第五話
遥香はその後、ナツメとはほとんど話さなかった。ナツメも話しかけず、ただ遥香に付いていくだけ。
「遥香ちゃん引っ越すの…?」
と村田が学校で落ち込んでいる遥香に話しかけた。
「うん…」
小さな声で遥香は返した。どうしよう、このまま別れたくない、優くんに伝えてない、そう彼女は思っていたものの、口からはそれ以上出なかった。そのあとは特に何も交わさずに去った。
いつの間にかナツメが隣にいた。躊躇した彼女だったが、今回は口を開いた。
「あれで…よかったん?」
遥香はナツメに聞かれた。久しぶりにナツメの声を聴いて遥香は驚いていた。
「えっ?あ、うん…重たいお別れしてもつらいだけだし、連絡先あるからいつでもスマホで話せる。」
遥香の口調は明るくはなかった。
「私、引っ越してもたびたびここへ来るよ。その時絶対ナツメの神社に行くからさ。」
「そういえば、言わなきゃいけないことが…」
遥香の言葉を聞いてナツメは言い出したが、そのあとが出てこなかった。
「その…」
ためらうナツメの目を遥香は見ていた。
ナツメは深く息を吸い込んでから言った。
「うちの神社、再来月には壊されちゃうんだ。」
その知らせに遥香は心に穴をぶち抜かれた様だった。口と目は大きく開き、ショックを隠せなかった。
「な、なんで?」
必死になりながら遥香はナツメに聞いた。
「神社を管理していた神主さんが死んじゃったんや。息子も孫も引き継ぎたくなくて、五か月くらい前だったかな。それで管理する人もいないし、神社に来る人もいない。駐車場とか住宅地にすんだってさ。」
とナツメは答えた。
「じゃあ、もう会えないってこと?」
「そうかも…ごめんな。」
やっと話せたと思ったのに、この事実は受け入れがたかった。ナツメははるかにとって友達、姉妹のような距離感だった。それなのにもう会えない、そう思うと引っ越すまでの時間が永遠、かつとても早く感じた。
それからというもの、ナツメと遥香は笑いをかわし続けた。しかし以前のような笑いではなかった。いつでも何かが足りない、そんな感じがした。
すぐに時がたって、気づいたら遥香は別の街にいた。別の家、別の学校、別の制服。そして神社はもうない。
気づけば大人になり、遥香はまた子供のころの街にもどっていた。引っ越してまた同じ町にもどったが、やはり何か足りないとしか言えなかった。
そっと家の庭にかつての友達を思い出させるような祠を飾り、飴を置いた。
「ただいま、ナツメ…」
すると突然、強い風が吹き始めた。そして聞き覚えのある声。
「おかえり、遥香。」