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繭を煮る

作者: 暇庭宅男
掲載日:2026/04/29

目の前の鍋は、(かいこ)(まゆ)をどっさりと入れて煮立っている。


ここから絹糸(きぬいと)を取り出すのに、繊維(せんい)の表面に絡んだ余分な(にかわ)を溶かし出して、かつ、繭の中にある蚕の(さなぎ)を殺すためだ。


相手が虫なのでそれをしばしば忘れてしまうが、この仕事はなかなかに非情な仕事だと思う。


(くわ)の葉に蚕は留まれない。人が都合のよいようにひとつの虫を何百代も選抜し続けた結果、野蚕(くわご)は蚕となって、木に登り、しがみつく脚の力さえも失って、ヒトの手で(やしな)われなければ命を繋ぐことのできない種に成り下がった。そして哀れな蚕たちは、卵を産ませる何匹かを選り分けたあと、羽化を待たずに茹でられて、大方の蛹は塚を掘って埋めてしまう。


「糸が欲しいから、な。……どうか、恨みに思ってくれるなよ」


そのことを知りながら、私は遠い先祖の代からそうして生きてきた。

蚕のおびただしい死の山の頂に、私という人間はのうのうと生きている。


その報いだったのかは分からない。息子は齢15で命を落とし、妻とも息子の早世がきっかけで縁が切れた。そうして一人になってはじめて、ヒトと蚕を、大差なく扱ってきた自分自身に気がついた。


私は、絹を目当てに蚕に桑を食ませるように、家族にもまた、何か目当てのものを求めていた。


気立てがよいこと、容姿がよいこと、家の中の様々な仕事をこなせること、学業で優れていること、身体能力の優れていること、人柄が望ましく育つこと……求めるものに、果ては無かった。


大差は無い。蚕を煮て殺すことと、家族になにものかの役目を強いて、その人の本当の心に蓋をさせることは、同じことだ。少しばかり人に対しては、それをごまかして分かりづらくする。そうして、好ましい言葉で、その行為を飾り立ててしまう。白い蛾になった成体の蚕ではなく、蚕の吐き出した絹こそを愛するように、きっと家族のひとりひとりでなく、みなの発する能力や、獲得してくる様々な成果物ばかり、私は愛していたのだろう。


物思いにふける中、繭玉は煮上がってくる。あとはこの繭玉を、5つほど並べて糸を()りあわせる。できあがった絹糸は、丁寧に織られて布になり、服になり、私に生きるための金をくれる。私はこれをやめることはない。あと、何年か、あるいは何十年か。私は蚕を無数に殺して、生活の糧に変えていくだろう。コンロの火を落とすと、すっかり中身の茹であがった繭が、ふわふわと湯のなかで揺れた。

暇庭の昔の作品。いつもそこに作品を入れていたUSBではなくなんとCD-ROMにこれだけがぽつんと保存してあった。なんでそんなことをしたか全く覚えていない。


たぶん文体からして高校生の頃のものだが、これを書いた記憶がほとんどない。制作時期的にはおそらく『滅びの蝶』の姉妹作品なのだと思われる。

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