#12 赤い狂戦士
「二人とも、ちょっと離れてて。わたしがこじ開ける」
そう言ってイリーナが風車の壁面を艦砲で撃ち抜いた。ドロッと被弾箇所が溶解し、ポッカリと大きな穴が開く。
「入ろう」
遂に風車内部へ侵入。イリーナはその状態だとかさばって入れないので、大型スラスタをパージ――わたし達のと同じ、小型のスラスタを付けた状態になる。
「これが賢者の風車……その中か……」
内部はいくつもの階層に分かれており、各階層に、壁面に沿って円環状の回廊がある。中央には螺旋階段。あちこちに歯車やシャフトが、白い蒸気を昇らせながら回転している。
「奥から何か来る」
と、利人が物陰を指さして言う。
「風車の警戒システムだ!」
人型の、漆黒の装甲に身を包んだマシンが三体、ガシャガシャとやかましい音を立てて、わたし達の前に立ちはだかった。ブルパップ式のコンパクトなサブマシンガンと、刀身の短いルーン・ブレードを装備している。
取ることのできる手段が強行突破しか無いことは、言葉を交わさずとも共有していた。無言でライフルを構え、わたしは先頭の一機に向けて発砲。胸部を貫き、マシンは膝から崩れ落ちた。
しかし、さすがは感情を持たないマシンと言うべきか、残った二機は仲間の被撃破に一切動揺することなく、マシンガンで反撃してきた。
わたしはシールドでガード。弾は実弾。だが、今回持ってきたのは実体弾にも高い防御性能を持っている。貫通されることはそうそう無い。
わたしが二機の射撃を引きつけている間に、利人が跳躍。奴らの頭上からショットライフルの拡散ビームを浴びせ、ダブルキル――殲滅した。
「まだ来る。今度のはデカそうだ」
ズシン、ズシン、と、地響きと共に何やら重たそうなものが近付いてくる。
「カンパニーはこんなものも運用してるのか?」
と、利人。
今度は自動車ほどの大きさの多脚戦車が現れた。六本の脚で昆虫のように這い、胴体上部に重機関銃を乗せた揺動式砲塔を持っている。
咄嗟にわたしは、戦車の死角に入るべく突撃。飛翔し、最大仰角の外に入り込む。
――沈め!
戦車の天蓋にビームが直撃。装甲を溶かし、内部の弾薬に誘爆・爆散した。
これで先に進める――そう思った、そのときだった。中央螺旋階段の上から、コツコツと足音を立てて降りてくる者がいた。その者はわたし達の存在を認識しており、話しかけてきた。その声を、わたしは、以前に聞いたことがあった。
「まさか、あのときの君たちがここまで辿り着くとはな。驚いたよ」
「ジョナサン……ランダー大佐――」
壊滅したダウンタウンの生き残り……米陸軍大佐――ヘッドレス・ナイトの乱入で意図せず別れてしまったが、まさか、こんなところで再会するとは。
「大佐……こんなところで、何をしている!?」
と、利人が大きな声を出して言う。その声色には、単純な疑問以外の要素が多分に含まれているとわたしは思った。
「祖国アメリカを護るための軍事的行動……とは考えなかったのだな。勘が良い」
と、大佐は微笑して返す。
「何者だ、お前は」
「売国奴……いや、売星奴とでも言うべきかな。わたしはカンパニーの側についた。この騒動が始まってからな。聞かれる前に理由も言ってやろう。といっても、理由は単純明快。個人的な興味だよ。魔法や魔物、カンパニーの持つ技術力への、ね。この世界は、私には退屈すぎた」
「ホモ・サピエンス憎しで動いてる奴らが、よくお前の裏切りを受け入れたな」
「受け入れてくれたとは思っていないよ、私は。彼らは、利用できるものを最大限利用しようとしているに過ぎないだろう。だが、それはお互い様だ。私も、彼らに忠誠を誓ったわけではない。さっきも言ったが、私の目的は、あくまで、彼らの持つ技術や魔法だけだ。彼らそのものには興味が無い」
「なら、奴らがお前を利用することを止めたら?」
「その時は、自衛の為に彼らを殺す」
「お前一人でか? そんなことが、できるとでも?」
「ああ、できるさ。それだけの力と情報を、私は既に獲得している」
「なら、それをわたし達にも共有してくれないか?」
「君は、人にものを頼むときに銃口を向けて言うように習ったのか?」
どうやら、話し合いで穏便に手を打つことがかなわないという認識は、奴とわたしとで共有できているようだ。ならば、もう言葉は不要だ。
わたしは無言で、大佐に向けて発砲した。赤色の熱線が、一直線に、彼の足元の階段に穴を開ける。
――素早い野郎だ。
「む、一人足りんな。そうか……向かったのか」
実は、わたしと利人が大佐と会話している間に、イリーナがこっそりと抜け出してコスモス・セルのある場所へと向かっていた。それに大佐も気付いたらしい。独り言をぶつぶつと言いながら、イリーナを追う素振りを見せる。
「行かせるかよ!」
スラスタをふかして上昇。大佐の頭上を占位し、ヘッドショットを狙う。そのまま大佐に向かって突撃。ルーン・ブレードを抜き、斬りかかる。と同時に、大佐の背後から利人も迫る。
「いまここから立ち去るなら、見逃してやるぞ」
大佐もルーン・ブレードを抜き、ルーンで形成された刃が激しく衝突。その衝撃で細かいルーンが火花のように辺りに飛び散る。
「お前こそ、カンパニーの情報を置いて失せろ!」
背後からの利人の突き攻撃を回避するべく、大佐がジャンプ。のけぞるようにして飛び、利人の後ろに着地する。
「君たちは強い。故に、私も手加減はできん。死んでも文句言うなよ」
そう言うと同時に、大佐の身体から真っ赤な蒸気が噴き出した。
「その姿は……」
視界が晴れた。大佐は、既に人ではなくなっていた。真っ赤な筋肉が剥き出しになり、丸見えの血管が生々しく脈打っている。頭部や胸部、肩などは白い骨のような装甲で覆われ、その姿はさながら、中世の騎士のように見える。
――赤い狂戦士……お前だったのか!
「あの日、助けてくれたことには礼を言うよ。でも、それがわたし達の退く理由にはならん!」
大佐と利人の、激しい斬り合いが始まった。ルーン・ブレードと重厚な鋼の刃が何度も、高速でぶつかり合い、そのたびに鈍い音と多量の火花が飛ぶ。わたしは大佐の後ろから、利人に誤射しないよう細心の注意を払いながら援護射撃。大佐を妨害する。
「――ッ! マズい、京!」
利人の剣が大きく弾かれた。その隙に大佐はこちらを向き、右腕をランス状に変化させて高速刺突を繰り出してくる。
わたしは咄嗟にサイドステップで回避。しかし、ライフルが貫かれてしまった。破損したライフルを投げつけてブレードに持ち替え、近接戦闘に切り替える。
ブレードでランスを防ぐ。が、大佐は左手にブレードも持っている。それを駆使し、両手が塞がったわたしの頭に突き刺そうとしてきた、そのとき、利人の射撃が大佐の左手を貫いた。同時にブレードも破壊。これで大佐の得物は、何一つ無くなった。
わたしと利人、大佐の熾烈な近接戦が始まった。大佐は両腕を自由自在に変化させ、わたし達の斬撃を確実に防ぐ。ブレードをランスで受け止め、大剣の重い一撃を、角度を付けたシールドでいなす。
そのときだった。それまで防戦一方だった大佐が、突如として身を低くし、三六○度回し蹴り。突然のその動きに、わたしは反応が遅れて足を掬われてしまった。バランスを崩し、その場に転倒する。
わたしが崩れた隙に、大佐は利人の排除にかかった。大剣で防御する利人に強烈なキックをかまし、侵入時に作った大穴から、彼を外に蹴落としてしまった。
利人の落下を確認した大佐は、ゆっくりとわたしの方に向き直る。
――スラスタを装備している以上、あれで死ぬことはない。が、利人が戻ってくるまで、わたし一人で、やれるのか?
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