#07 商い人
毎日15時から20時の間に投稿予定
メタボ巨人を倒した途端、わたしの脳内に、タイプライタような機械音と共に様々な文章が流れ込んできた。
〈レベル上昇:1 → 2〉
〈スキル獲得:〈魔法入門Ⅰ〉〈緊急回避Ⅰ〉〉
〈魔法レベル上昇:〈風弾Ⅰ〉→〈風弾Ⅱ〉〉
音声アナウンスなどというものはない、極めて機械的で無機質な通知だ。簡潔に必要とされる情報だけを伝えてくる。
「お前も見たか? レベル上昇とかって」
「見たよ。1が2になったって」
ステータス・ウィンドウを確認すると、確かにそれらが繁栄されていた。またレベルアップの恩恵か、先ほどの戦闘でダメージを負った箇所が完全回復している。新規に獲得したスキルも、その効果の説明を見ることができる。
〈緊急回避:敵の攻撃が命中する瞬間、少しだけ刻の流れが遅く感じる。〉
〈魔法入門:魔法与ダメージ補正、消費MP軽減。〉
しかし、なかなか気味の悪いものだな、とわたしは思う。たぶんレベル1から2の間にはなにも無いのだろう。経験値によって1.5とか1.999……とかにはならず、飛び飛びの値しかとらない。まるで機械に生まれ変わった気分だ。機械なら0と1だけですべてを処理している。それ以外の値は無い。
人間は違う、たぶん。人間はアナログな生き物だ。デジタルの、飛び飛びの値では決して個人を表しきれないはずだ。もっともその手の専門家、生物学者などに言わせれば「それは違う、人間はデジタルな生き物だ」と反論をくらうかもしれないし、それなら恐らくそっちの方が正しいのだろう。だが普段生きる上で自分をデジタル的生物と自覚することは無いし、それを突きつけられることも無い。そんなことを気にしなくてよいのだ。
だが、今は違う。自分の経験値とか能力を明確にデジタルの数値として表現されている。これがテストの点数とか英検何級とかのような、人間によって定められた数値なら違和感は無い。が、これは自然現象だ。少なくとも、今はそうとして感じられる。
もしかしたら、今の〈わたし〉は肉体を失っていて、精神だけ電子世界に放り込まれているのかもしれないな。この眼や耳や鼻や口で感じているかのように錯覚していて、与えられた情報もこの頭の中にある脳ミソではなく、どこか別の処理系統で処理され、戻り値を知覚しているのかもしれない。仮の肉体、アヴァターを自分の身体と錯覚して。
――この辺にしておこう。これ以上は気がおかしくなりそうだ。今のは忘れろ。
メタボ巨人が落としたと思われる金貨。それを拾ったその瞬間、わたし達の背後に謎のトビラが出現した。
「なんだ、これ……」
どこからどう見てもそれはトビラだった。壁に隔てられた空間と空間とを繋ぐわけで無く、ただトビラ単体が、そこにポツンと突っ立っている。
「……開けてみるか?」
と、利人がこちらを見て言う。
「開けた途端に爆発するブービートラップだったら?」
「ベトコンが近くに潜んでるかもしれない」
というわけで念には念を入れ、ロープをトビラのドアにくくりつけ、遠くから引っ張って開けることにした(そもそも開くのかも分からないが)。
太く丈夫そうな柱の陰に隠れてドアノブに結びつけたロープをしっかりと持ち、わたし達はせーので思い切り引っ張った。
結果、爆発はしなかった。ただ単にドアが開いただけだった。が、トビラを介して繋がる空間はここと同じバックヤード……ではなかった。
「勘弁してくれよ……とんでも現象はもうお腹いっぱいだ」
トビラの先は冷暗色でライトアップされ、独特な雰囲気を醸していた。カウンターのようなところに一人の人が立っており、こちらを見ている。
「……入るか?」
と、利人。
「いや、ここから話しかけてみよう。――ヘイ、そこのあんた、これはなんだ?」
すると、低くも軽快そうな声で応答が返ってきた。
「WELCOME! ここはオーダーズ・バザール。あなた方のような方々に役立つ物を売っております。危険はありません。どうぞ中に」
そう促され、わたし達は慎重にその空間へ足を踏み入れた。
「――それで、これは一体どうなってんだ。あのトビラは。化け物やオブジェクトとあんたは関係あるのか?」
と、入るや否や利人が質問攻めにする。
カウンターに立つ者はヒジャブのようなもので文字通り全身を覆われており、素性が分からない。唯一目元だけは開いているようだが、しかしこの空間の独特な照明のせいでよく見えなかった。
「まあそう慌てないで。まずは初のレベルアップ、おめでとうございます」
「それはどうも」
「オーダーズ・バザールはレベル2に到達した方のみ入店可能となっております。今あなた方の前に現れたのはそのためです。驚かせてしまったのなら申し訳ございません」
「その……オーダーズ・バザールってのはなんなんだ? 俺たちの役に立つ物を売ってると言っていたが。あんたは何者なんだ。なんでそんなことをしている?」
「オーダーズ・バザールはコンチネンタルーオーダー・グループが運営する施設の一つです。ここでは魔物に対抗するための武器や防具、消耗品などを幅広く販売しています」
「フムン。要は、なんだ、コンビニとか、そんな感じか? 売ってる物はだいぶ違うけど」
と、わたしは率直に思ったことを聞く。
「ええ、その認識で構いません。――わたしはグループよりこの施設を任されています。名前はありませんので好きに読んでいただいて結構です。まあ、ひどく侮辱的な呼び方をした場合は出禁にしますが」
「Ah……OK……」
どうしましょう、この者に質問すればするほど疑問が増えていく。手の平で五大湖の水を全部掬おうとしているようだ。
「あんたのことは分かった。正直まだまだ疑問だらけだがまあいい。――そのなんとかグループは他にどんな施設があるんだ。それらもわたし達に有益ななにかをもたらすのか?」
と、わたしは聞く。
「はい。レベル制限が有りますが、それさえ満たせば利用できます。他にホテルや装具専門店街、銀行、レストラン、バー、カジノなどがあります。これらはあくまで一例ですが、それぞれ規定レベルに達することで解禁されます」
「なるほど。――それらを利用するには何が要る? さすがにタダとはいかないだろう」
「魔物を倒すことで手に入るコインをいただきます。あなた方も先ほど拾いましたでしょう?」
「これか……」
死んだメタボ巨人の脇に散らばっていた金貨。これはグループの施設を使ったり、そこで買い物するための通貨というわけか。
「それと魔物ってのは……いま外で暴れまくってる化け物共のことでいいのか?」
「ええ。あれは魔物と呼ばれる生物です。先ほどあなた方が倒したのはトロールという種の幼体、ピグミートロールです」
「詳しいんだね」
「ええ。我々の世界では魔物は当たり前に存在する生命体ですから」
「ほう。じゃあ今回のこの騒動についても知っているんだな?」
「はい。全貌までは把握していませんが、ある程度なら」
「聞かせてもらおうか。なんでわたし達の世界がこんなことになってしまったのか」
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