#10 肺いっぱいの量子
毎日15時から20時の間に投稿予定
量子崩壊個体を撃破し、わたし達は可視異域と化した摩訶不思議なバークレー校を進んだ。ここの様相は改めてみても非常に多種多様で、螺旋状に歪んだ道路や蜘蛛の巣状の樹木、壁から半分だけ生えた自動車などなど、この景色に飽きることはないだろう。
「しっかし、いったいなんでこんなことになったんだ?」
と、歩きながら利人がイリーナに聞く。
「さあ。私にもハッキリしたことは言えない。けど、ある程度の予測は立ってる。まず、風車が原因なのはほぼ確実でしょうね。それとここで研究されてたことが混ざり合ってこうなった……とか。特に私の量子関係の研究は規模が大きかったから、それが主に影響されたのかしら。――こんな状況だから悠長に調査していられないし、確証はないけどね」
「フムン。――君の研究室……地下第三層にあるって言ったっけ。あそこに地下室なんてあったのか? 前に文化祭を見に行ったけど、それっぽいのは見当たらなかった」
「当然よ、あれは極秘事項だったから。それに、一応は量子物理学に関する研究となっているけど、実際にはそれだけじゃない」
「ほう?」
「|特異領域観測プログラム《SRO》――異世界や高次元存在などの異領域にアクセスしようとする極秘プロジェクト。冷戦時代、ニクソン政権の下バークレー校の地下が改築されて、そこで極秘の研究が始まったわ」
「ああ……クスリやってる?」
「やってない。至って正常」
「そっちの方が怖い」
「まあ、別に今信じなくてもいいわ。どうせこの後見にいくんだから――敵よ!」
イリーナの一声で一転、わたし達は瞬時に戦闘態勢に移行した。
敵は前方。人型だが、泥酔したときに見る人間のように、同じ姿が複数ブレたように見える。そして右腕が異常発達している。
「なんだあの腕……ウィリアム・バーキンか?」
と、わたしは思わず呟く。
「偏移した人間の残滓――ディヴィアントよ。量子崩壊個体ほどトリッキーなことはしてこないけど、気を付けて」
「あいよ」
先手は渡さない、こちらから仕掛けさせてもらう――そう思い、わたしはライフルでこちらに向かってくるディヴィアントを撃った。が、命中すると思った瞬間、奴は忽然とその場から消えてしまった。
「チッ……またかよ」
――奴はどこだ……後ろ!?
奴は一瞬にしてわたしの背後をとっていた。肥大化した腕をわたし目掛けて振り下ろしている。
わたしは反射的にそれをシールドでガード。直撃は避けられたが、衝撃までは殺しきれず、ゴルフボールのように軽々と吹っ飛ばされてしまった。あまりの衝撃にシールドを構えていた左腕が痺れる。
「いってて……なんだ、ここ」
吹っ飛ばされたわたしはそのまま建物の窓を突き破って侵入してしまった。が、その先が問題だった。
「身体が……浮いてる!?」
そう、この空間、重力がないのだ。窓を破り、壁に衝突したら普通はそのままストンと地面に落ちるだろう。しかし、いまは違う。壁でバウンドし、落ちることなく中空を漂っている。
「クソ……なんでもアリだな、ここは」
外を見ると、奴は今あの二人と戦っている。はやくわたしも戻って加勢せねば――そう思って足早に外に出ようとした、そのときだった。講堂の方から何者かの気配をわたしは感じ取った。こちらを見ている。
――敵か?
もし敵なら、戻るときに背中を狙われる。そう判断し、わたしは壁を伝って講堂を偵察した。と、そこには別のディヴィアントが一体、宙を泳いでいた。
――なんだ、コイツ。これも元は人間だったのか……?
そいつも一応は人型だが、脳が巨大化して頭から大きくはみ出しており、逆に首から下は異常に退化して干物のようになっている。また奴は半透明なテッセラクトのようなオブジェクトに包まれており、その周囲には正八角形状のよく光を反射するパネルが六枚、衛星のように周回している。生物なのだろうが、どこか無機質な……生物と物体が融合したような、なんとも言いがたい存在が、そこにはいた。
「お前も敵となるか!」
そいつはわたしを視認するや否や、真っ直ぐこちらに突進してきた。
わたしは疾風翔を調整してそいつの正面から逃れつつ、テッセラクト中央の脳ミソを狙って撃とうとする。が、六枚のパネルが自在に飛翔し、わたしに体当たりしてきた。
物理的な存在であるパネルはAMフィールドでは防げない。わたしは咄嗟にライフルを投げ捨て、ブレードに持ち替えた。シールドとブレードでパネルを防ぎつつ疾風翔をふかして機動し、投げたライフルの方に向かう。
パネルを振り切ってライフルをキャッチ。即座にエイムして脳ミソを撃つ。が――
「AMフィールドか……厄介な」
あのテッセラクトは強力なAMフィールドになっているらしい。まるでライフルが通る気がしない。
――あれではライフルはおろかブレードも魔法も通らん。なにか使える物はないか?
辺りには壁の破片などが細々と漂っている。それをうまいこと投げて脳ミソにぶっ刺すことができれば……。
そう考え、さっそくパネルを避けながら一つの残骸を拾い、ブレードで鋭利に加工(ライフルは左手に持ち替えた)。全身を使って勢いよく、こちらに向かってくる奴に投げつけた。
コースは良かった。が、届く前にパネルの一枚が本体を守るように前に出た。そして、正八角形だったのが立体のパラボラ状に変化。なんと、拡散ビームを放って投げた残骸を焼き払ってしまった。
――危ない!
拡散ビームは投げた残骸に留まらず、辺り一帯を無差別に焼き払っていった。さらに残りのパネルも皆パラボラ状に変化し、わたし目掛けてビームを撃ってくる。
ビームとビームの隙間を縫って避け、避けられそうにないものはシールドやAMフィールドで防ぐ。
――あっちはどうなっているんだ。どうやってコイツを倒せばいい?
と、そのとき、わたしはあることに気が付いた。パネルがビーム攻撃をしている間、本体を覆うテッセラクトの色が通常よりかなり薄くなっているのだ。
「まさか……パネルの攻撃中は下がってるのか、出力が?」
もしそうなら、これはチャンスだ。即座にわたしはブレードを構え、ビームの隙間を縫って本体に突撃。テッセラクトにブレードを突き立てる。
――やっぱり、弱いな。それに、これではわたしに向かってビームも撃てまい。
疾風翔、出力最大。相手もパネルを元に戻して体当たり攻撃にシフトしたようだが、一歩遅かった。わたしは出力の低下したAMフィールドを強引に突破した。
「墜ちろ」
フィールドを突き破った勢いのまま、ブレードを脳ミソに突き立てる。その瞬間そいつは断末魔をあげ、脳ミソがみるみる茹でダコのように赤く染まり膨張していった。
脳ミソ、爆発。辺りに肉片や血をまき散らし、そいつは息絶えた。
「はやくあっちに戻らないと」
建物から出た途端、急に身体が重く感じた。短い時間ではあったが、どうやら身体が無重力の方に慣れてしまったらしい。重力というのは不便なものだ、と、わたしは一瞬だけ思った。
「あ、終わったんか……」
どうやらわたしが加勢するまでもなかったらしい。利人とイリーナの二人でデヴィアントを倒していた。
「すまん、そっちに加勢できなかった。大丈夫だったか?」
と、利人が心配そうな顔で言う。
「ああ。なんか無重力になってて使徒みたいな奴と戦ったけど、案外どうにかなった。そっちは?」
「こっちも二人でなんとか倒せた」
などと三人で話していたとき、背後でドーンとドデカい音と地響きがした。何事かと思って後ろを振り返ると、先ほどまでわたしがいた建物が崩壊し、瓦礫の山と化していた。
「あそこから地下室に行くのが近かったんだけど……あれじゃ無理ね」
と、イリーナがため息交じりに言葉をこぼす。
「マジか。他にはどっから行けるんだ?」
と、わたし。
「ちょっと遠くなるけど、データ基盤棟からも行けるわ。そこを目指しましょう」
「了解」
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