紅葉日和
友達の誕生日用に書いたものです。……こんなに自分の文章読み返したのはじめてでした(笑 あげた時のタイトルは「Autumn Happy Birthday」です。
「あぁっ」
と、幼馴染の陽樹が声を上げたのは、秋の匂いがなくなった、冬の初めのことだった。
「何、忘れ物?」
それが下校の時だったから、自然と私はそう尋ねる。でも、今さら取りに戻ったところで校舎には入れないだろう。
「そうじゃなくって」
忘れ物じゃなかったら、他にどんな事があるっけ。私が考えた時、陽樹が続けた。
「今年は椛を見てないなぁって」
「あぁ……」
そういえばそうかもしれない。元々、椛の木が少ない地域だ。「わざわざ」出向かないとなかなかお目にかかれない。
「それでも、そんな声上げるほどでもないじゃん」
そんなに椛が好きと聞いたこともないし、自然自体にそれほど興味がないと思っていた。
「それでもさぁ、見てなかったら見たくなったりしない?」
ふぅん、とよく分からず頷きながら、落ちていた枯れ葉を踏みつぶす。
「よし、来年こそは見に行こう。見に行くってほど遠くもないけど、絶対見に行こう」
確実に、来年になったら忘れている。幼稚園からの付き合いで、こいつが宣言を覚えていた試しがない。
「行ってらっしゃい。一人寂しく眺めてればいいさ」
言いつつもう一枚、落ち葉を踏みつけた。
「えぇっ、千里来ないの?」
まるで最初から入れられていたような言い方だ。驚いて陽樹の顔を見ると、逆にきょとんとした顔で見つめ返された。
「椛、嫌い?秋生まれなのに」
「いや、好きも嫌いもないし、来いっていうなら行くけどさ。……っていうか、秋生まれだから椛好きって、単純好き」
そう言うと、陽樹は嬉しそうに笑う。そして、「でも、」と続けた。
「俺は桜好きだよ」
「春生まれだからっていうんでしょ」
うん、と頷きながら、陽樹も足元の葉っぱを踏みつける。
「分かりやすすぎるあんたと一緒にしないでくださいー」
私が顔をしかめてそう言っても、陽樹は笑ったままだった。
「それじゃあ、来年の秋は絶対、一緒にあの木のところ行こう。あ、どうせだから千里の誕生日にしよう、そうしよう」
陽樹の言葉に、私も頷いておく。すると陽樹が突然、小指を出してきた。
「指きり」
一体何歳のつもりだ、と思いつつも、私の小指も陽樹の指に結び付ける。
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本──」
真面目な顔で陽樹は言い、それじゃあと手を振って、家の方向へ走って行った。この指きりを、来年も陽樹は覚えているのだろうか。私は鞄から手帳を出して、過ぎてしまった私の誕生日のところに「もみじ」と書き込んだ。
*
季節が過ぎ、私の手帳も新しくなった。忘れないうちにと、これにも十月のその日に「もみじ」と書いておく。あれから一度もその話はしていないけど、陽樹はちゃんと、覚えてくれているかな。陽樹が忘れていた時言ってやるために私は覚えていたのだけど、いつしか私にとっても楽しみになっていて、陽樹にも覚えておいてほしいと思うようになっていた。
そんな矢先。
「あの椛の木、切られちゃうんだって」
そのような話を、誰かから聞いた。
なんのためかというと、公園をつくるため。公園の中にあの木が立つようにしたかったらしいが、詳しく説明されることはなかった「事情」によって、やむを得ず切り倒すことになったらしい。
「なくなっちゃうんだな、椛」
陽樹がふいに漏らしたのは、夏の帰り道のことだ。
「行けなくなったなぁ、誕生日に」
覚えていた。ちゃんと、陽樹は覚えてくれていた。
「指きりしたのにね」
私の言葉に頷き、
「──公園とか、どうでもいいのにな」
小さい子にやたらと懐かれる、そして自身も子供好きの陽樹の言葉とは思えないものだった。
「……まぁ、しかたないよ」
「公園はいっぱいあるけどさ、椛の木って、この辺りじゃあれが最後の一本だよな」
私の言葉は聞こえたのかどうか、陽樹はただ前を見て続ける。
「……うん」
それに答える言葉も見つからず、ただ私は頷いた。陽樹の横顔を見上げると、見たこともないような目をしていた。
「電車乗って行く?椛見に」
ふいにこちらを向いた顔はいつもと同じで、あの目をしていたのは一瞬だったのだけど、その一瞬で、陽樹の指きりがどれだけ真剣なものだったか分かったような気がする。
「いいよ、別に。人ごみ苦手でしょ」
「大丈夫だって」
「嫌、陽樹の大丈夫は当てになんないの」
陽樹が言っているのは有名な観光地のことで、こんな季節だと人はごった返しているはずだ。陽樹が人ごみに来ると偏頭痛をになってしまうのを私は知っている。
「千里が嫌とまで言うなら別にいいけどさ。……あと、俺の大丈夫が当てにならないのは違うから」
陽樹の言葉に違わないと言い返しながら、今度は私から小指を差しだした。戸惑う陽樹の指を無理やり結ばせて、
「無理したら喉に針千本突っ込む」
脅迫ともいえるその言葉に、「リズムつけないと怖いから、それ」と苦笑いする。そして、
「無理はしませんよ」
と適当に小指を振った。
どれだけ願っても、たかが中学三年の私たちにその工事を止める力はない。容赦なく、チェーンソーの刃は椛の木に入っていき、呆気なく木は切り倒される。
とうとう椛の木がなくなったこの地域は、たまに立っているイチョウの木と共に秋を迎えた。
「誕生日もうすぐだねー、何歳だっけ?」
例によって、かさかさと音がなる落ち葉を踏みながら、陽樹が言う。
「それわざとなの?十五歳よ、やっと陽樹に追いついた」
誕生日はとうに過ぎた陽樹にとって、「やっと十五歳」というのは今一つピンとこないらしい。その感覚がうらやましいと言うかなんというかで、私は枯れ葉を陽樹の足元に蹴りかけた。
「ちょ、靴の中に葉っぱ入ってきたじゃん」
と、片足をうかせて靴を逆さ向けながら、陽樹が「そういえば」と思い出したように言う。
「その日さぁ、家来れる?」
「別に大丈夫だけど。なんで?」
「いいもの。多分、すっごくいいもの」
自信ありげに陽樹は笑って、靴を履きなおした。私は指であと何日で誕生日かを数える。
「あと三日もあるじゃん!あと三日も待つの……」
と肩を落とすと、「たった三日って思えばいいよ」と言いつつ陽樹は枯れ葉の陰に隠れていたイチョウを拾い上げた。
「陽樹がこんな事言うから三日が長くなっちゃうんでしょ」
と文句を言う私に、そのイチョウを差しだしてくる。
「これ、ヒントだから」
「これが?」
首を傾げると、「考えても無駄だと思うから、やめときなよ」と言いつつ、手を振って走って行ってしまった。
「……考えよう」
一人でつぶやき、イチョウをくるくると回しながら歩きだす。
「あと三日、明日の明日の明日……」
そう言ってしまうと、さらに三日後が遠くなってしまった。
*
「何時でもいいよー」
という陽樹の言葉に甘え、完全に私の都合である六時に私はベルを押した。遠かった「三日後」も、今日だ。
「千里ちゃん久しぶり、誕生日おめでとう」
迎えてくれたお母さんへの挨拶もさせずに、陽樹が部屋へと引っ張って行く。
「そんなに急ぐの?」
「早く見たかったんだろ」
陽樹に背中を押されて部屋に入ると、
「……椛?」
部屋に、椛の写真が貼ってあった。それも一枚のものではなくて。小さな写真を、たくさんつなげて作ってあった。そして、
「あ、イチョウ」
こちらは本物のイチョウで、「HAPPY BIRTHDAY」の文字がかたどられていた。
ほとんど黙っている私に、「あれ、不満げ?」と陽樹が聞いてくる。
「結構頑張ったんだよ、写真集め。こんな時に親戚多いのって便利でさ、全員に電話かけてありったけの椛の写真送ってもらった。足りない分は、ネットで出したやつなんだけどね」
実物大とは程遠いけど、一応椛の木。指きりしたもんね。全然、無理はしなかったよ。そっちの指きりも守ったし。
陽樹の言葉は耳を素通りしていき、だんだんと景色は滲んでいった。
「うわ、泣くほど出来悪いかな、頑張ったんだけど、本当」
こんな時のその言葉は冗談なのか本気なのか、でも陽樹だったら本気なのかもしれない。
「ううん、全然。もはや実物より綺麗だし」
震える声をなんとか抑えて、声を絞り出す。
「それなら笑っといてよ。笑わせるためにやったんだから、これだと失敗になるし」
その言葉に適当に目を拭い、口角を上げる。ふと陽樹の顔を見てみると、笑おうとする私を面白そうに見ていた。その表情が若干癪ではあったけど、それにつられて私も笑った。
「よし、それならこの椛は成功ってことで。千里笑ったもんね」
陽樹の言葉にありがと、と返して、椛の木を見上げる。
「持って帰るのは、難しいよね。……残念だけど」
「うん、やめといた方がいいと思うよ。──ずっと置いとくから、いつでも見に来たらいいよ」
うん、と私は頷いた。
「見に来る。毎日来る」
私が言うと、毎日来たら飽きるよ、と陽樹が笑う。
「飽きないって。毎日来るし、本気だし」
とむきになると、いいよと陽樹は頷いた。
「毎日来たかったら、こればいいよ。千里の好きにすればいいし」
ありがと、ともう一度つぶやいて、再び椛に目を向ける。
「ごめんね、なんかわがまま言って」
と言うと、陽樹は笑って首を振った。
「千里のわがままはいつも楽しいからいいよ。今回もなんか、嬉しいくらいだもん」
その言葉に思わず振り向くと、陽樹は何もなかったように、満足げに椛を見上げていた。
ありがとうございました*
また時間が出来れば、この人たちをぽつぽつ書いていきたいと思ってます。
アドバイスや感想等、あればよろしくお願いします。