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第三話

翌朝、遥香は目を覚ましたとき、驚くほどすっきりとした気分だった。目覚まし時計が鳴る前に自然に目を覚ましたのは、久しぶりのことだ。カーテンを少しだけ開けると、薄い朝の光が部屋に差し込み、眠っていた心と体を優しく包み込んだ。いつもなら二度寝をしたくなるような時間帯だったが、今日は違った。冷たい空気が心地よく、体のだるさは少し残っているものの、風邪がほとんど治ったことを実感していた。

「やっぱり、今日は学校に行ける。」

遥香は小さくつぶやき、ベッドから起き上がった。昨日は一日中寝ていたから、今日は普段よりも早起きできた。朝食を食べながら、母親が心配そうに尋ねた。

「調子はどう?」

「うん、大丈夫。風邪ももうすっかり治ったみたい。」

遥香は微笑みながら答えた。母親は安心した顔をして、

「無理しないようにね。」

と言いながら、優しく見守ってくれた。食事を終えて、支度をしていると、遥香はふと思い出した。あの神社で願ったこと。遅刻しないように学校に行けますように、そして、村田ともっと話せますようにと。それが叶って、今日こうして元気に学校に行けることが、遥香にはとてもありがたく感じられた。

「昨日、優くんと話せたの、本当に嬉しかったな。」

遥香はつぶやき、ふと神社に行くことを決めた。願いが叶ったことへの感謝を込めて、学校に行く前に少し寄り道してお礼をしようと思いながら通学路を歩いた。三度目、彼女は神社に足を踏み入れた。三回目になるとどの石板が飛び出ているのか分かり、一つにもつま付かづ祠までたどり着けた。

「ありがとう。」

遥香は今度はお願いではなく、感謝で手を合わせた。ふと台に目をやると飴がまた消えていた。

「飴、好きなのかな…」

そう思い彼女はまた飴を供えた。

「じゃあ、私学校に行ってくるね。」

彼女は独り言のつもりで呟いた。しかし、予想外なことにどこからもなく返答が帰ってきた。

「飴供えてくれたんやで。願い事言ってくれてもええんやけどなぁ。」

高い女の子の声が聞こえてきた。遥香は恐怖より興味で辺りを見回したが、何も見つからない。空耳と思い、祠に背を向けた途端、また声がした。

「うちずと暇やったんやー、頼むで。お願い事聞かせて。」

確かに祠の方から声がした。

「誰?」

遥香が声に聞くとまた返事が来た。

「うちの姿が見たいんか?」

その質問をされ、遥香は頭を縦に動かした。しばらくしても何も起こらない。幻聴でもしているのだろうか。と彼女は自分の聴力を疑った。するとヒューっと風が吹き、トントンと何者かが後ろから彼女の肩を叩く。遥香は思わず後ろを振り返り、宙に浮かぶ女の子を目の当たりにした。赤い着物を着て、栗色の髪を風になびかせ、鋭い瞳が遥香をじっと見つめていた。狐のような獣の耳がぴんと立っており、橙色なのに先っぽだけ雪のように白い尻尾が伸びている。まるでその存在が現実ではないかのような不思議な感覚に襲われる。

「どうしたんや。うちの美しさに釘付けか?」

女の子はにっこりと笑い、浮かんだままゆっくりと語りかける。

「うちはこの神社に住んでる妖怪やで。」

遥香はその言葉に驚きながらも、神社に住む妖怪なんて信じられないと思ったが、目の前の光景がそれを否定することはなかった。

「妖怪…?」

「そう。ここでずっと一人でおるんやけど、最近ちょっと退屈しててな。」

女の子は笑いながら言った。

「お前さんが飴を供えてくれたから、ちょっと話しかけてみようかと思ったんや。」

「飴を…?」

遥香は自分が供えた飴がどこに消えたのか不思議に思っていたが、ようやく分かったようでどこか安心した。

「いっやー、それにしてもこの飴っちゅうもん美味しいなぁ。もっとあるか?」

遥香は驚きと興味が入り混じった気持ちで女の子を見つめた。こんな存在と会うなんて、まさか自分がこんなことを体験するなんて考えてもみなかった。遥香はポケットに手を入れて飴をもう一つ手渡した。女の子は飴玉を袋から出すと口にポイっと投げ入れた。

「んー!さて、願いでも言いなさいな。」

「じゃあ…」

遥香は女の子の目を見つめた。

「私、もっとあなたのこと知りたい。」

遥香は思い切って言うと、女の子はクスッと笑い、遥香の頭の上を飛んだ。

「まず、うちの名前はナツメ。知っての通り、うちには人の願いを叶える力がある。やけど、自分の願いを叶えることはできへん。」

ナツメは少し残念そうに語った。

「そうなんだ。じゃぁあなたの願い、私に言って。私がそれを願って、そしたらあなたが叶えられるでしょう?」

遥香は思いつき、ナツメに提案した。

「本当かい?」

ナツメは遥香に聞き返した。それに対して彼女はコクリと頷き、ナツメに笑顔を見せた。ナツメも嬉しそうにして、宙を飛び回った。すると彼女は遥香の前に降りて手のひらを差し出した。どういう意味か理解に少し時間がかかったが、遥香は気づくと迷いなく、飴をポケットからまた取り出し、ナツメの手のひらに乗せた。ナツメはまた嬉しそうに口に入れた。

「うちの願いはな、この神社から出ることや。いろいろと訳ありで出れなくてな。」

「わかった。じゃあ、ナツメさんが私と一緒にこの神社から出られますように。」

遥香がそう言った途端、また足の間に風が吹き、木が揺れた。

「これで良いの?」

遥香が聞くとナツメは素早く遥香の手を取って木の下から飛び上がった。遥香を連れ、ナツメたちは木の枝をすり抜け、空に出た。

「わぁーっ!」

木々の上に出た遥香の目には、これまでに見たことのない光景が広がっていた。下には日の光で黄緑色に輝く葉、そして目の前には青く永遠に続く海のような空。彼女とナツメはその景色に目を奪われ、二人とも宙に浮いたままその神秘さを取り込んでいた。

「木漏れ日しかずっと見れなかったけど、こんなに綺麗だったんやな…ありがとうな。」

「ううん、私もこんなの初めてだよ。ありがとう。」

二人はゆっくりと下がって行き、また木の下に隠れた。足が地面につくと一気に力が抜け、遥香はそこに座り込んだ。

「今度はあっちからでいい?」

遥香は座ったまま彼女が入ってきた神社の入り口を指差した。

「うん…」

いきなりやり過ぎたかもしれないと思いながらナツメは頭をかいた。遥香が立ち上がると二人で神社の入り口から外に出た。何人かの人が道を歩いていて、遥香が神社に来た時よりも車も人も多い。

「ちょっとナツメさん!そんな浮いてたら妖怪だって他の人にバレちゃうよ!」

遥香は慌てて宙に浮いているナツメを引きおろそうとした。それに対してナツメはニヤッとした顔を見せて説明した。

「あんた、今日最初に願ったこと覚えとるか?」

「えーっと、あっ!ナツメさんの姿が見たいって。」

「そう。やからな、あんた以外の人間はうちの姿が見えへんの。」

「なるほど。」

遥香は安心したが、何か忘れているような感じがした。

「あーっ、学校!」

ふと今日学校があることを思い出した彼女はナツメの着物の裾を引っぱった。

「お願いナツメさん!私の次の願い事、遅刻しないようにして!」

「うーん。うち、神社内でしか多分力使えん。」

「えーっ!じゃあ急いで戻ろう。」

「飴あるか?」

遥香はポケットを確認した。

「無い…」

「今回は役立てそうに無いわ。」

ナツメが言うと、遥香は座り込んだ。

「そんなぁ…お願いします!」

「無理や。」

残念そうに遥香は通学路を歩いた。そして自分の教室に辿り着いた頃にはもう一時間目の授業が始まっていた。

「神崎ぃ!」

教室のドアを開けた途端、遥香は授業をしていた大髄に怒鳴られた。

「いつまで経っても学校に着かないから親が心配してたぞ!廊下に立ってろ!」

そう言うと先生は遥香の目の前で教室の扉をバンと閉めてしまった。遥香が廊下に立たされるのはこれが初めてではない。彼女は遅刻するたびに怒られ廊下に立たされている。多分彼女の学年で一番廊下に立たされている。回数が多いせいか、立たされている間の時間の潰し方はいくつも見つけている。自称、廊下立ちのプロである。

「一、二、三、四…」

遥香は窓の近くまでより、写っている自分の反射で前髪の数を数えだした。一本一本別々に分け、数えたものを左から右に寄せた。

「二十三、二十四、二十五、二十六…わっ!」

遥香が窓で前髪の本数を数えているところに突然ナツメが顔を出した。ナツメは窓を開けて遥香のいる廊下に入ってきた。

「すまんなぁ、遅刻させちゃって。」

窓の外側、遥香の反射のところに突然と現れたナツメ。遥香はこれに驚かされ、教室の壁にぶつかってしまった。

「ほんとだよっ。遅刻しませんようにって願ったのに。」

「そんなこと言われても、あの一日だけ遅刻したくないっていうふうにうちはとらえたんや。」

「そんなぁ…じゃあ、この先ずっと遅刻しませんようにって願ったら?」

ナツメが遥香の質問に答えられる前に教室のドアが大きな音を上げて開いた。

「おい神崎、誰と話してんだ!」

大髄先生が顔を教室の中から覗かせて遥香に怒鳴った。

「いやっ…」

遥香はナツメが入ってきた窓を見て答えた。

「自分の反射と話してたんです!これからは遅刻しないようにしなくちゃねって…」

「そうか。その意思があるなら遅刻せずにちゃんと来い!」

「ハイ!」

遥香の返事を聞くと満足したようにうんと頷き大髄先生は教室の中に戻り、授業を再開した。ナツメは疲れ切った遥香を見て話を進めた。

「ずっと、とかこれから先、みたいな継続的な願いは叶えられん。加えると、誰々と両想いになりたいというのも、もともと相手から好意がないと叶えられん。相手にいやという意思があるんやったら叶えられん願いはたっくさんや。他にたとえば、こんやあんたのお母さんはオムライスを作るっていう願いだったとしても、あんたのお母さんがもうすでにハンバーグを作るって決め込んでたら無理ってことや。」

「人の行動にかかわる願い事をしても、もともとの本人の意思が優先ってことなのね…」

村田と付き合いたいというような願い事をするつもりだった遥香は残念そうに下を向いた。

「あれ、でもそうってことは優くんと話したいって願いが叶ったのは優くんも私と話したかったからってことでしょう?」

「そうやな。」

遥香は嬉しそうに飛び跳ねた。

「それと…どういう感じで願いが叶うかは分からないんや。村田と話したいって言ったとき、雨で風邪を引いてそんで話せたろ?」

「うん。」

「そんな感じでうちにもどういったことが起こるかわからないんや。三十年前、サキって子が神社に来てな、嫌いなこと会いたくないって願ったんや。まんじゅう付きで。」

「それで、願いを叶えたらその嫌いな子が自殺しちゃったとか?」

遥香は青ざめて恐ろしそうに話をつなげた。ナツメは最後まで話を聞けという目線を向け、つづけた。

「いや、死んだのはサキちゃんの方や。車に跳ねられて死んだんや。」

「そんな、どうして!」

「うちにもわからん。でも考えるとしたら、精神的に弱ってる子やったし、心の奥底で死にたいって思ってたんかもな。まぁ、それで神社から出入り自由だったうちをうるさいハゲの坊主が来おってうちが神社から一歩も出られんようにしたんや。」

「そうだったんだ…」

人の願いを叶える力を持ちながら、自分の願いを叶えることができず、ほかの人の願いがどう叶うかもわからない。きっといろんな願いの結末にナツメは罪悪感を覚えているのだろうと遥香は思い、浮かんでいるナツメを引っぱり腕の中で抱きしめた。

「私はナツメさんに会えてよかったと思う。」

「そう…怖くないんか?もしかしたらあんたも死んじまうかも。」

「大丈夫。気を付ければいいんでしょう?それに私、まだ死にたくないから。ナツメさんと一緒に遊んで、仲良くなって、それで優くんに気持ちも伝えて、それからそれから…」

「じゃあうちの助言でも願ってみな。恋愛の助言くらいタダで聞かせてやんよ。」

「うん。」

ナツメは遥香に手を差し出した。そして遥香は信じ切ったようにその手を取る。お互いの手をぎゅっと掴むとナツメは窓から遥香を連れ出した。空高く上がり、外の校庭がどんどん小さくなっていく。

「鳥になりたいって思ったことある?」

両手を握ってピタッと空中で止まり、ナツメはその黄色い目で遥香を見つめた。

「うん。」

遥香はナツメの目を覗き返して答えた。

「じゃあ、絶対手を離したらあかんからな?」

そう警告してナツメは遥香から片方の手を放し、遥香の右手とナツメの左手がつながっているようにつないだ。そして二人は本物の鳥のように空の中をとんだ。雲に入ったり、下の街の風景を見たりした。

「ちょっとの間だけ鳥になりたいって願ってみようかな。」

ナツメに連れられている間に遥香が呟いた。普通に暮らしていたら一度も見れないであろう絶景を目の当たりにした遥香はナツメに誘導され出てきた廊下の窓にまた戻った。

「また立たされたらよろしく。今度はちゃんと飴持ってくるね。」

「そうやな。できれば飴以外のものもあるといいな。」

「欲張りな妖怪さんね。」

「願い事をいくつも頼んでるあんたが言えることやない。」

二人は一気に笑いに吹き出した。口を押えて笑い、息を落ち着かせると二人に残っていたのは笑顔でしかなかった。その後も雑談は続き、廊下の床に座って二人は一緒に授業が終わるまで話し続けた。一時間目が終わると、遥香はすぐに教室へ戻った。クラスメイトたちはいつも通りの様子で、特に遥香の遅刻を気にする様子もない。ただ、村田と目が合うと、彼は小さく微笑んでくれた。遥香はそれだけで心が温かくなり、遅刻のことなんてどうでもよく感じた。授業の合間にナツメは何度も姿を現し、窓際や教室の隅で退屈そうにしていた。遥香は小声で

「大人しくしててよ。」

と言いながらも、ナツメと一緒にいることが少しばかりでは無く、とても楽しくなっていた。放課後、遥香は教室を出てから下駄箱、校門、そして下校中、ナツメを無視した。

「あんた。」

「ねぇ。」

「家こっちなんかい?」

遥香は黙って足を運んだ。遥香の注意を引くために彼女の頬をしつこくつついていたナツメもしばらくするとやめた。神社の前を止まることなく通り過ぎ、早歩きで進んだ。遥香の家付近まで来ると遥香は電信柱にもたれかかって、なぜか歩いているときに緊張か何かで息を止めていたので、ぷはーっとはき、深呼吸をした。

「どうしたんや、そんなに慌てて。あの先生から逃げてたんか?」

タイミングを見計らってナツメが聞いた。

「あの先生、本当に嫌なんだよね。来年は違う担任がいいな。じゃなくて!ナツメさんと話すと他の人には見えないから上を見上げながら独り言言ってる変な子でしょ!友達にそんなこと思われたくないよ!だから学校ではできるだけ我慢して。」

担任の大髄について愚痴を言うと遥香は話を続け、ナツメを無視していた理由を話した。その理由を聞くと感づいたのか、ナツメはニヤッと笑みを浮かべて遥香に近寄り、耳元で囁いた。

「村田に見られたら大変やもんなぁ…」

ビクッと動きを止め、遥香はナツメを見た。

「そ、そおだけど…その時はナツメさんの力で忘れさせられる?」

遥香はナツメから賛同の返事を待った。

「まぁ、一回なら出来んこともないなぁ。でも二回目とかやと脳に焼き付いて忘れさせるのが難しくなるんや。」

「そうなの?」

実例が欲しいと言うように遥香は質問した。そして彼女のその思いを察したのかナツメは遥香が望んでいた実例を語った。

「んっとな、昭和やったなぁ、男の子がいたんや。その男の子、彼女がいてな。」

「いいなぁ。」

遥香が割り込んできたがナツメはかまいなく続けた。

「でも彼女さんのちょっとやばいとこがあったらしいのや。それで別れて、うちのことを見つけた時に…」

「告白されたの?!」

この遥香の発言に対してはナツメは少し不満そうな顔をしていたが、そのまま続けた。

「その男の子は、彼女のことを忘れたい。って願ったんや。ちなみに備えてくれたのは肉まん。」

遥香に今度の願いは肉まんを備えてほしいと言うようにナツメは遥香を見つめたが、彼女が理解できてないのを悟と話を進めた。

「んで、叶えてやったんや。彼女のことは何もかもきれいさっぱり。そしたら、その子、彼女のこと忘れちゃったもんやから結局また付き合っちゃったんや。彼女の方はこれに運命感じたのかやばさと束縛さが増したらしくてな。その男の子はうちに頼むのが二回目と覚えてなくてな、また忘れたいって願ったんや。でも驚くことに全然覚えてたんや。そいつが通った苦しみ今度は初回の分もあふれかえってきて二倍の苦痛が脳に焼き付かれたんや。」

「じゃあ二回目、忘れさせた後に優くんに独り言言ってるように思われたら、私、恋愛ルート終了?」

「まぁ好きなように置き換えな。」

説明を終えるとナツメは遥香の家が知りたいと言い出した。ナツメがついてきていることを確認することもなく遥香は家に向かって歩き出した。

「ナツメさんってさ、何歳なの?」

「うちくらいの年になると生まれた時も覚えてないし、自分のはっきりとした年齢も覚えてないよ。」

「ふーん。ざっくりだったら?」

「うーん、千年前後かも?」

「かも?でもそんなに年取ってておばあちゃんみたいな見た目じゃないんだね。」

「白髪のおばあちゃんよりうちのこの姿の方が願いに来る奴が多いやろ?本当を言うといつぞかにうちの見た目は女の子がいいとか言ったんや。

見ての通りもともとは狐でな。」

「耳とかしっぽとかあるけどもともと狐だなんて見ての通りじゃないと思うな。」

二人は話ながら帰ると遥香の家に着いた。

「うちの神社より小さいなぁ。」

「ナツメさんの神社壁も屋根も無いでしょ。」

「木が壁と屋根の役割を担っとるんや。」

玄関に入り、ドアを開ける。すると遥香には聞きなれている優しい母の声が奥から聞こえてきた。

「あら遥香?お帰り。学校どうだった?」

「お母さん今日早かったの?」

母の質問に答えずに遥香は聞いた。

「ええ、今日は早く出れたの…」

いつも二人のために夜遅くまで母は働いてくれている。いくつもの仕事をしている母に遥香は本当に感謝していた。今日は早めに終わったのだろうかと遥香は思ったが、母の口調には少し考えさせられていた。母のためにナツメにお金が欲しいと願うのも一つの手だが、どう手に入るのかわからない以上、あまりナツメの力には頼りたくないと考えていた。

「じゃあ私、部屋で勉強してるね。」

「あら珍しいじゃない。お母さん嬉しいわ。」

そう言って自分の娘に感心を抱いていた母だったが、この際遥香はナツメと話すために自分の部屋にこもろうとしているのだった。自分の部屋まで階段を駆け上がり、ナツメが後から入って来たのを確認すると部屋の扉を閉めた。

「ここがあんたの寝てるところかぁ。」

ナツメは真っ先に遥香のベッドに乗った。

「シーツぐちゃぐちゃにしないでよ。」

遥香がナツメに言うとナツメはベッドから下りた。

「おやつないの?」

ナツメは遥香の部屋を探った。

「無いよ、私の部屋には。お母さんが私の部屋にお菓子置いておくと全部食べちゃって体に悪いからダメだって。」

「じゃああの飴は?」

「学校に帰りにコンビニでお小遣いで買った。」

「それをちょうだいよ。」

「朝全部あげちゃったって言ったでしょ。」

「準備不足やなぁ、あんた。」

二人は後、一緒に遥香の部屋に置いてあるボードゲームなどをしたり、お互いのことを知ったりした。

「妖怪って他にもいるの?」

遥香がナツメに尋ねた。これに関しては遥香はとても興味があった。昔話などで出る妖怪、そして現代で言われる都市伝説など、それらの存在は本当なのだろうか。もしかしたら背後霊なんていうのもいるのかもしれない。遥香の背後霊とナツメは喧嘩するのだろうか、なんて言うような考えが彼女の頭の中を泳いでいた。そう思っていたのにナツメがいる、と答えたことに遥香は少し驚いていた。

「いるよって言われても私は見えなんだけどね。」

「見えるようにしてあげてもええよ。うじゃうじゃいるから見えないほうがいいかもしれんけど。」

「じゃあ遠慮しておきます…でも害はないの?」

ちょっと不安そうに遥香が聞く。ナツメは遥香に話しかけられたし、今となっては姿が見えるし触れられる。ナツメがいると言ったほかの妖怪たちはそんなふうに関われないのだろうか。

「まぁ、ほとんどはなんもできん。」

それを聞いて遥香は少し安心した。

「じゃあほかにナツメさん見たいに願叶えられたりする妖怪とかは?」

「そういった力があるのは人間にかかわるような柄の奴はいないんや。あとはまぁ、大したことできないやつや。消しゴム隠したりとかな。」

「だから私の消しゴムとか鉛筆とかなくなるんだ。」

「でもまぁ遥香の場合は自分でなくしてるだけだと思うんやけどな。」

遥香はナツメの発言に不満そうな顔をした。

「じゃあナツメさんはなんでですか?なんで私たち人間にかまうんですか?」

「だってちょっかい出すの楽しいんやもん。」

「迷惑妖怪ですね。」

「言うやん。」

二人は話し、笑い、遊んだ。遥香にはナツメが妖怪ではなく、ただの女の子、そして何よりも友達と思えた。それから二人は遊び、休日も神社で遊んだり、遥香の家で遊んだりした。

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