とある妖狐の、懐古録
スランプになってきたので一旦更新休止します。連続更新終了です。
でも他のはまだ続きます。
玉藻前との出会いは、蓬莱山輝夜――輝夜姫との出会い以前にまで遡る。
出会いの方法は輝夜姫と同じく献上されたと言うものだが、共に居た時間は確実に玉藻前との時間の方が長いだろう。
玉藻前は暇があれは私と小さなこを使って酒を飲んでいたし、玉藻前は大抵暇だった。もちろん飲んだくれていたわけではなく、文字通りに暇でやることが無いからちょっと飲んでいたと言う程度で量は飲んでいなかった。
たまに当時の将軍が現れ、玉藻前と一緒に酒を飲むこともあったが、そういう時の玉藻前は何故か酒に酔うのが早くなる。
そこから先の事は黙秘させてもらうことにしよう。ただ、玉藻前は他者を誘惑する術に長けていたと言うことだ。
しかし今の玉藻前は、あの頃のような物憂げな雰囲気を漂わせてはおらず、むしろ活動的になったように思える。
先程まで私を使っていた猫又の少女を背負って運んでいるときも思ったが、どこかいきいきとしているようだ。
玉藻前と別れてからの長い間に何があったかを私は知らないが、何らかの心の変化があったことは確実だろう。
……まあ、私には関係の無いことだし、わざわざ指摘することもない。
ただ、私達を再び使ってくれるかどうか。私達にとってはその一点が最も重要な点なのだから。
……どうやら玉藻前の住居に着いたらしいが、私ならばこのような目だらけの空間に居を構えようとはしないだろう。ここの家主はよほど趣味が悪いと見える。
「ただいま戻りました、紫様」
玉藻前はそう言って、その家に上がっていった。
…………紫……どこかで聞いた覚えのある名だが……。
酔呼の酒器にあてられて酔い潰れていた橙をマヨヒガまで連れ帰り、布団に寝かせたのが四半刻ほど前のこと。私は今、久し振りに見た懐かしい酒器を見詰めていた。
「……まさか、いまだに残っていたとはな」
酔呼の酒器。またの名を酔呼の酒器。
古くから存在し、少なくとも私がこの世に生を受けた時にはその名が既に広がっていたそれ。
人を、神を、妖怪を呼び招き、そして手にしたものに最高の酔いを与えると言われていたそれ。
これに出会ったのは、私が殷を追われ、日の本の国にて将軍に見初められてしばらくしてからの話だ。
もう名前も忘れてしまったが、とある貴族の一人が将軍に献上してきたそれを、将軍が私に与えた。言葉にすればそれだけのことだが、私はその酒器に異様なまでに惹かれていた。
他者を魅了し、自らを守る力として来た白面金毛九尾が何かに惹かれてしまうなど、普通なら笑い話にもならない。
しかし私は事実として、当時は名前も知らなかったその酒器に惹かれていたのだった。
試しにその酒器で酒を飲んでみれば、今までと同じはずの酒が妙に美味く感じ、その他の酒器では今までと同じ酒の味にしか感じない。
そのため私は、暇があればその酒器で酒を飲むようになっていた。
将軍に嫌われてしまうわけにはいかなかったので量は抑えていたが、あれから千年近くの年月が過ぎた今でもその味を思い出すことができる。
今まではそれを思い出すだけだった。
……しかし、今は違う。こうして酔呼の酒器は私の手の中にある。
私は紫様への報告を終わらせたら、久し振りにこの酒器で酒を飲むことに決めたのだった。




