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のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ひノ巻【口裂け女】
1/31

プロローグ

 世の中には科学では証明できない不思議な事がある。

 幽霊、妖怪、悪魔、天使、呪い、奇跡――


 ――そして魔術。


 遠く過去の産物である筈のそれらは、実のところ平成の世でもその意味を失うこと無く脈々と生き続けている。

 もちろん、そんな物があるだなんて普通の人なら信じない。

 全てが科学的に証明できるこの時代に何を言っているのか……と言った所。

 僕も、昔はそんな風に科学の万能性を信じていた、信じて疑っていなかった。


 羽田 悟……僕と言う人間を簡単に説明するのなら幾つかの単語で説明が付く。

 高校二年生、平凡な容姿、学力や運動は普通、友人関係良好、家族は両親に祖父、恋人……無し。

 どこにでもいる男子高校生、そう言って差し支えないのがこの僕だ。

 でも、そんな僕なんだけど他とは少し違う所ある。


 ――羽田 悟は、"魔術師"である。


 そう言ったら普通の人はどう思うかな? 頭のおかしい人? 現実と妄想の区別が付かないかわいそうな子? それとも――。


(あるじ)っ! (あるじ)ーー!」


 その声にハッとして思考の海から戻ってくる。

 緑あふれる大型公園、その一角にある日陰のベンチ、少しばかりの休憩だったがどうやら考え事をしていたようだ。

 僕の視界に可憐な少女が映る、彼女はこちらにアピールするように必死に声をかけてくる。


 その装いは普通に考えるとあり得ない物だ。

 中学生の年頃、ややそれより幼いと思われる小柄でスラリとした体躯。

 絹の様に腰まで流れる白雪を思わせる髪。

 紅玉(ルビー)と見間違う程の、深い赤の瞳。

 その瞳に合わせる様に(あつら)えた(あで)やかな朱の和服。

 そして、一番の特徴、その美しい髪と同じ白の()()と一房の()()


 そう、彼女こそが……、彼女こそが……。


「主ー! (わらわ)の話を聞くのじゃーーー!」


 稲荷眷属(いなりけんぞく)で僕の使い魔、のじゃーさんなのだ!


 はわわ! 可愛いよ、のじゃーさん! プリチーだよ!

 僕の心が一瞬にして晴れ渡る。

 さっきまでちょっと自分語りっぽく脳内妄想に励んでいたけどそんな事もうどうでもいいや!

 いまは、のじゃーさんを愛でる時間だ!


 そう、この眼の前で一生懸命声を張り上げる女の子こそが普通とは違う、僕が魔術師である証拠だ。


 のじゃーさんは僕がひょんな事から出会い、使い魔契約を結んだ修行中の稲荷眷属さん。

 稲荷の眷属とは皆さんご存知、お狐様。

 のじゃーさんは僕の近所にある神社に仕えるお狐様なんだけど最近人化の術を習得し、より見聞を広める為に人の元での修行を命じられたんだ。

 そうして白羽の矢が立ったのが新米魔術師であるこの僕。僕は彼女を使い魔として使役する、彼女は僕に修行の手伝いをしてもらう、こうした相互の役得を元に二人の関係は始まったんだ。

 しかしながら、僕とのじゃーさんの関係はそんな簡単な言葉では説明できない。

 彼女と一目会った時から僕は心を奪われていたんだ、そう、のじゃーさんは僕にとって天使(エンジェル)だったのだ!

 もちろん、それはのじゃーさんも一緒だったらしく、二人が出会った瞬間から始まったラブストーリーは決して終わること無く今に至るまでこうしてひたすらイチャイチャしてるのだ! ……修行? 使役? 何それよく分かんない。


 僕は心の底から慈愛を含んだ微笑みを自らの天使へと向ける。

 のじゃーさんは先程まで無視されていてご機嫌斜めなのか、プンスカ! と言った表情で両手をパタパタと振りながら抗議してくる。うん、その仕草もまた可愛いね!


「主はまた自分の世界に入っていたのじゃ! いい加減教室に乱入したテロリストを華麗に倒す妄想は止めて欲しいのじゃ! お仕事をちゃんとするのじゃ!」


 のじゃーさんは両腕を組みながらプクーとその愛らしいほっぺを膨らませて抗議してくる。

 ああ、のじゃーさんからお叱りを受けるなんて、僕はなんて罪深く、そして幸福なんだろうか?

 でも今日はその妄想じゃないからそう言う誹謗中傷は止めてね、僕もそう頻繁にテロリストを退治している訳じゃないから。最近のトレンドは全校生徒の前でライブだから。

 僕は普段行なっている妄想の内容を事細かに把握し、的確にえぐって来るのじゃーさんの言葉に快感を覚えながら反芻する……ん? 待てよ……、仕事? なんだそれ。


「仕事ってなんだっけ? のじゃーさんの可愛さを世に広めること?」


 はて? 仕事なんてあっただろうか?

 そう言えば僕はなんで今日、ここに来ていたのだろうか?

 面倒な事は記憶から一瞬にして消去されてしまうこの便利脳ではここに来た目的なんてすでに時空の彼方に飛んでしまっている。

 助けてくれ、のじゃーさん! 僕に、僕に真実を教えてくれ!


「ちっがーう! 全然違うのじゃ! 心霊現象調査のお仕事!」

「あー、結社の仕事か……。チッ、面倒臭いなぁ」


 思い出した、なんだかテンションが上がらないな、ずっと忘れていたかったよ。

 そう、僕がこの公園に来たのは最近まことしやかに噂されている心霊現象について調査する為だった。

 普段なら散歩やランニング、涼を取りに来る人々で賑わうこの大型公園だが、今はまったくと言っていい程人通りが無い、本日は休日であるにも関わらず……だ。

 それもそのはず、実はこの公園、数週間ほど前に殺人事件が起こっており、それ以来幽霊が出ると言われているのだ。

 実際に幽霊を見たと言う人もいるらしい。

 その為、利用者が不気味がって近づかずにこの有様。

 僕は、その噂の真偽を確認する事と、事実だった場合の対処をする為にこの公園にやって来たんだ。


 ……世の中には"魔術結社"と言う物が存在する。

 それは魔術の探求や、それに関する様々な活動を秘密裏に行なっていたりする日の当たらない場所に存在する団体だ。

 僕もそんな魔術結社の一つに所属している、そうして、結社の方針「オカルトで困っている人を積極的に助けよう!」に従って、こうやって事ある毎に駆り出されているのだ。

 ちなみに報酬はない、経費は出るが実費のみで要領収書、およそ世の裏に生きる団体がやる事じゃない、もっと、こう、大盤振る舞い的な物を想像していたのに……。

 まぁ、支援と言う意味ではいろいろお世話になっているんだけれどね。


「にゃー! またそうやってわがままばっかり言って! 主はもっとしっかりするのじゃ! ちゃんとしていた方がかっこいいのじゃ!」


 僕のやる気をその言葉より感じ取ったのか、のじゃーさんが抗議の声を上げてくる。

 ん? まてまて、いま聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ!?

 かっこいい……だって!?

 こ、これはいかんですぞ!


「よし、やろう! 僕は僕に課せられた使命を無事こなしてみせるよ!」

「わーい、なのじゃ! それでこそ主なのじゃ!」


 一瞬にしてやる気エンジンをフル回転させて僕は先程まで座り込んでいたベンチより勢い良く立ち上がるとその意気込み声高らかに叫ぶ。

 のじゃーさんもそんな僕に感化されたのか、嬉しそうにピョンピョンと跳ねている。

 見ていてね、のじゃーさん! 僕、頑張るよ!


…………

………

……


 数十分後、そろそろ昼頃だろうか? 日も昇り茹だるような暑さが僕を襲う。


「暑い……。面倒臭い、僕もう帰る」


 僕は速攻で嫌になっていた。


「あっという間のテンションダウンなのじゃ! 先ほどの勢い冷めやらぬ内の帰宅宣言なのじゃ!」


 のじゃーさんが呆れ顔で咎めてくる、でもねぇ……、特に異変が無いんだよね。

 ある程度訓練を積んで魔術師と呼べるようになると、自然と様々な物を感知出来る様になる。

 それは、視覚であったり、聴覚であったり、匂いであったり、言葉で説明できない不思議な感覚であったり。

 調査を再開して早々、テンションに任せてそれらの感覚をフル動員させてみたけれど、気になる点は一つもなかった。


「んー、けど何にも感じないんだよねー。公園内は一通り歩いたと思うけど、のじゃーさんは何か感じた?」


 僕の愛以外に――。


 もちろん、そんな事は言わない、現在のじゃーさんは呆れモードだ、冗談を言おうものなら呆れを通り越して軽蔑されてしまう。

 僕は空気を読める男だ、そんなつまらない事でのじゃーさんに嫌われる様な事にはしたくない。

 小さな手を顎にやりながら、愛らしく悩み込むのじゃーさんを見ながら己の内に芽生える欲望を抑えこむ。


「ねぇねぇ、僕の愛以外に何も感じなかったかい?」


 でも僕はあんまり我慢出来る子ではなかった。憎きかなゆとり教育、僕もまたその被害者であるのだ。許しておくれ、のじゃーさん。


「またそうやって巫山戯てー! もぅ……。 プイッ!」


 だがしかし、我が愛しの天使(エンジェル)は本当に一瞬だけ恥ずかしそうな表情を見せたかと思うと、遂にヘソを曲げてしまったのだ!

 やってしまった、僕は……、僕はどうすればいいのか……。

 もう、こうなったら……。


「土下座をするよ! のじゃーさん!!」

「しなくていいのじゃ! このお馬鹿主っ!!」


 遂にのじゃーさんが爆発してしまった、ああ、なんという事だ! その仕草も可愛らしい。

 プリプリと怒りを露わにするその様子に萌え狂う僕、そんな僕の心境を知ってか知らずか、のじゃーさんは人差し指を立てながらお説教モードに突入する。


「いい!? 主はもっとしっかりとするのじゃ! おふざけがすぎるのじゃ!」

「ハイ、ハーイ」

「ハイは一回なのじゃ!」

「……ハイ」


 もう、しっかりしているじゃないか、のじゃーさんは何がご不満なのだろうか?

 適当に返事をしつつ、のじゃーさんの襟から見える首筋を凝視している僕であったが、のじゃーさんはご機嫌斜めらしくさらに僕を厳しく責める。


「反省が足りないのじゃ! 流石の妾も今回ばかりは許しかねるのじゃ!」

「でもさー、のじゃーさんが可愛すぎるのがいけないんだと僕は思うんだー」


 そうなのである、のじゃーさんが悪いのである。僕はその可愛さに魅了された哀れな被害者でしかない……。


「え!? むむ! うーん……。でもでも、それは関係ないと思うのじゃ」


 お!? 良い感じだぞ! この調子でいけば許してくれそうだ、頑張れ僕!

 のじゃーさんはソワソワとしながら困ったように悩んでいる。

 僕はそんな彼女と視線を合わすように少しだけ屈むと、ゆっくりと、そして優しく語りかける。


「のじゃーさんみたいに可愛らしい女の子が側にいれば、はしゃいじゃうのは当然だよ? だからさ、大目に見て欲しいんだ、のじゃーさん」

「うう、えーと……。えへへ、どうしよっかな? 迷うのじゃー」


 照れながらチラチラとこちらを伺うのじゃーさん。

 ふふふ、陥落まであと一歩! さぁ、必殺の口説き文句を食らうが良い!


「大好きだよ、のじゃーさん……」

「わぁ……。じゃ、じゃあ特別に許しちゃうのじゃ、主だけなのじゃ!」


 ミッションコンプリート! そして僕の完全勝利! のじゃーさんは相変わらずチョロいね!

 のじゃーさんの微笑みと言う名の美酒に酔いしれながら僕は笑顔でお礼を言う。


「ありがとう! のじゃーさん!」

「どういたしまして……。えっと……、その、妾も主の事……大好きなのじゃ」


 のじゃーさんが胸の前で両手をモジモジとさせながら潤んだ瞳で見つめてくる。

 うんうん、良い感じにデレのじゃーさんだ! この調子だともう少し押せ押せでワガママ言っても許されるっぽいぞ!


「あっ! そうそう、さっきの話に戻るのじゃ! 妾も主と一緒で何も感じなかったのじゃ! えっと……主と一緒なのじゃ、えへへ」


 のじゃーさんにどんな変態プレイをしてもらうか? 僕がそんな素敵なプランに思いを馳せていると、のじゃーさんが先ほどの調査の話を再開しだした。

 ぶっちゃけ、今の今まで完全に忘れていた案件だ……面倒くせぇ。


「あー。じゃあやっぱり心霊現象って言うのは噂でしかなかったって事かな?」

「多分そうなのじゃ! 木々の影で薄暗い所もチラホラあるからそれらの見間違いと、事件があった事による恐怖感って所だと思うのじゃ、暫くすれば噂も消えると思うのじゃー」


 面倒臭い……が、やらない訳にはいかない。

 結社の仕事をサボるとキツイペナルティーが待っている。それにこの程度の仕事で音を上げるなんて僕としてもゴメンだ。

 だがしかし、のじゃーさんも僕と同じような見解だと言うことは、本当にこの場所では何も無いのかもしれない。


 通常、心霊現象という物はそうそう起こるような事ではない。

 大抵が気のせいだったり、噂に尾びれ背びれが付いたり、そうした勘違いや思い込みから出来上がるまやかしだ。

 余程の事がない限り、そんな事は起こらないのだ。


 よし、じゃあ帰るかな? ここまで調査したら問題も無いだろう、結社への報告も十分できる。

 ふふふ、あとは家に帰って夢のイチャイチャタイムだ! 覚悟するのだ、のじゃーさん!


「所で主……。さっきから言おうと思っていたんだけど……」

「ん? なんだい、のじゃーさん?」


 のじゃーさんとの愛と夢にあふれる時間を妄想していた僕に、のじゃーさんが不意に話しかけてくる、その表情は真剣だ、僕は何があるのかと同じく真剣に見つめ返す。


「そろそろ声に出さずに念話で喋るのじゃ、人通りが無いとは言え流石に見かねるのじゃ……」


 そう、のじゃーさんは普通の人には見えない。

 使い魔である彼女は魂を含む霊体を核にして、エーテル体と呼ばれる非科学的物質で構成されている。

 よって通常の人間では見たり声を聞いたりする事ができないのだ、それが可能なのは霊能力者とか魔術師とか、そっちの世界に足を踏み入れている人のみ。

 つまり、今の僕は普通の人から見れば何もいない所に話しかける変人でしか無い。

 こういった場合、不審がられない様に使い魔との繋がりを利用した心の中での会話、いわゆる念話を行うのだが……。

 だが知ったことか!


「大丈夫だよ、のじゃーさん! ほら、人っ子一人いない! そんな事気にする必要なんてこれっぽっちも無いんだよ!」


 公園は噂のせいか閑散としている、見る限りでは誰もいない、何を気にする事があろうか!? 僕は己を開放するよ、のじゃーさん!


「でもー! 万が一があるのじゃ! ちゃんとした方がいいのじゃ!」

「ははは! 心配症だなー、のじゃーさん! 今ならほら、大声で愛を叫ぶことだって出来るよ! いいかい? のじゃーさん! 愛しているよーー!!」


 うわーい! テンションあがってきたぞ! 今の僕にはのじゃーさんしか見えない!

 僕の愛を阻むものは誰ひとりとしていないのだ!

 さぁ、もう一声! いくぞ――。


 ――ガウッガウッガウッ!!


 狂ったような鳴き声に僕の愛が阻まれた。

 ……犬だ。ギャン吠えしている。完全に僕を威嚇するスタイルだ。


「主、めちゃくちゃ吠えられているのじゃ。尋常じゃない吠えっぷりなのじゃ!」

「気のせいだよ、のじゃーさん。ワンちゃんはちょっとビックリしちゃっただけさ!」


 飼い犬だろうか? リードが付いているが、肝心の飼い主が見当たらない。

 無責任な飼い主もいたものだ、と言うかワンちゃん全力で吠えている割には尻尾が垂れ下がり切っているんだけど、何なの? 僕がそんなに怖いの?


「驚いたにしては敵意むき出しなのじゃー、でもどちらかと言うとドン引きしている様子なのじゃー」


 しっしっ、と犬を追い払い払う僕。

 なんだか邪魔が入ったけれど僕は止まらないぞ! 二人の愛はワンちゃん程度では阻む事はできないのだ! さぁ、心して聞くがよい!


「あっ! 主! 大変なのじゃ! 叫ぶのは止めてこっちを向くのじゃ!」


 のじゃーさんが慌てた様子で何やら叫んでいる。

 またワンちゃんでも現れたのか?

 だがしかし、だがしかしっ!! 僕は止まらない! ワンちゃん程度では僕の愛は止められないぞ!


「愛しているよ! のじゃーさ――」

「ちょっと君、ここで何をしているんだい? 話を聞かせてくれるかな?」


 不意に肩に手が置かれる、振り返るとニコニコと笑うグレーと水色の服を着た街の平和を日夜守っている市民の味方が居た……。

 お巡りさん……。犬は犬でも、国家権力の犬だ。


(えらいこっちゃ……)


「言わんこっちゃないのじゃー!」


 のじゃーさんが呆れながらもそう声を上げる。

 まてまて、落ち着け僕。これはヤバイ、これはヤバイぞ。

 こんな所で公僕のお世話になるわけにはいかない、親にどつかれる、とりあえず僕は爽やかな一般市民を装いつつお巡りさんに対応する。


「こんにちは、お巡りさん! 善良で幸福な市民に何のようですか?」

「いやね、公園で奇声を上げている人がいるって通報があってね。最近物騒な事件が起きたばっかりだし、我々も仕事だからねぇ……少しだけ話を聞かせて欲しいんだよ」


(やべぇ、完全に僕だ……)


 ふと、お巡りさんの後ろに視線を向けると、先ほどギャン吠えしていたワンちゃんを飼い主らしき人が捕まえているのが見えた……。

 なるほど、犬の散歩に来ていた人が僕とのじゃーさんが奏でる愛のメモリーにビックリして慌ててお巡りさんを呼んで来たって事か……。

 くそっ、完全に疑われているぞ、はてさて、どの様に切り抜けるのか。


「主ー。どうするのじゃ?」


 のじゃーさんが不安そうな表情で聞いてくる。

 うーん、不安顔のじゃーさんもこれまたよろしい、しかしだ、どう切り抜けたものか、完全に変質者認定されている以上家族への連絡は確実だな、もちろんそうなると僕が両親……特に母さんにボッコボコにされる事は確実だ。


 (よし、逃げよう! のじゃーさん!)

 (まぁ、そうなると思ったのじゃー)


 思ったが吉日、行動派な僕は早速お巡りさんに気づかれないように距離を取ると一気に駆ける!

 ふっ、かかってこいよ! 僕の走り(スピード)魅せつけてやんぜ!


「あっ! こら! 待ちなさい! 君っ!!」

「待てと言われて待てるかオラァ! 僕は無実なんだよ! どちらかと言うとハートを盗まれてしまった被害者なんだよ!!」

「何を言っている!? 待ちなさい!! くそっ、こちら柳ケ丘緑地公園前派出所の杉浦、現在公園西入口付近にて不審者を追跡中! 至急応援求む!」

「上等だァ! 僕は逃げ切ってみせ――あっ、急に走ったから足がツッた……!」


 痛い痛い痛い! 急に運動なんてしたから色んな所が痛いぞ! やべぇ! 魅せつける以前に肉体的な問題が生じる!

 だが、だが僕は負けないぞ!


「まったく、主は困った御人なのじゃー」

「何処までも、何処までも逃げるよ、のじゃーさん! 愛の逃避行だ!!」


 のじゃーさんと一緒に街を駆ける。

 世の中には科学では証明できない不思議な事がある、少しだけ普通とは違う科学の影に潜む世界。

 僕はそんな世界に偶然入り込んでしまった、現代に生きる魔術師。

 これが僕の日常――。


「そう言えば、のじゃーさん。あの公園の心霊現象ってなんだっけ?」

「たしか"口裂け女"……だったのじゃー」

「何をブツブツ言っているんだ! 待ちなさい、君っ!!」


 口裂け女か……。はて? 殺人事件があったのに口裂女? それにあの公園には何もなかったはず、けどなんだか無性に胸騒ぎがする。

 僕は理由の分からぬ違和感を感じながらも、お巡りさんが放つ静止の声をBGMにひたすら愛の逃避行を演じるのであった。


 あっ、ちなみに。その後すぐに捕まってめちゃくちゃ怒られた。

 両親にも死ぬほど怒られた、まったくもって理不尽だと思う。

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