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#06 彼岸に誘う花

毎日15時から20時の間に投稿予定

「これは……彼岸花か。不吉なものが咲いてるな」

 

 道ばたにびっしりと真紅の彼岸花が咲いている。このフィールドはもはや洞穴という空気ではなく、秋の田舎道だ。上を見上げれば真っ赤な夕焼けが広がり、道ばたのところどころに崩れた石柱や墓標のようなものが散在している。空気は湿り気が強くて生暖かい。それが、夏の空気がまだ抜けきっていないように感じさせる。

 

「不気味だけど、地元に帰ってきたような雰囲気だ」

 

 と、わたしは呟く。

 

 道は土だが舗装されており、トラクターなどが通った後の(わだち)ができている。

 

「なんか、何かに見られている気がしないか?」

 

 と、利人。

 

「……わたしも、そんな気がしてた」

 

 この不気味な感覚の正体は、恐らく道ばたの彼岸花群だろう。心なしか、すべての花がこちらを向いている気がする。

 

「なあ、京……それ……」

 

 利人が目を大きく開き、引きつるような顔でわたしをジロジロと見てくる。

 

「なんだ? わたしの顔になにか付いてるか?」

 

「いや、腕……大丈夫なのか?」


 そう言われて自分の腕を見てみる。と、すぐに利人が驚愕していた理由が分かった。

 

「え……なに、これ……」

 

 腕に赤線状の模様が血管のように浮かんでいた。彼に言われるまで気付かなかったし、特別具合も悪くはないが、しかし、これは異常事態だ。

 

 わたしは咄嗟に、自分のステータス・ウィンドウを確認した。〈状態異常〉欄に〈華脈〉と書かれている。

 

「魔物の仕業か……!」

 

 どうやらここに棲息する魔物〈華蟲〉の呪いらしい。そいつに視認されている間この呪いが進行し、最終的に自分も華蟲と化してしまう。視線から外れれば進行は止まり、解くには華蟲を殺す必要があるという。

 

「どこにいるんだ、その華蟲って奴は!?」

 

 そうと分かった以上は、早急に見つけて排除せねばならない。わたし達に視界を通せる場所にいるはずだが、如何せん選択肢が多い。

 

「……手分けしてそいつを捜すか?」

 

 と、利人が言う。

 

「いや、駄目だ。リスクが大きい」

 

 ここに他にどんな魔物がいるのか分かっていない。そんな状況で別れたら、各個撃破のリスクがある。それに、そいつらと連携して常に視界を通される可能性もある。

 

「けど、時間が。このままじゃ、君が……」

 

「だからこそだ。背中を任せられる奴がいた方が絶対いい」

 

「……分かった。さっさと見つけて始末しよう」

 

 心なしか、華脈の模様が広がっているように感じる。それに、さっきまでと比べて若干だが身体がだるい。これも華脈の影響か。


「行こう」

 

 いるとしたら、木や墓標の影などだ。それらを足早に見て周り、しらみつぶしに華蟲を捜す。

 

「クソ、敵か!」

 

 林の向こうから魔物の群れが襲来。みなセミやバッタ、トンボ、カブトムシやクワガタのような容姿をしている。

 

「悪いが、時間がないんだ。道を開けてもらうぞ」

 

 戦闘は最小限に。あくまで突破することだけに集中する。

 

 トンボ型魔物が先陣を切って突っ込んでくる。尻尾の先が鋭利になっており、それをこちらに向けて刺突吶喊を繰り出してくる。

 

 ――どけ!

 

 即座にライフルを……いや、こいつらは機動力がある。ならば、魔法〈風針〉だ。風針発射。前方に拡散する風エネルギーのフレシェットを飛ばし、トンボの羽を破壊。機動力を奪って無力化する。

 

 今度はその後ろからバッタ型の魔物。極度に発達した後ろ足で大きく跳躍し、跳び蹴り。わたしはそいつらの腹部目掛けてライフルを撃つ。命中。致命傷を負ったバッタたちは軌道を逸れ、あえなく地面に落ちる。

 

「京、危ない!」

 

 見ると、二時方向から、バッタの影に隠れて巨大なセミが突っ込んできていた。それを利人がヒートアックスで斬り伏せ、地面に叩き付ける。

 

「サンクス。助かった」

 

 虫の群れは抜けた。しかし、だんだんと自分の走る速度が低下していくのが目に見えて分かる。実際の身体の動作が、頭の中での動作に追いつけていないのだ。だんだんとその(ひず)みが大きくなり、なんども転びそうになる。

 

「大丈夫か、京――華脈が、広がってる……!」

 

「そうみたいだな……」

 

 ――畜生、身体が動いてくれねえ……。

 

 息切れもひどい。どんどん体力が奪われていっている。いよいよ残り時間が少ないらしい。

 

「京……君、虫は大丈夫だっけか」

 

「? 大嫌いだけど……」

 

「嫌いを承知で言うけど……君はあそこの虫の死骸で身を隠せ。奴の視界から外れれば呪いの進行は止まるんだろ? 後は俺一人でやる」

 

「けど、それじゃあお前が……」

 

「そんな調子じゃ無理だ。――なに、どうにかする。昔、君が俺を糞餓鬼共から守ってくれたように……今度は俺が君を守る」

 

「よく覚えてたな……。――分かった。頼む。だけど、これだけは約束してくれ」

 

「なんだ?」

 

「絶対に生きて戻ってこい。こんなことで死なせるためにお前を助けたワケじゃねえ」

 

「……言われるまでもない」

 

 昔はあんなに気弱だった奴が、よくもまあここまでたくましくなったものだ、と、わたしは思う。大学に入って再会したときから雰囲気が違うことは気付いていたが、今になって、改めてそれを実感した。

 

 言われた通り虫の残骸に隠れようとした、そのときだった。何か大きなものが猛スピードで飛来し、ノーブレーキで突っ込んできた。

 

「な、なんだ――ッ!?」

 

 動きの鈍っているいまのわたしにそれを避けられるはずがなく、正面衝突してしまった。大きく弾き飛ばされ、地面を何回も転がった末に止まる。

 

「京!」

 

 利人の叫ぶ声が朦朧とする意識をつんざいて聞こえる。

 

 ――あれは……コーカサスオオカブト……?

 

 空を悠々と飛び回る一体の黒い影。エンジン音のような羽音を轟かせ、頭部に立派な三本の角が生えている。あいつがさっき、わたしを吹き飛ばしたのか。向きを変え、わたしの方目掛けて真っ逆さまに急降下してくる。

 

 ――ヤバい、避けなきゃ……ッ!

 

 だが、身体が重くて素早く動けない。

 

「京、君は林の中に逃げろ!」

 

 利人がわたしの前に立ちはだかり、シールドでカブトムシの突撃を受ける。

 

「す、すまん……」

 

 カブトムシの相手を利人に任せ、重たい身体に鞭打って起き上がり、半ば這うようにして林の中に逃げ込む。そのときだった。わたしは、あることに気が付いた。

 

 ――呪いの進行が、止まった……?

 

 先ほどまでの、身体に鉛を詰められたような重たいだるさが幾分か和らいだように感じる。華脈が消えていないので解けた訳ではない。が、華蟲の視界から外れることに成功したようだ。なんということだろう。これが怪我の功名というやつか。

 

 試しに、今いる場所から身を乗り出してみる。と、あのけだるさが一気に襲ってきた。すると、やはりこの位置が安置らしい。

 

「京、すまん、手間取った。調子はどうだ?」

 

「安置を見つけた。どうやらここは奴の視界が通らないらしい。お陰で幾分かマシになった」

 

「マジか? そいつはラッキーだ」

 

 呪いが進まないことはもちろんそうだが、それ以外にも利点がある。選択肢を絞ることができるという点で。ここに視界を通せる場所に奴はいないのだから。

 

「待ってろ。ささっと見つけて始末してきてやる」

 

 それからしばらくして、わたしの肌に浮かんでいた華脈が消えた。利人がやってくれたようだ。

 

「お待たせ、京」

 

 利人が華蟲の残骸を抱え、満面の笑みで戻ってきた。

 

「こいつが華蟲?」

 

 それは頭部が彼岸花の花弁を固めて作ったような球体でできており、中央に真ん丸い一つの眼。人型で、全身から小さい彼岸花が生えており、筋肉や皮膚に見える部分は蔦と花弁の層で構成されているようだ。

 

「呪いは厄介だが、それ以外の……戦闘力は大したことなかった」

 

「まあ、何はともあれ一件落着だな」

 

 華脈に侵されていたときとは打って変わり、いまは元気いっぱいだ。体力がみなぎっている。

 

「迷惑かけたな。すまない……」

 

「言っただろ? 今度は俺が守る番だって。さ、先に進もう――」

 

 と、利人が言いかけた、そのときだった。わたしと彼の間の空間がガラスのように割られ、何者かが〈侵入〉してきた。

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