冬の夜長の、雪見酒
紅霧異変と呼ばれた、赤い霧が幻想郷を覆いつくそうとした異変からしばらく時間が過ぎて、今は冬。秋の虫の鳴き声と月を肴に飲む酒も良いが、雪を肴にするのもまた良いものだ。
霊夢はお気に入りの陽浴び酒ができないためか少し不機嫌だが、雪見酒というのも悪くはないぞ?
私はそう思いながら、霊夢の持つ小さなこに生み出したばかりの酒を注ぐ。
何代か前の博麗の巫女に使われていた時に覚えた‘酒の温度をある程度自在に操る程度の能力’で、霊夢は熱燗を楽しんでいる。
炬燵に入って丹前を着て、のんびりゆっくりちびちびと飲むのも……中々良いものだろう?
……まあ、霊夢には聞こえていないし、返事が来るはずも無いんだが。
最近、雪ばかり降って日を浴びることが出来ない。仕方がないから日を浴びながら酒を飲むのは諦めて、丹前を着て火の入っていない炬燵にに足を突っ込んで障子を開けて雪見酒だ。
私の趣味じゃないけれど、こういうのも案外悪くない。
火照った顔に冷たい空気が触れる。それが結構気持ちいい。私は小さなおちょこの中身を一気に口の中に流し込む。
どうなっているのかは知らないけど、今飲んでいるお酒は温かい。もしかしてこれもこの徳利とおちょこの能力なのかしらね。
先代の博麗の巫女が言っていた。この世界には、能力を持った道具がある。理解していたつもりだったけど、少し認識が甘かったかもしれない。
酒が無くなって乾いたおちょこにお酒を注いで、ゆらゆらと揺れる酒面を見つめる。
……まあ、そのお陰で私が今こうしてのんびりお酒を飲んでいられるわけだし、別にいいんだけど。
くっ、とおちょこを傾けて、今度はゆっくり飲んでいく。
舌に浸透してくる熱と、仄かに甘く香るお酒の匂いをしばらく楽しんで、一息に飲み干した。
………たまには、こうしてなにか別の物を肴にして飲むのも良いかもしれないわね。
……ふぁ………。ああ、眠くなってきた。こんな雪の中、誰かが訪ねて来るとは思えないし……寝ちゃいましょ。
「この一杯で終わりにしましょ………」
ぽそりと誰にでもなく呟いて、私は徳利の中身が増えないことを確認した。
そしておちょこの中に残っただけの僅かなお酒を飲み干して、それから徳利の口に蓋のように乗せる。
……お休み。
眠ってしまった霊夢から、少しずつ酒精を抜いていく。この分ならば霊夢が起きるまでには十分に酒精を抜くことが出来るだろう。
……それにしても、霊夢はいい酒飲みに育ってくれた。私はそれが本当に嬉しい。
炬燵に突っ伏し、寝息をたてているその姿は実に酒飲みらしい。永琳も始めは自分の限界を見極められずに、よくこうして机に突っ伏して眠っていたな。ああ、実に懐かしい話だ。
もしも次に永琳や、今までの私の所有者に会うことができたならば、私は当時と変わらずにその者達に酒を振る舞おう。
当時と同じ酒を、当時のままに。いくらでも。
……まあ、会うことができたらの話であり、会えなければそれは運がなかったと言うだけの話だ。
さて。それでは生み出した酒は私が飲んでしまおうか。残しておいても不味くなる一方だからな。
私は霊夢が残した酒をゆっくりと飲み干し、霊夢の酔いを少しずつ抜きながら霊夢が起きるのを待つ。
待つのには慣れている。ゆっくりで構わないからまた起きて、そしたら私達を使っておくれ。