朝焼けに舞う、幼き鳳凰
異変が終わって早七日。今日も霊夢と萃香は神社の縁側で酒を飲み交わしている。
酔っ払いの言葉はよくわからないものが多いが、霊夢と萃香は酔い慣れているせいか言葉も思考も割とはっきりしていることが多い。
私の中身の酒を小さなこに注ぎ、萃香の持っていた瓢箪の酒を大杯に注ぐ。
そして二人は、各々の好きなように酒を飲んでいる。
なお、満月の楽しみ方は次回の満月の夜まで待つことにしたそうだ。
「飲むなら美味しく飲みたいわ」
とは、霊夢の言。その点については萃香も私も同意件だが。
だからと言ってこの酒飲みが止まるわけもなく、今晩は半月にも満たない細身の月を肴に酒を飲んでいる。
そして小さなこと大杯の中身を飲み干した二人は、杯を取り替え、酒を取り替えてまたそれを干す。
何度となく続いているその流れは、霊夢か萃香が飲むのをやめるまでは続くのがいつものことだ。
しかし、今日はいつもとは少しばかり変わるらしい。
神社の石段を登る足音が聞こえる。どうやら人数は一人らしい。
コツコツと石段を登ってきたのは、白い髪をした少女。最後に会った時とは随分変わってしまったが、私にはその白い少女の名がわかる。
その白い少女は、酒盛りをしている霊夢と萃香を見つけると、気さくに声をかける。
「よう。ご相伴に預かりに来たよ」
やや乱暴な口調だが、その声は変わっていない。人間としては長すぎる年月を離れていたのだから、変わることもあるだろう。
それに反応して、霊夢は大杯から視線をあげて、白い少女を見やる。
「いらっしゃい、妹紅」
少女の名は藤原妹紅。輝夜の少し前に私を使ったことのある、貴族の娘だった少女だ。
「美味い酒が飲めるって言うから来たんだが……それがそうか?」
妹紅は霊夢が持っている大杯の中身を指しているが、霊夢は黙って首を振る。
訝しげな表情を浮かべた妹紅ば、今度は私と小さなこに視線を向けて……そして、目を見開きながらその場で固まってしまった。
どうやら妹紅は、私に気づいたらしい。私はあまり特徴がないはずなのだが、よく気付いたものだ。
「な……なあ、それってまさか………」
「あら、もしかして知ってるの?」
霊夢が楽しげに言うが、妹紅はそれには答えず呆然としたままふらふらと近付いてくる。
「……ああ、知ってる………昔、私の家にそれがあったんだ……」
そんな妹紅に霊夢は小さなこを持たせ、その中に私から酒を注ぐ。
妹紅の好みはそこそこ程度に強い瑞々しい濁酒。それで私の中身を満たし、妹紅にはそれを注ぐ。
妹紅は目を細め、懐かしそうにその酒と小さなこを眺めている。
そして霊夢の隣に座り、ちびりちびりと杯を干し始めた。
しばらく時間がかかると思ったらしい霊夢は萃香の大杯を借りて、私から酒を注ぎ込んで飲み始めていた。
……まあ、別に構わないと言えば構わないが………小さなこも大事に使ってくれ。私の言いたいことはそれだけだ。
昔を懐かしむようにして、私は酔呼と呼ばれていた酒器の杯を使って酒を飲んでいる。
あの頃と同じ、とろみのついた白濁した酒を、あの頃とは違ってゆっくりと味わい、そして喉を通して腹の中にまで滑り落とす。
じわぁぁっ……と染み入るような熱の直後に、いきなり火がついたような熱を感じる。なぜかはわからないが、この感覚を感じることができるような強い酒を飲むと次の日は色々と気持ちが悪くなったりしたのだが、この酒器を使った時だけはそういったことが一切無かった事を思い出す。
私はちびりちびりと量を減らしていた酒を一気に飲み干す。酒はやっぱり、こうしてそこそこ強いのを一気に飲むのが私らしくていいや。
もう一杯もらおうと振り向くと、酔呼の酒器の徳利から透き通った酒を大杯に注いでいる霊夢の姿があった。
まあ、濁酒ばかりでなく清酒もいいかもしれないと思って酒を注ぐ。予想通りの透き通った酒が杯に溜まり、ゆらゆらと揺れながら、表面に細く歪んだ月を映す。
………月を見ると、あの女の事を思い出す。私の父を笑い者にしたあの女の事を。
……だが、今は久し振りの酒の時間。そんなことよりも酒の方が大切だ。
私は歪んだ月が映る酒を、一息に飲み干した。
一晩中飲み続けた三人のうち、霊夢と萃香はすでに眠ってしまっている。唯一起きている妹紅も、全身に酔いが回っているのか、ふらりふらりと危なっかしい。
妹紅は私と小さなこを霊夢の隣に置き、鼻唄を歌いながら空に舞い上がる。
なぜそんなことをしているのかはわからないが、空中でゆらりゆらりと上機嫌に舞っている。
目を焼かれそうなほど明るい朝焼けの中を妹紅は舞い続ける。
最後に私達に視線を向けると、ひらひらと手を振ってから一直線に彼方へと飛んでいった。
……まあ、また来るといい。私はいつでも歓迎しよう。