光芒落ちて、滅びの歌
私がこの酒樽に入れられ、どれほどの時が流れたのかは知らない。
しかし、それでも外ではなにかが起きてゆく。
人間たちは地上を自らのものとした。全ての妖怪は人間の叡知に敗れ、消滅した。
しかし、それで平和になるかと言われればそれは違う。人間ほど理解しがたく、救いがたい存在は無い。
妖怪との戦争が終わり、次に人間たちが行ったのは……人間同士の戦争。
ちょっとした不満から始まったそれは唸りをあげて巨大に膨らみ―――
―――しかし、人間を飲み込むことなく、唐突に消え去った。
人間たちは過去に妖怪たちに立ち向かうため、全員が巨大なたった一つの都市に生きていた。
それは妖怪の脅威が消えた今でも変わることはなく、人々はたった一つの都市に生き続けている。
争おうが、いさかいがあろうが、この都市の外に出ることなど考えもしない彼ら。そんな彼らは、外に目を向けようとはしなかった。
そうして自分達の小さな世界に閉じこもった彼らは、空から近付く災厄に気付かなかった。
……ただ一人、ある少女を除いては。
その少女は、高い高いビルの上に座っていた。
ぶらぶらと足を揺らしながら、空を見上げる。
緑色の半球に覆われた空。そこで少女の視線は止まり、少女はぽつりと呟いた。
「……もうすぐ、かな………?」
少女の目には空を覆う結界ではなく、全く違うものが映っていた。
――色が反転した世界の中で、結界が砕ける。
外から降ってきた大きな石はこの都市の結界を易々と打ち砕き、自らも砕けて都市に降り注ぐ。
原型を残している所など一つも無く、後に残るものは大きな穴の連なりだけ。
そうしてこの都市は跡形もなく壊される。
その中には、自分の姿も――
色が戻る。見えていたものが消え、自分の座っていた所がビルの屋上だと確認する。
少女には能力があった。
‘最も可能性の高い未来を覗く程度の能力’
それが少女の能力だった。
少女が産まれてから、この能力が役に立ったことなど殆ど無い。そして今も、役に立っているとは言い難い。
こんなことを人に言ったところで信じるものなどいないだろうし、それ以前に聞いてくれる者などいないだろう。
だから少女は何も言わずに毎日この場所で空を見上げ、そして確認する。
自分達の命がどの程度残っているのか。そして、それまでになにができるのか。
少女は森の中を歩く。もうすぐ消えてしまうとわかっているその場所を、心に刻み付けるかのように。
一歩進むごとに周囲を見渡し、また進む。
花を踏まないように気を付けながら、ゆっくりと歩き、ある場所にたどり着く。
それは、巨大な岩。昔からこの場所にあった、巨大すぎる岩。少女はその岩に背を預けて座り込んだ。
少女はこの場所が好きだった。頭の中に霧がかかったようになり、何も見ないで済むこの場所が。
いつもこの場所でゆっくりと体と精神を休め、また次の日にビルの上で空を見る。
……ふと、少女は歌いたくなった。なぜかはわからないが、急に、どうしても。
その衝動に任せて口を開くと、言葉が勝手に溢れてきた。
自分でもなぜ口が動くのか、なぜ歌っているのかもわからないままに、空を見上げる。
すると、空から幾度も見た燃える石が降るのが見えた。
(……へぇ、今日だったんだ?)
少女は歌を口ずさんだまま、目を閉じた。
いきなり樽が揺れ、私は倒れて樽の底を転がる。
ギシギシと周りが嫌な音をたてているが、なぜか私にも小さなこにも傷はない。
いつの間にかその大きな音は止み、辺りには再び静寂が満ちた。
周囲がどうなっているかは知らない。だが、周りに居た全てがいなくなったことだけはわかった。
私と、そのすぐ傍にいる小さなこは、まだまだこの暗闇と付き合うことになるのだろう。
私はそう考え、外に意識を向けるのを止めた。