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商店街の靴磨き

作者: 老川
掲載日:2026/02/08

街の一角にある商店街だった。背が低く古びた建物が軒を連ねていた。通りを風が吹き抜けると、土埃が舞い、湿った匂いがした。景気の悪そうな顔をした店主が店先のほこりを払っている。


少年の並びは商店街の外れにあった。露店と言っても、地面に座り、向かいに客用の椅子をあつらえただけの靴磨きだ。少年は背中を丸め視線を下に向けて客を待っている。時折来る客に向ける程度の愛想は残っていたが、その様子は商店街の空気とよく合っていた。


建物の影が長く伸びる時間になり、少年が店仕舞いを考え始めた頃に、一人の客がやって来た。着古したスーツを身につけた男だった。男は少し疲れた表情で通りの椅子に腰掛けると、言葉少なく「頼む」とだけ告げて足を少年に向けた。少年も「あいよ」と短く答えると、さっそく靴磨きに取り組み始めた。


貴重な稼ぎのために少年は手を抜かずに靴を磨いた。男の靴はスーツと同じようにくたびれたもので、小さな傷があり革も柔らかすぎた。靴を磨かれている間、男は何も話さなかった。少年の方も、承知して特に話しかけることはしない。仕事を初めたての頃は、無邪気に話しかけて失敗したものだ。


辛抱強く磨いていると、傷が目立たない程度には綺麗に仕上がった。靴を見た男は出来に満足したのか、「また頼むよ」と言い、代金を払って席を立った。言葉の割にチップの入りは悪かった。


男が立ち去る頃には日はさらに傾き、連なる店も順々に片付けを始めていた。少年もこれ以上の客はないだろうと、荷物をまとめ商店街を後にした。


男は去り際の言葉の通り、それから時々少年の店を訪れるようになった。疲れた顔でくたびれたスーツと靴を身につけた男を、少年は常連の一人に数えるようになった。男を入れても両手の指に満たない程度の常連ではあったが。


男が靴を磨きに訪れているうち、少年は声変わりを抜けた。少年は靴磨きの手つきこそ慣れたものの、貧相な店開きを続けていた。靴磨きの稼ぎで日々を凌ぐ生活はそう変わらなかった。


一方で、通りは道が舗装され土埃が舞わないようになっていた。商店街にも新しい建物が混ざるようになっている。通りを抜ける風の匂いもどこか良くなっているようだった。


その日も男は少年の店を訪れた。男はいつものものとは違うスーツに新しい靴を身につけていた。靴先に目立たない程度の傷はあるものの、上等なものに思えた。男は無言で椅子に腰掛け、靴を少年に向ける。少年の方もそれに応じるように、無言で靴磨きを始めた。


靴を綺麗にするのに大した時間は必要なかった。磨き上がった靴を見た男は、慣れた様子で鷹揚に頷くと代金を払って席を立った。今日はチップを弾んでくれたようだ。


男のチップのおかげで今日の稼ぎを終えた少年は荷物をまとめ、店仕舞いをした。商店街にはまだ灯りが残っていた。


そんなことを繰り返しているうちに、少年は青年と呼ばれる歳になった。いつもと同じように露店を構えても見える景色が変わったような気がした。顔に刻まれた皺のせいで店構えは以前よりも陰気に思えたかもしれない。


商店街に並ぶ新しい建物はますます増えていた。街に新しい背の高い建物が増えている様子も、通りから見えた。乾いた風が商店街を通り抜けた。


男はまた青年の店を訪れた。いつも以上にくたびれた顔に見えた。綺麗だった上物のはずのスーツと革靴はいつの間にかくたびれている。通りの椅子に腰掛けた男はぶっきらぼうに足を差し向ける。靴には細かな傷がびっしりとついていた。


青年は何も言わずに熱心に靴を磨く。その間も男は落ち着きなく時計を見やっていた。青年の仕事の甲斐あって、靴の傷は目立たない程度に綺麗になった。男は出来を見届けるのも待てないと言わんばかりの様子で、投げるように代金を払うと忙しなく青年の店を後にした。払いは当然のように悪かった。


ある日、商店街に連なる店々の軒先に同じ掲示物が並ぶようになった。「再開発のお知らせ」と記されている。どうやらこの商店街に開発の波が来たらしい。


青年は身銭を稼ぐ手段を思案しながら、今日の飢えを凌ぐために露店を開いた。男が店を訪れた。綺麗だった靴はその面影もなく、すっかりくたびれている。椅子についた男は静かに足を差し出す。青年は丁寧に靴を磨くが、深く刻まれた傷と靴の疲労は簡単に癒せるものではなかった。


仕上がりを見た男は、出来に満足したのか、あるいは諦めたのか、一つため息をつくと代金を手渡し席を立った。「今までありがとう」、細い声が聞こえた。久しぶりに耳にした男の声に驚いた青年が顔を上げるが、男はすでに背を向けて通りを歩き去っていた。


商店街にはどこか淀んだ風が吹いていた。

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