#9
そして
全人類が光になった。
光となって地球を覆い尽くした。
肉体という現実から離れた彼らは肉の苦しみなどなかった。
だから苦しみなど無いと信じていた。
だが、救うべき人はもういない。
皆光になってしまった。
彼らは知らず知らずの内に人類を救う事を生きる目的にしてしまっていた。
その目的を失った今、彼らは自分を失った。
結局の所、人類は亞奴田の願う通り自由にはなれた。
だがそのために自分の決定権が全てになってしまった。
生きる目的を失い、彼らは一気に闇に包まれ、消滅した。
これは死ではない。死は魂を現実から逃がしてくれる。だが彼らは無理に“神”に近い存在になったため永遠に現実から逃れられない。ただ虚無の闇のまま地をさ迷うだけであって
「はっ!」
相田はフェリーの上で目が覚めた。夢だったか。しかしただの夢なのか。これは未来からの警告ではないか。
『死をもって償うべし』
という彼らの言葉が頭から離れない。肉の自分を払って自由を得た人々。彼らを虚無に返すのは途方もない残酷な仕打ちだが、やらなければ人類が虚無に返る。相田は秋中を殺した時の、あのどうしようもない罪責感が忘れられなかった。強制的に光にさせられ、強制的に光を失った彼は今も無思考の虚無として漂っているのだろうか。それにしてもなぜ、伊綱は一週間は持ったのに秋中は一瞬で死んだのか。伊綱には誰かに真実を伝え、吸射鏡を渡す義務があった。それがあるかないかの違いか。人間なんて、脆いものだな、と相田は思った。
吸射鏡を取り出し、これでは心細い、何か強くなる方法はないかと相田は考えた。傍に普通の鏡がある。相田はそれに吸射鏡を向けた。
勿論鏡にはただ黒い鏡が映るだけ。ただ、壁をよく見ると影が別の方に投影されていた。反射された方向に。これをうまく使えば影を広げられたり集積できたりするのではないか。相田は観察し続けた。
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「秋中先生が消えた?」
亞奴田が叫んだ。
「はい。消えた痕跡があります。影に喰われたのでしょう。」
「なぜ?共に頑張ろうと言ったのに。」
「不自然ですよね…亞奴田様。」
「なんだ?」
「ひょっとして我々天使を殺す武器があるわけじゃありませんよね…?」
「…!」
「あるんですね…」
「隠して悪かった…光を吸いとる恐ろしい鏡があるんだ…」
「なんと!」
「だが安心しろ。それは私が保管してある。割られたが一応できる限りは復元してある。」
「できる限り…?見つからない破片があるんですか?」
「そうだ…だがそれも微々たる大きさだ。一人殺すことならできるかもしれないが我々で立ち向かえば虫けらも同然。さて。」
亞奴田は地上に広がる街を指差して言った。
「我々の故郷はほぼ掌握した。次はここだ。」
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ボサズロックは封印の鍵を失った今も赤く赤く吹き曝されていた。風の届かぬ頂上には何もない。回りの赤い嵐がその殺風景さを際立たせる。いや、本当に何もないのか?
赤い砂を払い、よく目を凝らした。そこに地面に割れたような線があった。隠し戸か。だがノブもない。開けない。
扉の隙間から中に入ると、思いの外輝くような光があった。最初、天使がいるのかと思ったが、意思が見えない。ただ天使と同じエネルギーを使っている。ガラスのような透明な管の中に光続けるそれは、今もなお稼働し続けていた。
何のエネルギーか手で探ってみた。それは山の遠く、あちこちにあった。なるほど…これが死ぬような風を起こしたのか。エネルギーのパイプを切ってみた。風は収まった。ボラズロックは普通の山に戻った。
光は光続けていた。どうやらエネルギーを作り出すためだけに天使にされた者たちらしい。発電をしているうちに意思を失ったのか。複数が融合されている。
手を伸ばし、その光に触れた。たちまち光に吸い込まれた。さまざまな記憶、歴史、建物、死と生が駆け巡り、かつての繁栄期の神殿にたどり着く。青い外壁にきらびやかな装飾、見たこともない巨大な楽器で合唱が歌われる。それらは崩れて暗くなり、白い雲の上を飛んでいる。その向こうからあの大きな光が迫ってくる。再び手を伸ばし、触れる。突然、手が光と融合し、全て光そのものになった。ボラズロックは大爆発し、天が激しく輝き出す。もし目が心の窓ならば、それは彼女の心そのものであり、彼女の眼差しである。彼女は全てが見えていた。急がねば。瑠田はボラズロックを後にする。