惑う狐と、古き鬼神
酔呼伝復活ッ!酔呼伝復活ッ!酔呼伝復活ッ!酔呼伝復活ッ!
……と言うことで急いで書き上げてみました。楽しんでいただけたら幸いです。
今日はいい月夜だが、毎日夜更かしをしすぎた霊夢はアリスによって寝かしつけられ、今は深い夢の住人となっていることだろう。
それによって今晩は萃香が私を使っているのだが、そのそばには私にとっても萃香にとっても見慣れた顔があった。
とくとくと小さなこと大杯に酒を注ぎ、小さなこを相手に渡す。
「ほら、飲みなよ」
「ありがとうございます」
そう言って萃香から小さなこを受け取るのは、博麗の巫女に使われるようになってからはあまり使われることの無くなった相手。玉藻前だった。
一応宴会では何度か使われたことがあるのだが、こうして腰を据えて飲むことはこの数十年は皆無と言っていいだろう。
そうして萃香と玉藻前は、博麗神社の縁側に座って酒を飲む。萃香も玉藻前も、ゆっくりゆっくり、ゆっくり過ぎるほどにゆっくりと。
そして萃香と玉藻前の二人がゆっくりと一杯目を飲み干してからは、飲んでいる時間よりも風や雲、月という肴を楽しんでいる時間が長くなった。
酒を飲むのなら酒の味だけではなく、肴に拘ることも大切だ。今までに私を使ってきた者達の中には、風吹く夜に柳の樹に寄り掛かって飲むのを好む者や、深山の最も高い場所から数々の幽谷を眺めながら独りで飲むことを好む者もいた。
より美味い酒を飲むために、国中を旅して回った者もいた。最高の絵ができたと笑い、友を呼んで飲む者もいた。ふと自然の美しさに気付いた時に、その場で飲むことを好む者もいた。
私たちはそのような様々な酒飲み達の手を渡って、今こうしてここにいる。
私たちの記憶にある使用者達の中でも、玉藻前は特に一口一口に抱く思い入れの密度が高い。私の生んだ酒に、迷いや悔恨といった暗い感情も、歓喜や悦楽といった明るい感情も、全てを混ぜ合わせてそれを飲み干す。
そんな玉藻前だからこそ、現在その胸に抱く想いが何であるかがすぐにわかる。
……それでは、玉藻前よ。お前の抱くその困惑も、私の酔いが飲み干させよう。そのためにも今は、ゆるりと楽しむがいいさ。
歪む酒杯の月。歪む私の顔。久方ぶりの、酔呼の酒。揺らぐ想いを酒に溶かして、飲み干す。
ゆっくりと腹から染みる熱にため息を付き、空を見上げる。
「……どうしたのさ、そんな顔して。まるで迷子になったときのあんたの式神みたいだよ」
私にそう言うのは、紫様の友だと言う鬼。その名を伊吹萃香。
古い鬼であり、世にも珍しい鬼から鬼への転生を果たした鬼だと言うが、その姿はどうしても童女のそれだ。
「なんでもありません」
「鬼は嘘が嫌いだよ」
私の答えに直ぐ様そう返し、萃香様は大杯で酒を飲む。
「いいからほら、言っちまいな。今なら私しか聞いてないからさ」
萃香様が、空になった私の酒器に酒を注ぐ。自分の分にも注ぎ、そしてのんびりと飲み干していく。
「……私は、妖怪です」
「うん、そうだね」
私の言葉に頷く萃香様。酒器の酒に注がれていたその目は、いつの間にか私を向いている。
「………けれど、霊夢は人間です」
「……うん、そうだね」
たったこれだけで、萃香様は私の言いたいことを理解したらしい。流石は長く生きているだけはあると思ったが、それは私も似たようなものだったことを思い出す。
「私は妖怪だから、この先何百年でも生きていくでしょう。………しかし霊夢は人間で、どれだけ長く生きても精々あと50年………そんなことは昔からわかっているんです」
「…………」
萃香様は答えない。ただただ私の話に耳を傾けている。
「わかっているのに……わかっていたのに………当たり前のことなのに、どうしてかすごく悲しいんです」
同じようなことは何度も経験した。何度も時の権力者に愛され、私からも愛を返し、そして相手が寿命で死ぬ。同じようなことはいくらでもあったのに。
「……私もわかるよ。霊夢はいい呑み友達だからね………」
人間であそこまで酒に強くて、その上一緒にいて気持ちいい奴なんてそうそういないからね……。
そう呟いた萃香様は、私と同じようにどこか悲しそうな目で空に浮かぶ月を眺めていた。
「……できるなら、あいつが妖怪になってくれればみんな解決するんだけど」
「……いくらなんでも、それは無理だと思いますけど」
そう答えた私に、萃香様はニヤリと笑って言った。
「さて、それはどうかな?」
くい、と酒を飲み干した萃香様は、それっきり一言も喋らないで酒杯を干していくのだった。
……なんと、玉藻前がそんなことを考えていたとはな。
私はそう考えながら、萃香の好きな酒を生む。次々にそれを飲み干す萃香は、私にとってはとてもいい使用者だ。
それと同じように霊夢もいい使用者なのだが、道具である私は自分から何かをすることはまず無い。
ならばそれは、どうしても解決したい誰かが動くことになるのだろう。
誰かが誰かは私の知ったことでは無いが。