月下の再会、伊吹鬼
こぷこぷ……と私の中から酒が出ていく。
溢れた酒は小さなこに注がれ、ゆらゆらと揺れて歪んだ月を映す。
今私の中に残っている酒を全て注ぎ終えたら、私があの名も知らぬ鬼に飲むことを許された酒をこの二人に振る舞おうと思う。
「……ここ最近、馬鹿騒ぎばっかりで疲れたわ」
小さなこの中の酒を飲み干した霊夢が、ポツリと呟く。確かに、ここ最近は掃除に片付けに宴会の準備にと、あまり休んでいる姿を見ていなかったな。
鬼はそんな霊夢を見ながら豪快に瓢箪から直接酒を飲み、その瓢箪から口を離して言った。
「そういやそうだね。ごめんごめん」
「いいわよ別に。ただ、次からはあんたにも手伝ってもらうけどね」
アリスと霊夢だけではなかなか終わらないのだし、原因にそれを頼むのは間違った選択ではないだろうな。
霊夢はそう言いながら注いだ酒をくいっと呷り、いまだに汚い神社の境内を眺めた。
そこには酒に弱い妖怪達や、酒には強いが限界を見極めることができずに酔い潰れたものがちらほらと存在し、まさに死屍累々という言葉が相応しく思えてくる光景だった。
……まあ、私にはあまり関係のないことだがな。
「まあ、それは今話すことじゃないから良いとして……こっちからも一杯どうかしら?」
霊夢は酔いで緩んだ中にもどこか鋭いものを混ぜ込んだような目で鬼を見ながら私を揺する。
中身はわずかに残っているが、私は新しい酒を出すために残った酒を全て飲み干す。
道具にあるまじき行為だが、私はどうしてもこの鬼に誓われたことを実現させてやりたかったのだ。
あの鬼は、約束を破ると言う行為が大嫌いだったから。
さあさあすぐに始めよう。私と彼女の久方の出会いに、この場で乾杯といこうじゃないか。
……まあ、私自身は乾杯はできないのだが。
一瞬軽くなった徳利からお酒が湧き出す。一度中身が全て無くなってしまった時は驚いたけれど、またすぐに新しいお酒が湧いてきてくれて助かった。
目の前の鬼におちょこを渡して徳利からお酒を注ぐ。代わりに私は相手から大きな漆塗りの酒杯を借りて、そこにさっきのお酒を注いでもらっている。
「随分上機嫌ね?」
「いやぁ、まさかこの時代に鬼と飲み比べをしようって言う人間が居るとは思ってなくてねぇ……嬉しいんだよ」
「……私としては単なる宴会の延長のつもりなんだけど……まあ、良いわ。楽しみましょう」
「そうだね。酒を飲むなら楽しまなきゃ損ってもんさ」
鬼はからからと笑い、私の持つ酒杯とおちょこをかるくぶつけた。乾杯、ということらしい。
「……何に乾杯するつもり?」
鬼と言う妖怪が、いったい何に乾杯するのかということに少し興味を持ったので聞いてみた。
するとその鬼はきょとんと不思議そうな顔をしてから、にんまりといい笑顔を浮かべて言った。
「そうだね……。それじゃあ、私とお前の出会いに乾杯しようか」
どうやら、人間も妖怪もお酒を飲む理由は変わらないらしい。何かあったら飲むし、何もなくても飲む、と。
……でも、今の鬼の言葉には一部気に入らないところがあった。
「霊夢」
「ん? なんだいそりゃあ?」
目の前でおちょこのお酒の匂いを楽しんでいるらしい鬼に言うと、その鬼はまたしても不思議そうな顔をする。
そんな鬼に、私はもう一度言う。
「私の名前よ。出会いに乾杯するんだったら、相手の名前くらい知っときなさいよ」
「……おお!そういやまだ名乗りもあげてなかったね」
その鬼は軽く頭を掻くと、片手に持った私のおちょこを私に突き出しながら名乗りをあげた。
「そんじゃ改めて……私の名は伊吹萃香。見ての通りの鬼さ。人は私のことを、小さな百鬼夜行とも呼ぶね」
「そう。私は博麗霊夢よ。まあ、ずっとこの辺りに散っていた萃香なら知っていると思うけど」
「ははは!まあね。……それじゃあ挨拶もすませたことだし……乾杯!」
萃香は見た目の年齢に合った純粋な笑顔を浮かべると、くいっとお酒を呷った。
私らしくない。ふと、私はそんなことを思う。
いつもの私だったら、こんな小さな杯を使おうとはしないし、酒を注がれたらその場ですぐに飲んでしまう。
なのにどうして今回に限って匂いを嗅いだり霊夢の話を聞いたりしていたのかと言えば、一重に『懐かしい』という感覚に襲われていたからだったりする。
この杯を使うのは初めてのはずで、この酒器の生んだ酒を飲むのも初めてのはずなのに、どうしてこれほど懐かしさが湧き出してくるのかはわからない。
けれど私はそれを外に出すこと無く、笑顔で霊夢と乾杯をした。
そして私は伝説の酒器の生み出した酒をくいっと呷り―――訳のわからなかった懐かしさの理由を理解した。