいい子にするからポイント欲しいのじゃ~」

「のじゃーさんが早速裏切っちゃった!?」


 やぁ! のじゃーさん相変わらずチョロイね!

 僕はポイントの為なら平然と手のひらを返すのじゃーさんに満足しながら高らかにポイントの付与を宣言する。


「よーしよし! 良い子なのじゃーさんには30ポイント贈呈だよ! ちなみに今日はポイント二倍デーだからなんと60ポイントだっ!! ちなみに、のじゃーさんのポイントは現在983ポイントです!」

「やったのじゃー! これで1000ポイントまで後17ポイントなのじゃー! 楽しみなのじゃー!」


 のじゃーさんは嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。

 うむうむ、素晴らしいね、のじゃーさんは日ごろからお手伝いとかを地道に重ねてポイントをコツコツと貯めている。

 その成果がようやく実を結ぼうとしている事に僕も目頭が熱くなる。


「いやー、のじゃーさんはポイントを賢く貯めれる偉い子だね! ポイント二倍デーは月に1回しかないからね。……ってあれあれ!? どうしたのですか新妻さん! チャンスを活かしてポイントを貯めれない新妻さん、どうしたのですか!?」


 先ほどから難しい顔をしている新妻さんをこれ見よがしに煽る。

 ふっふっふ、さぁ、どうするのかい新妻さん! 僕ポイントは色々とお得でお客様に還元される素晴らしいサービスなんですよ!


「むむむ……ま、まず! そのポイントを貯めるとどんな特典があるのか教えてよ!」

「あ! 妾が教えてあげるのじゃ! えーっと、5ポイントでデコチュー、10ポイントでほっぺチュー、20ポイントでハグハグ、40ポイントで普通のチューなのじゃー!」


 僕の代わりにのじゃーさんが説明してくる。その手には小さな手帳が収まっている。

 あれに今まで僕が言った特典の内容が書いてあるのか……迂闊な事は言わないでおこう。


「なんか羽田君に得な事ばっかりだと思うんだけど……」


 特典に不満があったのか、新妻さんが咎めるように指摘してくる。

 でもそれって当たり前じゃないか! 僕が作ったんだもの、最終的に胴元の僕が得をするように設計されている。どう転んでも僕が得をする素晴らしいサービスなのですよ!

 でもまぁ、それだけでは新妻さんを落とす事は出来ないだろう、僕は新妻さんも喜びそうな事に当たりをつけるとごく自然に彼女の興味がポイントサービスに向かうよう仕向ける。


「ちなみに、買い物に付き合うとか、困り事のお手伝いとかもあるよ! 新妻さんがして欲しい事の要望を出すことも可能さ!」

「ポイント特典は主に拒否権が無いから無駄な事に使わなければ便利なのじゃー」


 熱狂的なポイント信者であるのじゃーさんもそれとは知らずにフォローを入れてくれる。

 ふふふ、子狐ちゃんには後でもう少しポイントプレゼントしてもいいかもね!

 お友達紹介者にはそれぞれポイントが付与されるのですよ!


「た、例えばだよ。その……羽田君が他の子を見ないで、一人の女の子だけ見てくれるようにするには……えっと、どの位のポイントが必要なのかな?」


 新妻さんがモジモジと少しだけ恥ずかしそうに訪ねてくる。

 その様子に僕もノックアウトだ、今すぐ新妻さんをベッドに押し倒して少し早めのハネムーンラブを繰り広げたいところだけど、その前にハッキリとさせておかないといけない事がある。

 僕は、未だ照れながらチラチラとこっちを伺う新妻さんをまっすぐ見つめると、彼女が聞き漏らさないようにハッキリとした声で告げる。


「10万ポイントだね」

「え?」

「10万ポイントが必要です新妻さん。ちなみにポイントの有効期限は1年なので気をつけてね」

「難易度高すぎるよっ!!」


 当たり前じゃない! 一人の女の子だけだよ! 他の女の子を見ないで新妻さんだけを見続けるって事だよ!

 むしろ10万ポイントなんてお得な方だ、これでもかなり譲歩したんだ。感謝はされこそ非難されるいわれはないね。

 僕は何故かブツブツと必死にポイントの計算をし始めた新妻さんに慈愛の視線を向けながら最終通告を行う。

 さぁ、子猫ちゃん! 君の返答を聞かせてもらおうか!!


「それで、どうするのかい新妻さん。一気に60ポイントの付与はなかなか無いよ! 賢い人はこのチャンスを絶対に逃さないね!」

「んー、でもさとみん主を甘やかさないって言ってたから難しいと思うのじゃー」


 新妻さんは未だ計算を続けている、そうしてしばらく時間が経ったであろうか、彼女は顔をあげて真剣な表情でこちらを見つめると小さく呟く。


「羽田君……」


 なっ何かな新妻さん!? もしかしておこなの? 僕の誘導に気がついて激おこなの!?

 僕は少々慌てながらも新妻さんに視線を返す、そうして彼女は両手を胸の前で組み、先ほどの真剣な表情から一転上目遣いになって――。


「さとみもポイント欲しいなっ! お願いっ! お兄ちゃんっ!」

「最高だよ新妻さん! 結婚しよう!」

「あれだけ言ってたのに、結局やるのな……」


 新妻さんはやはり僕の新妻さんだったのだ!

 彼女は僕が上げる喜びの声に顔を真っ赤にさせながら「なんで乗っちゃったんだろう……」と俯きながらブツブツと呟いている。

 まったく、怒られるのじゃないかとヒヤヒヤしたよ! でも予想以上に新妻さんがチョロイ女の子で僕も安心だ! 特別に新規加入特典として100ポイント位プレゼントしてもいいかもしれないね!


「まぁ、とにかく宜しくね! 僕が師匠になったからには大船に乗ったつもりで居てね!」

「うう、なんだか不安だなぁ……」

「見事な泥船なのじゃー」


 僕は恥ずかしがる新妻さんをガン見しながらも爽やかに告げる。

 うん、いろいろ合ったけど万事解決して僕は満足ですよ。

 これから色々と大変な事もあるだろうけど、僕とのじゃーさん、そして新妻さんがいれば乗り越えられるだろう。


 僕は大好きな二人の女の子が元気で側にいてくれる事に満足しながら、次はどんなセクハラをしてやろうかと思案する。

 ふふふ、僕のターンはまだ終わってないのですよ。なぜなら、僕の冒険はこれからだからね!!

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