#11 廃墟に掃き溜められた記憶群
毎日15時から20時の間に投稿予定
バークレー校のデータ基盤棟は、データセンターや学術アーカイブ、情報処理中枢を含む建物だった。が、今やそこは空間的にねじれ、階層的な構造が折りたたまれた、巨大な三次元迷路のような形態に変化していた。外壁はねじ曲がった光のリボンと化し、廊下は天へと螺旋を描いて昇るかと思えば次の瞬間には自分の足元へと落ちている。真上には講堂が逆さまに吊られており、壁の中には学生達が和気藹々としている光景が脈打っていた。
「エッシャーの絵画に入り込んだみたいだ……」
と、わたしはその光景を見、ふと呟いた。
床や壁はところどころが半透明なポリゴン構造体になっていたり、重力が無かったり弱くなっていたり、ホログラムの学生と教師が授業をしていたりと、わたしがディヴィアントと戦った場所以上に無秩序な空間だった。
「これは?」
利人が宙に浮かぶ淡い色の球体を発見し、指さして言う。
「〈記憶の結晶〉というらしい。触ると過去の記憶を見ることができる……だってよ」
スキル〈情報分析専門家〉の解析結果曰く。
「へえ」
「英語喋ってみろよ、デビル!」
餓鬼が俺を囲む。昔の、忌々しい笑い声。息を呑んだ。小さかった頃の俺は何も言い返せない。
「おい、散れ散れ。何やってんだ!」
これも聞き覚えのある声。ひとりの少女がずかずかと群がる餓鬼共を割って入ってきて言った。後ろで一つに結った黒髪、吊り上がった目元、真っ直ぐと透き通るような声……。
「弱い奴は群れないとなにもできないらしいぜ。お前らみたいにな」
彼女の強気な姿勢に、餓鬼共が負け惜しみを言って自分の席に帰る。誰よりも小柄な彼女の背中が、俺には何よりも大きく見えた。
――懐かしいな。
「おい、戻ってこい、敵だ!」
また彼女の声が響く。いや、違うな。これは……今のあいつの声だ。
「おい、利人! 戻ってこい、敵だ!」
敵の巨大な大剣があと少しで利人に当たりそうなのを、彼の腕を思い切り引っ張って無理矢理避ける。
「京、これは……。すまん、もう大丈夫だ。アイツは……ヴォッゴ!? なんでここに――」
「知るか! 出てきたんだからどうしようもないだろ――」
「たぶん記憶喰らいの仕業だわ。あなた達の記憶から再現した擬似存在よ」
「よく分かんねえけど、倒せばいいんだろ? 倒すぞ」
そう言って利人は背中の大剣を抜き、空中の残骸を蹴って奴に接近していった。
「イリーナ、奴は倒すと背中の棺から手が伸びてきて第二形態になる。その前に棺を壊したい。援護頼むよ」
「分かったわ」
――奴の剣撃は利人が囮となってこちらに向かないようにしてくれている。ならば……。
ヴォッゴの間接部の防御が弱いことは以前の戦闘で知っている。わたしは静響のペンデュラムを起動。集中してライフルを構え、奴の関節を狙い撃つ。
命中。右膝を破壊。続いて左膝、右肘、左肘とぶっ壊していく。
「これでもうろくに動けまい」
これであとは棺を破壊し、その後にトドメを刺すだけだ。ライフルとイリーナの魔法攻撃で棺に総攻撃をかける。が、それらは棺が生成したAMフィールドに阻まれてしまった。
「ならば……!」
道中で拾った単発式のグレネードランチャー――わたしはそれを構え、棺に照準を合わせる。
グレネード弾の爆発が棺に直撃した。棺に大きな亀裂が入ったのが見える。
「利人、頼んだ!」
わたしの合図で利人が吶喊、棺に大剣を突き立てた。棺のヒビがどんどん全体に拡大。遂に棺は粉々になって崩壊した。
「これで終わりだ」
棺を喪失したヴォッゴの背中にライフルの銃口を突きつけ、ゼロ距離射撃。ビームが胸を貫き、嘆きの将ヴォッゴ〈モネイア〉は消滅した。
これで一段落――そう思ったそのときだった。わたし達の立つ床を何本もの黄色いビームが貫き、破壊した。床が崩れ、重力が無くなり、わたし達は唐突に無重力空間に放り投げられた。
「なんだ!?」
崩れた床の残骸を押しのけ、何やらおぞましいものが這い上がってきた。
「なに……こいつ……」
そいつは全身を白金色の羽毛に覆われ、背中から三対の、無秩序に瞬きする〈目〉が無数に並んだ翼が生えていた。足元は煙のように曖昧で不定形。いわゆる顔というものが無く、胴体の中央に一際大きい、閉じた瞳が一つある。
悪魔――その姿を見たとき、真っ先にこの単語が浮かんだ。羽毛が放つ金属光沢が揺らめき、両親や恩師、友人、大嫌いな人、自分でも忘れていた誰かの像が知覚される。こいつを見ていると、心の深い場所を引き裂かれるような痛みが身体中を走る。
「コイツがレミエル……なのか……?」
利人が声を押し出すように呟く。
「たぶん……。私も初めて見た……」
記憶を喰らい、捏ね回して再生成する存在。これも魔物なのか? それとも、この可視異域の異常性なのだろうか。
「来る!」
耳鳴りのような甲高い音――これがレミエルの声?――が鳴り響き、中央を除くレミエルの全身の目がかっ開いた。無数の目の前に魔法陣が浮かび、黄金色のビームが全方位を襲った。
「距離をとれ! 近いと隙間が無いぞ!」
AMフィールド、シールド――持てる防御手段の全てを駆使しつつ、レミエルから全速力で離れる。
「止まった……?」
ビーム攻撃が止んだ。どうやら今回は凌げたらしい。
「見ろ。目が……」
と、利人が指さして言う。
胴体中央の目が、開こうとしていた。眠りから覚めるように、ゆっくりと、しかし着実に開眼していく。
「みんな、注意して――」
イリーナが叫んだ、そのときだった。周囲の景色が一転、わたしのよく見慣れた風景に変わった。
「ここは……わたしの高校じゃないか!」
そうだ。ここはわたしの母校……その校庭。全校生徒が並んでおり、わたしもその一人だ。高校の制服を着、朝礼台で校長が何かを話している。辺りを見渡すと、利人とイリーナも同じようにここの制服を着て整列し、戸惑っていた。
――奴はどこだ!?
そう思ったとき、大きな影がわたし達を覆った。
「上か!」
見上げると、レミエルがこちらに急降下してきている。それからビームの地上掃射。校庭に並んだ生徒や教師を薙ぎ払った。周囲の人間たちが骨の無いぬいぐるみのようにしなりながら宙を舞う。こいつらはただのカカシらしい。
わたしも負けじと応戦。それまで手ぶらだったが、ライフルで応射する意志を持つとライフルが出現。それを構え、直上を撃つ。
目を一つ潰した。だが、目は他にも無数にある。倒すにはもっと致命的な攻撃が必要だ。
――どこか弱点そうな部位はないか……あれは?!
見ると、胴体の目がずっと開いたままだ。もしかしたら、このように空間を弄っている間は開けていないといけないのか? そういえば閉じていたとき、あそこだけまぶたが分厚く、重厚そうだった。もしや、あの目が弱点なのかもしれない。
――やってみるか。
「利人、イリーナ、援護してくれ。突っ込む」
もしかしたら魔法攻撃はAMフィールドなどで阻まれるかもしれない。そのときはグレネードを命中させる必要があるが、ビームと違って近付かないと空中目標は難しい。
「やっぱり守られてるか」
胴体をライフルで狙い撃ったが、案の定AMフィールドに阻まれた。だが、予想していたことだ。これで驚きはしない。
疾風翔、最大出力。ビームの隙間をトップスピードで飛び抜ける。利人とイリーナが着実に目玉の数を減らしてくれているお陰で、最初より確かに掻い潜りやすい。
とうとうわたしはレミエルの胴体に接近した。ランチャーを構え、中央の目玉目掛けて撃つ。
「墜ちろ!」
グレネード直撃。と同時に、わたし達は元の空間に戻ってきた。
「奴は……死んだのか?」
と、利人が険しい顔をして言う。
「たぶん死んでは無いと思う。逃げたのかも」
いまこの空間にレミエルの姿はどこにもない。先に進むなら今のうちだろう。
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