浮かんで暫く、空虚な洞
主人公=徳利
流石に考えた人は…………居ませんよね?
ある時、何かはいつもと何かが違った。何かは私と小さなこを使って酒を飲んでいたが、まだ半分ほど残っていたにも関わらず私と小さなこの中身を飲み干した。
そして私達を持って、酒蔵へと移動する。
何かは迷うことなく一番奥の一番上等な酒の入った樽の前に立ち、私達をいまだになみなみと酒を湛えている中へ沈め、蓋をした。
何かは外で何かをしていたが、暫くするとゆっくりと離れていった。
ごろごろと何か重いものを転がす音がして、それからすぐにごとんと何かが落ちたような音がした。
それが正確な私と何かの最後のことだ。
私は考えていた。明日、人間の里に強襲をかけることになった。
しかし、私はそれをやったところでどうにもならないと思っている。
人間の使うあれらは強力で、私達の中でも防ぎきれるものはそう多くは無いだろう。
それだけでなく、人間はありとあらゆる手を使って私達を殲滅しようとやってくるだろう。
鬼であり、総大将に近いわたしが何を弱気なと言われるだろうが、私は最悪のことを考え続けてしまう。そして、明日の強襲に参加する者のなかで最初から失敗すると考えているものはそう多くは無いだろう。
しかし、そう考えながらも私は他の者の前では不適に笑っていなければならない。幸運なことに私はそういったことは得意だから、けして涙も不安も見せることはしない。
だがそれでも、今くらいはこうして不安に思うことくらいは許されるだろう。
そこまで考えてから、ふと目の前の酒器に意識を向ける。
数百年前に人里で買ったその酒器は、いまだに私の宝物として大切に使っている。
……願でも掛けるか。
そう考えてすぐ、私は酒器の中に残っていた酒を飲み干し、それを持って住処の奥の酒蔵へと移動した。
酒蔵の奥のそのまた奥に、私の持つ中でも最高の酒の置場所に一つだけ置いてある大きな酒樽がある。
その蓋を開けると、そこには透き通った水のような美しい酒がなみなみと湛えられている。
引き込まれそうになるそれに手に持った酒器を沈めて、目を閉じる。
この酒は、ある集落から奪い取った祖霊に捧げるための酒だったらしい。偶然できたそうだが、そのためにとても量は少なく、この一樽しか存在しないと聞いた。
それだけあって非常に美味く、今までに片手で数えられる程度の回数しか飲んでいないそれ。
もし私が生きてこの場に戻ってこれたのならば、この酒をあの酒器でゆっくりと飲み干そう。
時間の流れにくれてやるにはもったいなさすぎるし、人間にくれてやるのも気分が悪い。しかし、私が戻らなかった時はこの酒器が全て飲んでくれるようにと酒器を沈める。
……私はここに必ず戻ってくる。そして、酒器を使って、酒を飲む。
鬼は約束を破らない。絶対にだ。
そして私はこの住み処を封印する。巨大な岩で入り口を塞ぎ、一切妖気が外に漏れ出さないように。
………さあ、行こう。人間と妖怪の、絶望的な戦へと。
何かは戻ってこなかった。私は小さいこと共に、ずっと酒の中をたゆたっていた。
私と小さなこに酒が染み込んでも、酒がなくなっても、ずっと。
いつしか私は意識を持っていた。もしかしたら初めから持っていたのかもしれないし、何かと共にいたときに手に入れたのかもしれないし、酒を飲み干したときに入ってきたのかもしれないが、気付いた時には私は私であった。
小さなこは意識はないようだが、それでも常に私の傍にいる。
そして、私の意識はこう言っている。
お前の能力は、‘酔わせる程度の能力’だ、と。
やはり、無理だった。
私は多くの人間に囲まれながら思った。
妖怪の群はもう跡形もなく、総大将も既に倒れている。
それでも、約束したのだ。相手が意思も持たぬ無機物であろうと、誰一人として聞いていなかったとしても、私は約束をしたのだ。
絶対に、戻ると。
にぃ……と笑む。そう、約束なのだから、守らねばな。
人間たちの持つ武器から轟音と共に撃ち出された光に全身を貫かれ、私は地に落ちる。それでも、笑む。
(………待っていろ、私の酒器よ。どんな形でも、私はお前たちに会いに―――