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#07 侵入者

毎日15時から20時の間に投稿予定

「言っただろ? 今度は俺が守る番だって。さ、先に進もう――」

 

 華蟲を倒して無事華脈を解き、晴れて先へ進もうとした、そのときだった。

 

 ガチャン、と、(つぶて)を投げつけ窓ガラスが割れるような音を辺りに響かせ、そいつはやってきた。

 

「な……なんだ!?」

 

 利人の声が、やけに遠くに聞こえる。わたしと彼の間の空間が割れ、その奥から漆黒の人型がシルエットが現れた。ただの黒じゃない。まったく光を反射していない――ブラックホールのように光さえも吸収しているのか。それはまさに、そいつがいるところにぽっかりと空間に穴が空いたかのようだった。

 

「こいつ……やる気だ――ッ!」

 

 そいつはわたし達の方を見るや否や――正確にはそいつには「目」というものが無いので、見るという表現は的確ではないだろう――、魔法陣を四つ生成。禍々しいオーラを放つ闇のそれから、超高速で回転するドリル状の魔弾を放ってくる。

 

 わたしは反射的にルーン・シールドを構え、展開しようとした。が、シールドは出なかった。いや、展開はした。腕に嵌めたシールド・ジェネレータは確かに稼働している。が、それはただの光の壁であり、盾という機能を成していなかった。

 

 シールドはわたしを守護する盾の役を終え、ただ発光していた。

 

「な――ッ」

 

 敵弾がシールドをすり抜ける。直感的にヤバいと感じ、反射神経が身体を動かしたお陰で左肩を掠めるだけで済んだ。服が裂け血が流れているが、この程度の怪我は魔法ですぐに治せる。

 

「利人、大丈夫か!?」

 

「ああ、なんとか。でも、シールドが役立たずになっちまった。なにがどうなってるんだ」

 

「分からん。とにかく、防御は考えない方が良さそうだ」

 

 敵の攻撃はすべて回避するものとして考える。

 

 ――今度はこっちの番だ。

 

 ライフルを構え、射撃。ピンク色に光る一筋のビームが奴目掛けて飛ぶ。が、奴に届く前に拡散されてしまった。

 

 ――なんだ、今のは。ビームが散らされた? しかし、AMフィールドというわけではなさそうだったが。

 

 直感的に、ビームを防御されたわけではないと分かった。防御とか回避とか、それ以前の問題なのだ。まるでビーム攻撃がキャンセルされたかのような、そんな感じがした。

 

 奴が空間を叩き割り、武器を取り出した。それは奴と同じように光を一切反射しない大槌だった。奴がそれを振り上げた途端、この場の重力が消えた。

 

「なんだ、なにが起きているんだ!」

 

 奴が大槌を地面に思い切り振り下ろす。と同時に、その場から凄まじい衝撃波が発生した。

 

「ッ――!」

 

 反発する磁石のように、わたしは為す術も無く吹っ飛ばされてしまった。途中で重力が元にもどっかのか、徐々に高度を下げ、草むらの地面に激突し、数回バウンドした後に静止した。

 

 幸いなことに骨は折れていない。上体を起こし、辺りを確認する。と、目の前には大槌を振りかぶった奴がいる。

 

 ――マズい!

 

 今度のは重力操作とか、そういった小細工無しの、完全な物理攻撃だ。

 

 急いで起き上がり、わたしはよろけるように後退する。直後、先ほどまでわたしがいた場所に大槌が振り下ろされた。

 

 ――あれは……?

 

 見ると、大槌が振り下ろされた箇所に、ガラスのひび割れのような無数の〈亀裂〉が走っている。その亀裂からは漆黒の虚無が覗いていた。奴が侵入してきたときと同じ空間が、亀裂の向こう側には見えた。

 

 奴がまた大槌を振りかぶる。後退したわたしに向かって容赦なく振るってきた。鋭い風切り音を鳴らし、何度もわたし目掛けて振り回す。そのたびに空間に亀裂が生じ、重力が不規則に変化した。

 

 ――ヤバ、避けられない……ッ!

 

 細かい重力変化に気を取られていたせいで、回避し損なった。目前に奴の振るう大槌が迫る。

 

 全身をこわばらせ、衝撃を覚悟した、そのときだった。わたしに直撃するはずだった大槌が、なにかに弾かれたように横に流れた。

 

「利人!」

 

 利人がショットガンで大槌を撃ち、弾いてくれたのだ。

 

 奴が利人の方を向き、無数の魔法弾を放つ。その隙にわたしはブレードを抜き、奴に突き立てた。が――。

 

「なにッ!?」

 

 奴が手の平で刃を受けた。その瞬間、先ほどのビームのように、刃が初めから存在しなかったかのように、消えて無くなってしまった。

 

 ――まただ。こちらの攻撃が、無かったことにされている。

 

 奴の魔弾を掻い潜った利人が接近し、ヒートアックスを奴に向けて振るう。その光景を見て、わたしはあることに気が付いた。

 

 ――あいつ、なんでヒートアックスを避けたんだ?

 

 そう、奴は純粋に、利人の攻撃を回避した。わたしが攻撃を仕掛けたときには見せなかった動きだ。わたしのときと同じようにするなら、ヒートアックスを消すとかできたはずだ。だが、奴はそれをしなかった。

 

 ――奴が干渉できるのは、魔法だけか!

 

 思えば、わたしを庇って利人が撃ったスラグ弾も、消されることなく大槌を弾いた。あれと今回のヒートアックス、どちらも魔法を介さない、純粋な物理的攻撃だ。

 

 そうと分かれば、希望が見えてくる。わたしはナイフに持ち替え、利人とチャンバラしている奴の背後に接近した。肩をしっかりと掴み、うなじ目掛けてナイフを突き立てる。

 

 その瞬間、奴の容姿が変化した。泥汚れが高圧洗浄機で洗い流されていくように、奴の全身を覆っていた黒いモヤモヤしたものが剥がれて消え、中から一人の男が現れた。

 

 黒衣に身を包んだ白髪の青年。目元はこれまた黒いバイザーで覆われており、確認できない。

 

「あなたは……?」

 

 彼からはもはや敵意を感じない。わたしは恐る恐る、彼に尋ねてみた。

 

 彼は立ち上がると、無言で腕を伸ばし、わたし達の後ろの空間を割った。その向こうには階段が見える。

 

「これは……最深部に続く階段か?」

 

 利人がそう言うと、彼は静かに頷き、また別で空間を割って行ってしまった。

 

「なんだったんだ、あいつ……」

 

 利人が小さく呟く。

 

「さあな。まあ、もう敵意は無いみたいだったし、一件落着ってことでいいだろ。それよりも……」

 

 わたしは彼が繋いだ最深部へのゲートを指さす。

 

「いよいよクライマックスだぞ」

 

「ああ、そうだな」



 

 階段を下りた先には、繁茂した湿地帯が広がっていた。わたしの背丈を優に超える巨大な葦や水生植物が密生し、視界が思うように通らない。まるで、植物の檻に囚われたかのようだ。足元は泥沼か、あるいは腰まですっぽり浸かるほど深い水たまりで、基本的に全面泥濘(ぬかる)んでいて動きにくい。加えて梅雨時のような高湿度がべったりと肌に絡みついてきて不快だ。

 

「最悪な地形だな……」

 

 と、利人がぼやく。

 

「帰ったら一式クリーニングに出そう」

 

 生い茂った植物のせいで光の通りが悪く、薄暗い。水は濁っていて底が見えず、表面には油膜のようなものが浮かんでいたり、巨大な藻の塊が漂っていたりする。

 

「京、あれを見てみろ」

 

 少し盛り上がった丘に上がった利人が向こうを指さして言う。

 

「あれは……船か?」

 

 向こうに、巨大なガレオン船が傾斜して鎮座していた。船体全域に植物や発光するするキノコがまとわり付き、甲板やマストには毒々しい色の蔦や巨大な食虫植物のような花が咲き乱れている。帆は破れてボロボロで、苔むしている。

 

「いかにも幽霊船って見た目だな……」

 

 と、利人が苦笑して言う。

 

「近付いてみるか?」

 

「そうだな」

 

 泥や水を掻き分けて進んでいく。一歩進むたびに衣服に濁った水が浸み、藻がまとわり付き、靴の中を満たしてきて気持ち悪い。

 

「あともう少しか……」

 

 と、わたしはため息交じりに呟いた、そのときだった。

 

 突如として、長く錆び付いた金属がゆっくりと引き裂かれるような、甲高い軋音が辺りの湿り気を裂いて響いた。軋みの奥には、無数の苦悶する魂の慟哭のような、低く唸るような、またあるいは遠くから聞こえる女の悲鳴のような音が重なっているように感じる。

 

 その音を聞いた途端、全身の鳥肌が立ったのが分かった。頭蓋骨の奥に直接振動をぶち込まれたような、吐き気を催すほどの不快感。

 

「敵だ!」

 

 その音が合図だったのか、泥水から、わたし達を囲むようにして骸骨たちが現れた。水と泥で完全に腐食し、ボロボロに裂けた、水が滴る船員服を身につけ、錆びたブロードソードやパイク、マスケットなどを携えている。

 

 こいつらがここのボス、ということはないだろう。であれば、その取り巻きか。何にせよ、戦闘は避けられないようだ。

お読みいただきありがとうございます。


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