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東方酔呼伝  作者: 真暇 日間
本編
29/41

流れの旅は、一時終幕

 

 あの時、名前も知らないあの鬼とした約束を果たそうと、私は私の知る最古の酒を生む。

 私が昔に沈められたあの酒は、私と共にあるうちにじっくりと熟成され、どんどん美味く強くなっていっていた。私はその酒を、思い出すようにじっくりと生み出していく。

 私が生み出したばかりのその酒は、霊夢の手でその鬼の持つ小さなこの中に注がれ、飲まれる時を今か今かと待っているようだった。

 その鬼が名乗りを上げ、霊夢が名乗りを返して、鬼と人との小さな酒宴が始まる。

 その鬼は……伊吹萃香という鬼は、その酒をくいっと飲み干した。






 くっ、とその酒を飲み干した瞬間に、私の中に無視するには巨大すぎる安堵と歓喜。そして、私でない私のした約束が溢れ出してきた。

 昔から私は酒が好きだった。けれどなぜか、一度も満足する酒を飲んだことがなかった。

 美味い酒を飲んだ。珍しい酒を飲んだ。しかしそれでも、満足することはできなかった。

 けれど酒は好きだったから、その不満を覆い隠すように酒を飲み、そして酔いが醒める度に不満と焦燥感に襲われた。

 その理由はわからなかったが、その不満はできる限り速く取り除くべきだと私の中のなにかが叫んでいた。

 そして今、私の中には焦燥も不満も無く、初めて私は酒を飲むことに満足感を覚えていた。

「……萃香、あなた……」

「ん? どうかしたかい?」

 私の顔を見てなにか呆然としている霊夢に聞き返すと、霊夢はなぜか呆れたような顔をした。……それにしても、なんでこんなに視界が滲むんだ?

「……気付いてないの? 萃香。あなた、泣いてるわよ?」

「…………は?」

 急に言われた霊夢の言葉に驚いて頬に手を当てると、そこには冷たい水が流れていた。

「え……あ、あれ?」

 一度気づいてしまうとそれはもう止まらない。ポロポロとこぼれてもこぼれても、次々あふれてはまたこぼれてしまう。

 美味い酒を飲む時には、涙を流すもんじゃない。そう思ってるのに、後から後から涙が流れてしまう。

 そこで、いつの間にか私が注いだ鬼の酒を飲み干した霊夢が、空になっていた小さな杯に新しく酒を注いだ。

「……何で泣いてるのかは知らないけどね。こういう時にはみんなお酒に溶かして飲み干しちゃうと楽になるわよ」

 霊夢がそう言い終わる前に、私は小さな杯の縁に口をつけていた。いつものように一気に飲み干すのではなく、ちびりちびりと少しずつ。

 霊夢は何も言わずに私の酒を私の酒杯に注いで飲んでいたけれど、今はそれがありがたい。

 私の使う小さな杯の中身が無くなれば、すぐにそれに気付いて新しく注いでくれるし、泣いている私に何も聞かないでくれている。

 ……それに、酒にも強い。流石は飲んだくれ巫女だ。人間にしとくにはもったいない奴だよ。

 私は泣きながら酒を飲むついでに、そんなことを考えていた。

 涙はまだ止まらないけれど、さっきまでの激情の渦に呑まれていた時とは違って酒の味はわかるようになった。

 泣きながら小さな酒杯でちびちびと酒を飲むわたしと、大きな酒杯を使ってぐいっと酒を飲む霊夢。まるで種族が入れ替わってしまったかのようで、なぜか笑いが込み上げてくる。

「そうそう。酒を飲む時には、そうやって笑ってた方が美味しいわよ」

 また霊夢に言われたが、今度はまた笑って返す。

「知ってるよ」

 宴の跡がいまだに残る神社の境内に、私と霊夢の笑い声が響いた。





 そんなことがあってからあの鬼……萃香は、霊夢の居る博麗神社に勝手に居候をしている。

 いつもごろごろとしていたり、霊夢の隣に座って酒を飲んでいたりするが、萃香はあまり多量の酒を飲むことはなくなった。

 その代わりによく霊夢に宴会をねだり、霊夢も暇があればそれに応じて縁側で私達を使って小さな宴を開く。

 そこには時折アリスや魔理沙と言った霊夢と仲のよい魔法使いや、吸血鬼の娘とそのメイドが混ざり、若干大きく騒がしくなることもあるが、基本的には小さいものだ。

 もちろん霊夢は私達を使ってのんびりと酒を飲み、萃香は萃香で自分の持つ瓢箪の酒を飲むか、霊夢に私達を借りてちびりちびりと飲んでいる。

「おーい霊夢ー!宴会しようよー!」

「はいはい、ここの掃除が終わるまで待ってなさいね。すぐ終わるから、それまで飲んでていいわよ」

 萃香は喜びの声と共に私の隣にどっかりと座り込み、私と小さなこを手にとって酒を注ぐ。

 そしてすぐにちびちびと口を付け、脚をぷらぷらと揺らしながら霊夢が掃除を終わらせるのを待っている。

 霊夢は言葉通りすぐに掃除を終わらせて、神社の石畳を掃いていた竹箒を片付けてから、私を挟んで萃香の反対側に腰を下ろした。

「……それじゃ、乾杯といこうか」

「ええ、そうね」

 霊夢は萃香に返してもらった小さなこを。萃香は懐から出した小さなことは別の猪口を使い、私が生んだ酒を目の前に持ち上げる。

 そして二人の酒飲み達は、一言だけ呟いた。


「「乾杯」」





 

 これにて長い酔呼の旅の本編は、一先ずの終幕を迎えます。

 しかし酔呼の酒器達は、これからも長きにわたって多くの者に使われ続け、その名を後世に残すことでしょう。

 これより先は後日談となり、今までと同じように誰かが酔呼の酒器を使って酒を飲み、笑いあり涙ありの宴会を続けていくことになります。

 完結までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。これからはさらに投稿が遅くなりますが、気が向いたら是非、酔呼の酒器をよろしくお願いいたします。



  真暇 日間

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