金色のドングリ
みいちゃんのお母さんは、みいちゃんを産んですぐ、子宮ガンの手術を受けました。
それ以来、何度かガンが再発し、その度に入退院を繰り返していました。
みいちゃんが物心ついたころには、お母さんは家にいるより病院にいる時間のほうが長くなっていました。
幼い頃、保育園にあずけられていたみいちゃんは、他の子が帰ってしまったあと、一人だけ残ってお父さんの迎えを待っていました。
小学生になると、みいちゃんは家のカギを持たされました。
家に帰って「ただいま」と言っても、返事を返してくれる人はいません。ただ、小さなおじさんたちが、無言でみいちゃんを迎えました。
その頃、お父さんは夜遅くまで働いていて、家に帰ってくるのは、みいちゃんが眠ったあと。一人ぼっちの寂しさを紛らせてくれるのは、みいちゃんにしか見えない、体長10センチくらいの小さなおじさんたちでした。
それは、みいちゃんが10歳になった年のクリスマス・イブのことでした。
クリスマスは、いっしょに過ごしたいと言っていたお母さんでしたが、朝から急に容態が悪くなり、病院からの一時帰宅ができなくなりました。
お父さんは、みいちゃんに心配をかけないように詳しいことは教えてくれませんでしたが、みいちゃんにもお母さんの病状が相当悪いということは分かりました。
お母さんが、このまま亡くなってしまうのではないか、そんな不吉な予感がみいちゃんの頭をよぎりました。
その夜、お父さんは病院に泊まることになりました。
みいちゃんは、リビング・ルームに飾られたクリスマスツリーの前にすわり、手を合わせて一心に祈りました。
「サンタさん、一生のお願いです。プレゼントはいりません。そのかわりお母さんの病気を治してください」
真夜中、眠っていたみいちゃんは、耳元で誰かが呼ぶ声を聞きました。目を開けると、まくら元に小さなおじさんがいました。
「きみの願いをかなえてあげよう。さあ起きなさい。わしといっしょに行こう」
クリスマスツリーのトナカイとソリのオーナメントが見る見る大きくなって、本物のトナカイとソリになりました。
小さなおじさんも大きくなって、白いひげに赤い服、まるでサンタさんのようなかっこうをしてソリに乗っていました。
みいちゃんは、夢の続きを見ているような気分でした。
サンタさんに言われるまま、みいちゃんもソリに乗りこみました。
「しゅっぱーつ」
サンタさんのかけ声とともに、トナカイが一声いななきました。
その瞬間、部屋の壁が消えて、目の前には外の風景が広がっていました。
夜の闇に吸い込まれるようにソリは大空へと舞い上がって行きました。
「わたしたち、どこへ行くの?」
「金色のドングリを採りに行くんじゃよ」
「金色のドングリ?」
「そう、金色のドングリ。森の奥深くに、妖精が宿るドングリの木があるんじゃ。その木にたった一個だけ、金色の実がなるんじゃ。その実を食べると、どんな病気もたちどころに治るんじゃ」
月が雲に隠れた薄暗い夜空を、時折雲間からのぞく星明かりをたよりに、ソリはすべるように飛んでいきました。
「ほら、見えてきたぞ。あれが妖精の宿り木じゃ」
暗がりにぼんやりと浮かぶ森の中に、一点の光が見えました。
ちょうどその時、雲間から満月が顔を出しました。
金色のドングリが、まばゆいばかりの光りを放ち、木全体が黄金のベールでおおわれたように輝きました。
「満月の光を浴びて、金色のドングリが輝きを増したようじゃ」
ソリは、金色のドングリのそばに浮かんで止まりました。
他の実はすっかり落ちていましたが、金色のドングリ一つだけが、しっかりと木に残っていました。
突然、みいちゃんの目の前に、蝶のような羽をもった、かわいい女の妖精が現れました。
妖精は金色の光りをまとい、金色の光跡を残しながら、みいちゃんの周りを舞い飛びました。
「お願いです。妖精さん。病気で苦しんでいるお母さんを助けたいんです。どうかわたしに金色のドングリをください」
みいちゃんは、胸の前で手を組んで妖精にお願いしました。
妖精は、みいちゃんの顔の前で、しばらくの間じっとみいちゃんを見つめていました。
やがて、にっこりとうなずき、みいちゃんの手をとって、金色の実の下に導きました。
妖精がドングリに触れると、みいちゃんの手の中に「ぽとり」と落ちました。
「ありがとう」
「ようし、お母さんにとどけるんじゃ。そうれ、もうひとっ飛び」
サンタさんが手綱を引くと、トナカイは向きを変え、お母さんが入院している病院に向かって飛んでいきました。
やがて、街の明かりの中に病院の看板が見えてきました。ソリは病院の上空で停止しました。
「その実をお母さんの口にふくまておあげ。そうすれば、金色の実の精気がお母さんの身体中にしみわたり、病気は治るはずじゃ。さあ、行っておいで」
サンタさんが、そう言った瞬間、みいちゃんは、お母さんの病室のベッドのそばに立っていました。
眠っているお母さんの顔は、見る影もなくやつれていました。
みいちゃんは握っていた手を開き、金色のドングリを見つめました。
妖精の宿り木から離れてもドングリは、みいちゃんの手のひらの上で、金色に輝いています。
みいちゃんは金色のドングリをお母さんの口にそっと入れました。
一瞬、お母さんの身体から金色の光があふれ出ました。
「これで、もう大丈夫じゃ。夜明けが近い。家に変えるとしょう」
いつの間にか、みいちゃんはソリに乗っていました。
安心したせいか強い眠気に襲われて、みいちゃんは、そのままソリの中で眠ってしまいました。
翌朝、ベッドで目を覚ましたみいちゃん。
昨日の夜のことをは夢だったんだと思いました。だって、あんな不思議な体験が、現実だとはとても信じられませんから。
その日みいちゃんは、お母さんのことが心配でたまりませんでした。
夕方、病院のお父さんから電話がありました。お母さんが退院するというのです。
お母さんの身体からガンがすっかりなくなって、お医者さんたちも、どうしてガンが消えたのか分からないと首をかしげていたということです。
このとき、みいちゃんは、昨日の夜の出来事が夢なんかじゃなかったと確信しました。
その年、はじめて家族三人そろってクリスマスを祝うことができました。
お母さんが退院した日から、みいちゃんの家から小さなおじさんたちが、いなくなってしまいました。
そのかわり家に帰ると、お母さんが笑顔でみいちゃんを迎えてくれるようになりました。
小さなおじさんたちは今も、きっとどこかで、みいちゃんのようなさみしい子を、そっと見守り続けているのではないでしょうか。




