紅の霧舞う、幻想の郷
ある日、どこからか妖気が漂い、紅の霧に変えてこの幻想の郷を覆い尽くさんとしていることに気が付いた。
……正直に言うと、これは困る。これでは月見酒もできないし、霊夢の好きな陽浴び酒もできない。実に困った。
霧見酒と言うのがあるかどうかは知らないが、あまりに紅く、風流の欠片もない。このような物で酒は飲ませたくはない。
特に妖気でできているせいで、酒の味が変わってしまう。全く、本当に困ったものだ。
「……ふふ…………ふふふふふ……だぁれかしらねぇ……こんな真似をしてくれちゃうのはぁ……♪」
霊夢が歌うように楽しげに呟く。目以外は素晴らしい笑顔を浮かべているな。その目の印象だけで意見が正反対に変わるだろうが。
「……ちょっと行ってくるわね? うふふふふふふふ………♪」
霊夢はそれだけ言い残すと、原因はわからないはずだが妖気が来た方向に一直線に向かっていった。
……これも、博麗の巫女の異常な勘と言うものか。
まあ、できることなら無事に帰ってきてくれ。そしてまた私と小さなこで、のんびりと酒を飲もうじゃないか。
私と小さなこは、しっかりと待っているぞ。
しばらくかかるだろうと踏んでいたのだが、わずか数時間で霊夢は戻ってきた。
深紅の霧はあっさりと晴れ、昼間らしい太陽も見える。
「全くもう。あの馬鹿吸血鬼は何を考えてこんな真似をしたんだか」
そんなことを言いながら、霊夢はいつも通りに酒を飲む。
隣には誰もいない。ただ私と小さなこがあるだけの神社で、のんびりと。
「……ふぅ。やっぱり美味しいわね……」
縁側で太陽の光に当たりながら、霊夢はまた酒を仰った。
馬鹿な真似をして私の一日のなかで最も大切な時間を潰してくれた吸血鬼に、その恨みも込めて弾幕を撃つ。
理由は知らないけど最近体の調子が良く、弾幕がいつも以上に上手く飛んでいってくれる。
まあ、早く終わるのは良いことね。
………それにしても、どうしてわざわざこんな真似をするのかしらね? 暇ならお酒を飲んだり適当に飛び回ってみたりすればいいのに。こんなことをするよりよっぽど有意義よ?
……そうね。今度は神社の方に呼んで宴会でも開こうかしら。お酒の魅力に取り付かれれば、無駄に暴れる気も無くすと思うし。
みんなお酒で繋がれば、きっとこの世界は平和なのにね。
くいっとおちょこを傾けて、中に入っていたお酒を飲み干す。苛々した気分も、何もかもをこのお酒に溶かして飲み込んだ。
喉がきゅぅっと焼ける。ゆっくりと熱が降りていって、お腹の中からじんわりと熱が広がっていく。
「……はぁ…………美味……しぃ……♪」
思考をとろりと蕩けさせながら、私はぱたりと後ろに倒れた。
ぽかぽかとした太陽が気持ちよくて、体の内側からの熱が心地よくて………ゆっくりと目を閉じて、久し振りに縁側で酔い潰れてみた。
ぱたりと倒れた霊夢は、しばらくぼんやりと空を見上げてからゆっくりと目を閉じた。どうやらこれから眠るらしい。
こうして霊夢が酒を飲んですぐに眠るのは、数年前以来だな。
あのときに何があったのかは興味が無いので知らないが、いつの間にか消えていて、いつの間にかボロボロになって戻ってきた事を覚えている。
とは言え、私は誰かに使われて、誰かを酔わせることができればそれでいいから構わないがな。
……さて。そろそろ霊夢の酔いを少しずつ抜いていくとしようか。そうでないと、明日に響いてしまうかもしれないからな。