#04 Gehenna ガーベラ
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現象の草の洞穴も結構奥まで来たように感じる。下層へ通じる階段を下りた先は、それまでの景色と打って変わって芸術的な美しさを誇っていた。
「ずいぶんと雰囲気が変わったな。ここが不可知空洞じゃなかったら、いい観光地になりそうだ」
と、利人が言う。
この層は、辺り一面に美しい真紅のガーベラが咲いている。その様相はまさに天然の花園で、不可知空洞内でなかったら疲れた心を存分に癒やしてくれたことだろう。
「あれはなんだ?」
と、わたしは花園の中に点点としている、ある物体を指して言った。
それは人の背丈ほどの大きさの――蕾のようだ。真っ赤な花弁を閉じ、開花の日を待っているかのよう。
「敵性反応がある。二人とも、下がって」
イリーナの忠告で咄嗟に蕾から距離をとった、そのときだった。辺りの蕾が一斉に開花した。ゆっくりと火の粉を撒いて花弁を開き、中から四足歩行の生物が産まれた。
発火する花の頭と太い茎の胴体・四肢を持った動物。目や耳や鼻や口は無く、しかし確かにわたし達の存在を認識し、こちらに歩み寄ってくる。
「来る。備えて!」
わたし達にもっとも近い一体が飛び出した。飛び上がり、花弁から勢いよく炎のブレスを吹き出してくる。
「熱――!」
ブレスの直撃は避けられたが、同時に発生した熱波が容赦なく襲ってくる。
「落ち着いて。奴のブレスは魔法だわ。AMフィールドで防げる」
こいつら――ガーベラ・ゲヘナ-A――はどうやら炎ブレスの他に大した攻撃方法を持たないようだ。突進からの体当たりも繰り出してくるが、動きが単調で回避は容易。メインウェポンの炎ブレスも簡単に防御できる。暑いのだけ面倒だが、討伐は簡単だった。
遠距離からライフルで狙撃したり、接近されたらブレードで斬り裂いたりしているうちに、最後の一体となった。
「これで最後か」
頭上に飛び上がったガーベラ・ゲヘナ-Aの下部に回り込み、下からブレードを突き刺す。ゲヘナ-A、絶命。これにて場は一段落した。
「最初こそびっくりしたけど、案外あっけなかったな。こいつらに比べたら、アンピュティーの方がずっと手強かった」
と、わたしはゲヘナ-Aの死骸を観察しながら呟く。
「しっかし、ユニークな生き物だな、これ。筋肉の代わりに、繊維状の植物組織が収縮したりして身体を動かしているのか」
わたしの横で利人が死骸の腕を持ち、動かして興味津々に眺めている。
「熱源感知器官が花状頭部の中心にあるみたい。目の代わりにこれでわたし達を補足していたのね」
と、イリーナがメルキオールの分析結果を見て言う。
「ってことは、物陰とかに隠れても無駄ってことか」
「そうなるね。――大きな反応が近付いてくる。気を付けて」
「なんだ、新手か?」
「そうよ。ゲヘナ-Aじゃない。今までのどれよりもデカいわ」
などと話しているうちに、奥へと続く通路から反応の正体が現れた。
「こいつが……」
見た目はガーベラ・ゲヘナ-Aそっくりだが、体格がまるで違う。わたし達三人を背中に乗せても余裕の大きさだ。体躯もゲヘナ-Aからより獣らしくなり、四肢は太く強靱。背中には淡く燃えるガーベラが咲き誇っており、ところどころに吹き出物のようにゲヘナ-Aの蕾がある。
ガーベラ・ゲヘナ――ここ、ガーベラの花園の主というワケらしい。
――先手はいただく!
ライフルを向け、花状頭部の中心に向けて射撃。が、命中直前にAMフィールドを張られた。あえなく散乱されて終わる。
ガーベラ・ゲヘナ、咆哮。どこで鳴らしているのかしらないが、雷鳴のような轟音がフィールド全体に鳴り響く。それから大地を蹴り上げ、前傾姿勢で突進をかましてきた。
「奴が通った後が、燃えてる――ッ」
ゲヘナの通り道が煌煌と燃え盛っている。これのせいでわたし・イリーナと利人が分断されてしまった。
「上!」
イリーナの警告。見ると、ゲヘナの背中から蕾が射出され、炎の尾を引いてこちらに降り注いできていた。
幾つかはライフルで撃墜した。が、撃ち漏らした幾つかが着弾・開花し、ガーベラ・ゲヘナ-Aが産み出される。
――ゲヘナ-Aだけなら問題なかったが、ゲヘナの行動に気を付けながらだと厄介だ。
「京、ゲヘナ-Aは私が引き受ける。あなたはゲヘナを!」
「助かる。頼んだ!」
イリーナがゲヘナ-Aを引きつけてくれているうちに、わたしはゲヘナに接近。炎を挟んで反対側の利人に声をかけ、彼と合わせて二方向からゲヘナを挟み撃ちにする。
ゲヘナが身体から無数の灼熱の蔓を伸ばして攻撃しつつ、走り回って逃げる。その巨体から繰り出される走破力は凄まじく、蔓を避けながらだと一向に差が縮まらない。
「クソ、これならアーケイン・スラスタ持ってくれば良かったな……」
洞穴内は狭いだろうと思って持ってこなかったが、間違いだった。ここは想定より遙かに広く、トップスピードは出せずとも、自在に飛び回れるだけのスペースがある。
――しかし、無い物強請りしていてもどうにもならん。あるものでどうにか接近せねば。
メルキオールの分析によれば、奴の弱点は花状頭部の中央にある青白い熱核だ。だがビームはAMフィールドに弾かれるため、グレネードか利人のショットガンをぶち込まねばならない。それらで有効打を与えるには、ある程度接近する必要があった。
「利人、狙撃に自信はあるか!?」
「無い!」
「ならショットガンを貸せ! わたしが回り込んで撃つ」
利人とメインウェポンを交換し、奴の追跡を彼に任せてわたしは疾風翔を発動。大きく飛び上がり、天井から吊り下がっている蔦をターザンのように伝って上方から回り込む。
――来た! 正面から突っ込んでくる。
蔦を身体に巻き付けて固定・吊り下がり、前から来るガーベラ・ゲヘナの熱核を狙う。弾種、徹甲スラグ。
五連射。大粒の弾丸が立て続けに飛翔し、吸い込まれるようにゲヘナの熱核に命中した。熱核から青い血のような液体が噴き上がってゲヘナがその場に倒れた。
が、この手の魔物ではもはや当たり前となりつつある第二形態への移行が、ガーベラ・ゲヘナにもあった。
「やっぱりタダでは死なんか」
全身から熱気が噴き上がり、空間の温度が一気に上昇したように感じる。弱点の熱核がより剥き出しなり、前脚の爪が伸びた。理性を失ったようで、地面や壁を滅茶苦茶に走り回りだした。
「奴から離れろ。タックルされたらひとたまりもないぞ」
奴の通った後がまた煌煌と燃え盛り、足場が無くなっていく。さらに厄介なことに、燃えている箇所から無数のガーベラ・ゲヘナ-Aが湧き出てくるのだ。それらが群れを成し、燃える花の隊列となってわたし達に襲いかかってくる。
「京、俺がAの相手をするから、奴を頼む」
「了解」
ゲヘナ-Aの隊列に向かって利人が突撃し、ヒートアックスを振るっていく。
――頼んだぞ、利人。
ガーベラ・ゲヘナはスピードこそ速いが、熱核は剥き出しでAMフィールドも展開していない。ビームを当てられさえすれば、奴を沈められる。
――当てられるのか、あんなすばしっこい奴に?
静響のペンデュラム起動、狙撃に最大限の集中を。さらにスキル〈高速演算処理〉発動。追想のエンコードリングによる分析と併せて射撃時の偏差を計算。
――見えた、そこ!
命中した。ビームが熱核を貫いた。ゲヘナの脚がもつれ、惰性で吹っ飛び、壁に激突して沈黙。それ以来、奴が再起動することは無かった。奴の死と同時にゲヘナ-Aもすべて消滅。わたし達は勝利した。
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