渡り流るる、酔呼の酒器
輝夜姫の手から離れ、いつしか私は誰とも知れぬ妖怪の手にあった。
その妖怪達は私の事を、人を招き酔いを呼ぶ、酔呼の酒器と呼び、それが周囲に少しずつ広がっていった。
それを知る妖怪も知らぬ妖怪も、小さなこに招かれ、私に酔わされて騒ぎ合う。
喧嘩や殺し合いに発展することもあったが、それは自業自得だろう。
「……ほう? これがかの有名な‘酔呼の酒器’か? ……装飾も何も全く施されていないようだが………本当にこれが‘酔呼の酒器’なのか?」
私が部下に疑わしげな目を向けると、私の元にこれを持ってきた部下は頭を下げて言った。
「はい、私の‘名を知る程度の能力’で確認しました。少なくともそれの名は、‘酔呼の酒器’です」
この部下にそんな能力があったとは知らなかったが、どうやら間違いはないようだ。
……ならば、宴だ。酔呼の酒器とやらがどれ程のものか、確かめさせてもらうとしよう!
宴が始まってすぐ。実に三百数えた程度の時間で四割の仲間たちが酔い始め、元々酒に弱かった者達などすでに潰れてしまっている。
かく言う私も、異様に早い酒の回りに驚愕している所だ。確かにこれは‘酔呼の酒器’だ。そう確信した。
何度か宴を繰り返していたのだが、その度に何故か仲間の数が減って行く。まるで、殺しあいでもあるかのように。
しかし、誰が減ったのかはわかっても、どうして減ったのかは誰一人として覚えていない。記憶そのものが曖昧で、覚えていられない。
しかし俺たちは、それにも慣れて行く。
「今日も宴だ!野郎共!!」
俺がそう言うと、仲間達は揃って歓声をあげる。
……そうだ、心配しすぎだ。俺達に、恐れる物など何もない。
私は醒めたまま妖怪たちを見ている。
この妖怪達は、風情と言うものを理解していない。ただ、呑みたいから呑む。それだけだ。
それが悪いとは言わない。今までに私を使ってきた者達の中にも、そうしていた者は居るし、私もその全てが嫌いな訳ではない。
……しかし、騒ぎ、暴れ、殺し合い、私たちすらも壊そうとするこの妖怪達は気に入らない。
私は酒器だ。平穏に生き、平穏を愛した老爺の酒器だ。勝手に騒ぐのならば構わないが、私を出汁にして騒ぐのは―――実に、気に食わん。
私は酔わせる。血に酔わせ、力に酔わせる。
そして小さなこは、血に酔った妖怪たちを殲滅できる者を、その能力を使って招き寄せる。
……そして、小さなこに招かれてこの場にやって来たその妖怪は、傘の先から放出した妖気の奔流で、この場にいた妖怪を纏めて消し飛ばした。
「……ふうん? もしかして、あなた達が私を呼んだのかしら?」
その緑色の髪をした妖怪は、私たちを拾い上げて呟いた。
その妖怪の名は、風見幽香。しばらくの間、私たちの所有者となり、私に最も狭く深い種類の酒を注ぎ入れることになる大妖怪だった。
なにかに呼ばれたような気がして空を飛んでいると、程近いところに妖怪達が居るのがわかった。
近付いてみると、いきなり私に向かって攻撃してきた。私に喧嘩を売ってくる妖怪なんて、久し振りね?
そう思ったので、私も久し振りに本気で妖力を使う。傘の先端に力を集め……
「マスタースパーク」
たった一撃で、その場にいた妖怪達は消滅してしまった。
「……なんだ、つまらないわね」
そう思っていたのだが、少し探ってみると、まだ神気が残っている。しかし、妖怪達があれだけいたなかに、神気?
不思議に思ってそこに近付いてみれば、私の攻撃を食らう範囲にいながら形を崩していない、酒器を見つけた。
「……ふうん? もしかして、あなた達が私を呼んだのかしら?」
私がそう問いかけると、なんとなく酒器が肯定したような気がした。