霊夢と神社と、吸血鬼
久し振りに霊夢が酒を飲んですぐに寝てしまった日から少し過ぎて、神社に吸血鬼の娘と人間の娘がやって来た。
いったい何の用だろうか、と思っていたが、何時も通りに私達で酒を飲んでいた霊夢は用件がわかっていたらしい。
「いらっしゃい。本当に来たのね」
「ええ。霊夢があそこまで自慢する酒器とはどんなものか、少し興味があったしね」
吸血鬼の娘はそう言って霊夢の隣に座る。なるほど、目的は私達か。
まあ、見世物にされるのは慣れているが、できることならば確りと使ってもらおうか。
私は酔呼。酔いを呼ぶ徳利。
小さなこは酔呼。人を呼ぶ杯。
私達は酔呼。森羅を招き、万象を酔わせる酒器。
さあ、人も吸血鬼も関係無い。
娘たちよ、酔いたまえ。
つぅっ……と喉を温い液体が通り抜け、やがてじわじわと腹の中で熱を持つ。
それを感じながら、私は手に持っていたおちょこをレミリアに手渡した。
「はい、ちゃんと持っててね」
私はそう言ってからおちょこに徳利からお酒を注ぐ。
レミリアは透明なお酒を見ながらどこが特別なのかを見極めようとしているようで、その目は奇妙なほど鋭い。
「ほらほら何をしてるの? お酒は飲むものであって眺めるものじゃないんだから、さっさと飲んだら?」
「……確かにそうね」
物分かりのいいレミリアは私の言葉に従っておちょこに注がれたお酒に口をつけた。
「……!」
「どうかしら? 美味しくない?」
顔を見れば答えはわかるけれど一応聞いておく。
「………美味しいわね」
「そう。気に入ってくれてよかったわ」
「………これ、貰えないかしら」
「駄目」
悪いけどこれは誰にも渡したくない。ここに来れば使ってもいいんだけどね。
「使いたいんだったらまた来てもいいわよ? 宴会の中だったら貸してあげるわ」
まあ、別に宴会の中じゃなくっても貸すくらいだったらいいんだけど。
今は私が使ってるけど、元々これは私のじゃなくって先代の博麗の巫女が残したものだし、その先代はその前の博麗の巫女に貰ったって言ってたしね。
それで初めはどこにあったか、どこから来たのかもわからないし、酔呼の酒器として有名だって紫が言っていたから多分色々な妖怪にも使われてきたんだろうし、今更妖怪は使うなとか言う気はないわ。
ただ、私が博麗の巫女であるうちはこれは私のものよ。
「……そう。残念ね」
そう言ってレミリアはおちょこに残ったお酒に口をつけ、くいっと飲み干した。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「そ。ならよかったわ」
咲夜は飲んでないみたいだけど、まあ、飲みたくない相手に強要することはないものね。
レミリアにおちょこを返してもらって、私は手酌でお酒を注ぐ。
いつものようにゆっくりと深呼吸をして、ちびりと口をつける。
…………ああ。美味しい。
吸血鬼の娘がいなくなってからも、霊夢はのんびりと酒を飲んでいる。
素面の時は真っ白い頬には赤みがさし、つり目気味の目尻も少しだけ緩い。
暖かい太陽の光の下で温い酒を飲んでいるだけで、随分と機嫌がよくなる。これはこれは、博麗の巫女もお手軽になったものだな。
私としては嬉しいばかりだし、全く構わないのだが。
霊夢は私のことを軽くこづき、それから小さなこを私のとなりに置いて立ち上がる。なぜ私はこづかれたのだろうか?
まあ、私をどのように使おうと霊夢の勝手。好きに使うといい。私は所詮ただの徳利。大事に使ってくれるならその方が嬉しいが、それを強要する気はない。
それに、一時期の誰にも使われずにしまい込まれていた状態に比べれば、今の状態は天国とも言える。
そんなことを考えながら、私は箒を手にして境内の掃除を始めた霊夢を眺めるのだった。