花に誘われ、花見酒
私達を拾った風見幽香という妖怪は、なんとあのような力を持っていると言うのに花妖怪だというのだ。
だが、花妖怪の面目躍如と言うべきか、花には惜しみ無き愛情を与え、水をやったり害虫を排除したりとしっかりと世話をしている。
そんな彼女が好んで飲む酒は、やはりと言うか蜂蜜酒。甘く強いその酒を、彼女は実に嬉しそうに、ちびりちびりと飲んでいるのだ。
私に五割ほど注がれた蜂蜜酒を、風見幽香は一刻という長い時間をかけてようやく飲みきる。そして酒に酔ったまま、上機嫌で外にある花の世話をしに出掛けていくか、布団に入ってゆるりと眠りにつく。
鬼だ、悪魔だ、化物だと言われていても、酒を飲んでいるときの風見幽香は実に美しい。もしもその場に誰か他の者が居たのならば、風見幽香の表情だけで一升開けることができるだろう。
……その事を、私しか知らないと言うのは悲しいことだ。いつか風見幽香にも、共に酒を飲むことができる友ができることを、勝手かもしれないが願わせて貰おうか。
何に? ……そうだな。宴会の魔力にでも祈るとしよう。
……ほんの少しだけ、杯を傾ける。それと一緒にほんの少しだけ、蜂蜜酒が私の唇に触れ、私は唇に触れた分だけを舐めとるようにして口に含む。
じんわりとした甘味と熱が私の口中に広がり、甘い香りが鼻から抜ける。
その香りに頬が緩むのがわかるが、こんな時くらい気を抜いていたって良いじゃない。どうせ誰も見ていないのだし、そのせいで誰かが困るという訳でもないんだし。
酔いが回って丸くなった思考がよぎり、素面だったら絶対に考えないことだと思うと少し楽しくなった。
また頬が勝手に微笑みの形を作り、止められない。けれど、それでもいいかと思っている私がここにいる。
ちびり、と、今度は少しだけ口の中に直接酒を取り込み、ころころと舌で転がすようにして味わい、つるりと喉へ。酒の通る道が一瞬冷え、それから温かくなる。
「……ふふ……美味しい……♪」
そうしてまた、私は少しだけ杯を傾ける。
……こういうのも、いいわね。
風見幽香は実に表裏のある妖怪だったらしい。私が見ている限り、風見幽香はなにかに当たることや理不尽な暴力を振るうことは少ないように見え、さらに力を振るうときは大抵の場合向こう側から風見幽香の領域に入り込んできたものばかり。
しかし話を聞くと、どうも風見幽香も昔はやんちゃだったらしく、悪名悪行がごろごろと出てくる。
その内容については割愛するが、風見幽香もそれを否定することはなく、むしろ楽しそうにそれらの話を聞いていたので間違いではないのだろう。
……私にとっては、そんなことは割とどうでもいいのだが。私を使った者の中には、話の中の風見幽香を越える悪行を成したものも居たし、なにもしていないのに噂ばかりが一人歩きした結果、悪だと言われた者も居た。
だが、その者達も色々と物を考えていたし、自分にとって大切なものだけは守ろうとしていたものばかり。
風見幽香の場合は、それが花というだけの話だろう。
……まあ、私達はただの酒器だ。風見幽香という今の私達の所有者が、これから先どうして行くのか。じっくりと見させてもらうとしよう。