博麗霊夢と、七色の魔女
霊夢がいつものように酒を飲んでいると、どこからか私の知らない何かが飛んできた。
「……あら、アリスじゃない。久し振り、あとお賽銭入れていってくれない? お茶くらいなら出すわよ?」
「……まあ、ちょっとだけなら構わないわよ」
そう言ってアリスと呼ばれたその少女は、霊夢に言われるがままにちょっとだけお賽銭をいれた。
「ありがとね。はいお茶。温いのが嫌なら諦めて」
「新しく淹れるって選択肢は無いのね?」
「あるけど今立ったら倒れる自信があるから後でね」
霊夢はのんびりと小さなこに口をつけ、中に入った酒を飲み干した。
「……ふぁ。やっぱり美味しいわね」
昔は霊夢は酒が好きではなかったらしいが、今ではかなりの酒好きだ。
とは言え博麗の巫女の仕事は妖怪退治と結界の中のバランスをとること。酔っていて良い時と悪い時の区別はしっかりつくし、一気に酔いを冷ます方法も知っている。
「……相変わらずお酒が好きね」
「まあね。それもこの徳利とおちょこに出会ってからなんだけど」
また霊夢は小さなこから酒を飲む。美味いと言ってくれるのならば良いんだがな。
「私も飲みたいのだけれど、良いかしら?」
「……お賽銭分はあげる。一杯だけよ」
そう言いながらも小さなこになみなみと注いで渡す霊夢は、性根は優しい娘なのだろう。……分かりにくいが。
小さなこを受け取ったアリスと呼ばれた少女は、ためらうことなく小さなこに口をつけて中身を飲み干す。
そしてゆっくりと息を吐いて、呟いた。
「……美味……しい」
「でしょ?」
霊夢はアリスの持っていた小さなこを半ば奪うように返してもらうと、手酌で酒を注いで飲み始めた。
「とりあえず、また飲みたくなったら宴会でも開きなさい。ここで。そうすればあげないけど飲ませるくらいはしても構わないわよ? あとついでに賽銭入れてくれたらね」
「……全くもう…………巫女とは思えない言動ね」
「しょうがないじゃない。こんな見た目だとなかなか仕事が無くって最近あんまりご飯食べてないんだから」
「どうやって生きてきたのよ」
アリスのその問いに、霊夢は指で持った私を軽く揺することで答えた。
「……ほんとに?」
「このお酒を飲んでると不思議とお腹減らないのよね」
まあ、酒ばかり飲んでいても体を壊すようなことがないように、私も考えているからな。
「……こうしましょう。私はたまにここにご飯を作りに来るから、霊夢はその後私と一緒に飲みましょう」
「いいわよ? でも、最近お酒以外お腹に入れてないからあんまり重いと吐くわよ?」
「なんでそんなになるまで食べてないのよ!?」
「食材が無いのよ!」
……やれやれ。これも仲が良いと言うのか?
………まあ、なんでも構わんさ。私としては、私を使って飲んでくれるなら一向に構わない。
さあ、お前たちを招待しよう。安らかなる酔いの世界に。
アリスの作ったご飯を食べてから、徳利とおちょこを使って酒を飲む。
アリスだけが飲む訳じゃ無くって、毎回徳利とおちょこを交換しながらお互いに相手の持つおちょこに徳利でお酒を入れては飲み干してを繰り返す。
……人と飲むのは初めてだけど、こういうのもいいかもしれないわね。
「そう言ってくれると、私も作った甲斐があるわね」
アリスはそう言うと、持っていたおちょこの酒をきゅっと飲み干した。なんだか男らしい飲み方をするわね。
「霊夢だって、十分男らしい飲み方をすると思うのだけれど?」
「気のせいよ」
注がれたお酒をくぴっと飲み干す。じんわりと焼かれていく喉が。お腹が心地いい。
……ここで外からも暖かくなればいつも通りなんだけど………。
「……ふぅ。本当に美味しいわね」
「つまみは無いわよ?」
「キッチンを使ったからわかるわよ。塩と味噌と醤油と水で何を作るって言うのよ」
「凍らせてかき氷?」
「駄目よ」
アリスは私の提案をぴしゃりと却下し、おちょこを私に持たせてお酒を注いだ。
「そんなものを主食にするなんて、体に悪すぎるわ。それだったらこうしてた方がまだ良いわね」
「……あんたは私のお母さんか」
「……それは嫌ね。こんな大きな子供がいるような年でも無いわよ私」
……でも、やってることは完璧に‘お母さん’だけどね。
そう思いながら私はまたお酒を飲み干して、アリスにおちょこを渡す。
……ああ、いい気分ね。
霊夢とアリス。この二人の中に何があったのかは知らない。
知らないが、恐らくこの二人は現在は仲が良いのだろう。二人を取り巻くゆるりとした空気がその事を教えてくれている。
願わくば、この二人の関係がいつまでも続かんことを。
…………何に祈る? 酔いにでも祈るか?
……それもよかろう。
それでは、私と小さなこが呼び招いたこの酔いに私は願おう。またこうして酒飲みが私達を使ってくれる事を。