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#09 The Revelation

毎日15時から20時の間に投稿予定

 船長室の段ボールを開けた途端、その中におさまっていたすべてのハエが解き放たれた。一匹でもなかなかに不快な羽音が、幾千幾万の軍勢が羽ばたいて轟音と化している。

 

「うわ、最悪……」

 

 わたしは咄嗟に、机の側に(なぜか)二缶置かれていた殺虫スプレーの一缶を手に取り、もう一缶は利人に投げ渡し、ハエの群れに向かって吹きかけた。見たところただの殺虫剤だが、不可知空洞内のハエにも効果は抜群だった。白い霧のブレスが群れに飛びかかり、範囲内のハエを一網打尽にしていった。

 

 二人で手分けして、部屋の天井や壁、床、机の下や物陰など、ハエが潜める有りと有らゆる場所にくまなくスプレーを噴射していく。

 

「これでもういなくなったか……」

 

 スプレー缶が空になったと同時に、部屋を飛び回っていたハエの姿も消えてなくなった。あとにはハエの死骸が床を埋め尽くしていた。

 

「さっさと出よう。――にしても、制御装置はどこにあるんだ……?」

 

 と、利人。

 

 船長室を出、途方に暮れていたそのときだった。何かが船の木の壁を突き破り、猛スピードでわたし達に衝突してきた。あまりにも突然の出来事に、ぶつかられた痛みとか衝撃とかさえ、認知するのに一瞬の刻を要した。急な衝撃に目を瞑り、次に目を開けたとき、わたしは船の外、空中を舞っていた。

 

 繁茂した広大な天井が視界いっぱいに広がる。そこを颯爽と飛び抜ける一つの影。きっとあいつが、わたし達を轢き逃げした犯人だ。

 

 ――ヤバ、落ちる……ッ!

 

 このままでは背中から地面に激突する。わたしは咄嗟に体勢を立て直し、疾風翔を発動して緩やかに着地――臨戦態勢。

 

 正面からわたし達を轢いたハエ型魔物、スウォーム・センチネルが突撃してくる。鋭い口吻を突き出し、刺突の構え。身体を捻って回避し、すれ違いざまにブレードで斬り付けようとした。が、刹那、背後に殺気。

 

 ――一匹だけじゃなかったのか!

 

 振り向いたときには、すでにもう眼前に接近されていた。槍のような口吻が、あと一秒もしないうちにわたしの胴体を貫く――そのときだった。わたしと奴の間に颯爽と利人が割って入り、幅広の刃を盾にして口吻を防いでくれた。そのまま奴の突撃を流し、下部から背中に向かって剣を振り、スウォームを豪快に一刀両断した。

 

「サンクス。助かった」

 

「背中は任せてくれ」

 

 背後の敵は利人が対処してくれる。一人で全方位に気を配るのとこれでは当然だが安心感が段違いだ。集中して目の前の敵に臨むことができる。

 

 正面から来るスウォームの頭部にブレードを突き刺し、同時にそれを取っ手にしてよじ登る。そいつを踏み台にし、さらに高みを飛ぶスウォームに接近する。

 

「なに!?」

 

 あと少しで届く、そのとき、そいつの腹部が割れ、中から小さい――といっても人の頭部くらい大きいが――ハエ群が一斉に飛び出してきた。そいつらはわたしに接近すると発光・爆発。自爆特攻を仕掛けてくる。

 

 初撃をもろに喰らってしまった。ダメージは思ったほど深刻ではないが、何度も喰らえば危ない。爆風で地上に戻されたわたし目掛け、後続が次次と群がってくる。

 

 ――クソ、厄介な。

 

 疾風翔の出力を微調整し、地面をホバー走行のようにスライド。ブレードで斬ったのでは意味がない。後退しつつ、迫り来る自爆ハエ群に向かって突風弾を連射・迎撃する。弾幕をすり抜けた自爆ハエが何匹か着弾したが、いずれもわたしからは距離があり、ダメージは無かった。

 

 ――やってくれたな。

 

 自爆ハエを飛ばしてきたスウォーム目掛けて突風弾を射撃。ライフルより一発の威力は遙かに劣るが、連射力はこちらの方が格段に上だ。上空を飛び回るスウォームの進路に魔弾をばらまき、蜂の巣にする。

 

 見える限り最後の一匹を利人がぶった斬った瞬間、わたし達は湿地帯から一転、コンピュータ群が部屋を埋め尽くすサイバーパンクな部屋に転移した。青白い間接照明と機械のランプで、部屋全体がぼんやりと照らされている。ブーンという重低音が常に鳴り響き、それが時折大きくなったり静かになったりした。

 

「ここは……?」

 

 ここも現象の草の洞穴なのだろうか。草など一本も見当たらないが。

 

「京、あれ。……映ってるの、さっきの不可知空洞じゃないか?」

 

 利人にそう言われ、わたしは部屋をぐるっと取り囲むように配置されたモニタを見上げた。そこには、確かにわたし達が攻略してきた道のりの映像があった。

 

「カメラなんて見当たらなかったが……カムフラージュしてずっと撮られてたのか」

 

 と、利人。

 

「もしかしたら、さっきのがそもそも、ここのコンピュータで作られた仮想現実だったのかもな。どうやってそこに入って、どうやって抜け出せたのかは知らんけど」

 

 まあ、何はともあれ、現象の草の洞穴の攻略には成功したらしい。結界の制御装置も、ここにあるのだろう。

 

「これか?」

 

 別室の中央に、様々なプラグに繋がれた塔状のコンピュータが鎮座していた。頭頂部には液体で満たされたドーム状のガラス管があり、中には脳ミソが浮かんでいる。

 

 わたしはメルキオールの端子を、それに突き刺してみた。その途端、それまでなんの動きもなかったそれの液晶モニタに多数の文字列が流れ、最終的に部屋のすべての電気が消えた。機械の動作音もフェードアウトし、静かな暗闇だけが残された。ただ、液晶モニタに赤字で「動作停止中」を表す文字だけが表示されている。

 

「これでいいみたいだな。帰ろう」

 


 

「――それで、風車の状況は?」

 

 ホテル・グランドアジュールの談話室にて、わたし達はチャールズらと共にブリーフィングをしていた。

 

「結界が消えたことはすでに確認されている。が、魔物の数が減ったわけではない。半径五○キロ以内は見渡す限り魔物の群れだ」

 

 と、チャールズが風車周辺の3Dマップを指さしながら言う。風車を中心に緑線で書かれた円が半径五○キロを示し、その内側を魔物の反応たる赤い点がびっしりと埋め尽くしていた。

 

「こいつは大変だな。テキトーに撃っても何かしらに命中しそうだ」

 

「数は推定六○○○万体。だが、殲滅の必要は無い。突破口を開き、風車内部に侵入できればそれでいい」

 


 

 五○キロのラインの近くまでは大型ヘリで近付き、そこからはアーケイン・スラスタによる飛行で突入する。わたしと利人が突っ込み、イリーナは高高度で索敵と火力支援。そのため装備も三人で異なる。

 

 わたしはバレル下にグレネードランチャーを備えたハイ・ルーン・ライフルをメインに、パンツァーファウストを二発とルーンブレード、ハンドガンで武装。防御装備はAMフィールド・ジェネレータ内蔵シールド。シールド単体とAMフィールド、どちらもさらに堅牢なものになっている。

 

 利人は拡散弾と収束弾を切り替えられるルーン・ショットライフルと、ジャイアント・ルーン・バズ。どちらも大出力の射撃兵装であり、これらで敵の群れを薙ぎ払っていく戦術。サブウェポンとして大型ルーンブレードとハンドガンも持っている。シールドはわたしのと同様。

 

 イリーナはわたしたちよりも大推力の大型アーケイン・スラスタを背負い、エーテル・ジェット付き大型オーブを六基と、艦砲クラスのメガ・ルーン・ランチャー、ハイ・ルーン・ライフルで武装。さらに全周囲索敵用魔式パルスドップラー・レーダー・レドームも付き、彼女の持つスキル〈全方位索敵レーダー〉を補強する。

 

「接近はここまでが限界です」

 

 と、わたし達を運んだヘリの機長が言う。

 

「よくやってくれた。あとはわたし達に任せて離脱しろ」

 

 わたしはヘリのドアを開け放つ。眼下には鮮やかな赤の砂岩で形成された、広大なビュートやメサが広がっている。今はまだ魔物は大して見えないが、しかし、少し進めば一気にその数が増える。


「上領京、出るぞ」

お読みいただきありがとうございます。


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