冬の終わりと、亡霊の姫
例年よりずいぶん長い冬が続き、毎日毎日雪が降り続けたある日のこと。ついに霊夢がキレてしまった。
流石に五月まで雪が降り続いていては苛々するのもわからなくはないが、それはそれとして楽しめばよかろう。
……ああ、異変か。なるほど。それならば荒れる気持ちも理解できなくはない。
私にはもう無縁と言っても言い感情だがな。
私は道具だ。ただの酒器だ。どれほど長い時間存在していようが、どれだけの数の存在に使われようがそれは変わらないし、変えようとも変わりたいとも思わない。
……できることならば、無事に戻ってきてほしい。 そしてまたこの場所で、彼誰時も、朝も、昼も、黄昏時も、宵も、夜も、私たちを使って酒を飲んでもらいたい。
霊夢は良い酒飲みだからな。
そう思っていたのだが、気付けば私と小さなこは霊夢の腰元にくくりつけられた巾着の中に居て、霊夢につれられて空を飛んでいた。
「こんな寒いときには飲まなきゃ外に出てられないわ」
という理由らしい。なんとも霊夢らしい言葉だと思うだろう? 流石は酒飲みだ。
つまみには唐辛子を用意し、体を暖めることに主点をおいているところを見ると、霊夢もやはり博麗の巫女なのだと思い知らされる。
……つい最近まであれほど小さかった霊夢も、大きくなったものだ。
そう思いながら、私は久しく見ていなかった幻想の郷を霊夢と共に見て回ることになったのだった。
数度の戦闘を経て、霊夢は大きな桜の樹の前に立っていた。
この桜が死に誘う桜でなければこの場でさくさくと宴会でも開かせたい所なのだが、生憎とこの桜は死桜だ。名を、西行妖と言うらしい。
西行妖と言えば、昔に私を持っていた者が、そんな話を肴に酒を飲んでいたことがあったな。その西行妖も人を死に誘う桜であったらしいが、もしや同一のものか?
まあ、今はそんなことはどうでもいい。できることならば私は壊れる前にここから去りたいのだが、それは無理な話だろう。
終わったら、ここで霊夢と共に酒を飲もう。先程の半人半霊の娘と、亡霊の娘も共に。
時期外れではあるが、桜を見ながらの宴会も良いものだ。雪や月とはまた違った風情があるからな。
それに、誰も桜を見ることができなかった中で、唯一の桜を誰より早く肴にできるのは、実に贅沢ではないか?
西行妖、という名の妖怪桜を封印し直して、おとなしくなった西行妖を下から見上げる。
さっきまで蕾を膨らませ、もう少しで満開となるはずだった西行妖は、今はその姿をただの枯れ木に近い状態にまで縮こまらせている。
私はその桜の幹を一撫でして、後ろにいるはずの二人に振り向いた。
白玉楼の主であり、今回の異変の首謀者である西行寺幽々子と、その従者の魂魄妖夢が、神妙に立っていた。
そんな二人に、私はできる限り軽く話しかける。
「それじゃあ、仲直りの宴会にしましょう。終わったら、しっかりと春を返してもらうわよ」
そう言って私は、腰にぶら下げておいた巾着袋からいつものとっくりとおちょこを取り出す。宴会の言葉に反応したのか、その中には既にお酒が並々と注がれていた。
袴が汚れるのも構わずその場に座り、いつものようにとっくりからおちょこにお酒を注ぐ。
そしておちょこに注ぎ終わってから、西行妖にとっくりから直接飲ませる。たまにはこんなのも悪くないでしょ。
「ほら、そんなところで突っ立ってないで。皆で飲むわよ」
ざわり、と私の持つおちょこからなにかが広がって、立ったまま呆けている二人を包み込み、そして吸収されたかのように消えた。
そして二人は戸惑いながらもゆっくりと私に近付き、私の前に腰を下ろした。
そうそう、そうやって仲良くやりましょ。宴会の時の喧嘩は冗談だけで十分よ。
くっ、とおちょこに入っていたお酒を飲み干して、それから幽々子におちょこを渡して酌をする。幽々子はおちょこと私の顔の間をしばらく視線で往復させていたけど、我慢できなくなったのかおちょこに口をつけた。
「………美味しい」
「そう。それはよかったわね」
つい口が滑ったというような感想に、私は笑顔を返す。私の事じゃあ無いけれど、誉められると嬉しいものね。
幽々子はすぐに一杯目を飲み干して、とっくりを持っている私に次の一杯をねだるような視線を向ける。
けれど私は幽々子からおちょこを返してもらい、幽々子ではなく妖夢に持たせてお酒を注ぐ。
妖夢は少しの間躊躇うような素振りを見せたけれど、幽々子にちらりと視線を向けてからくぴりと飲み干した。
妖夢は無言のままだったけれど、その表情がこのお酒の味を見事に表現している。
……さて。全員口を湿らせたことだし、さっさと色々な取り決めをしておかないと。またこういうことが無いように。