#07 嘆きの将(リベンジ-2)
毎日15時から20時の間に投稿予定
目を潰されたなら相手の目を潰し、歯を折られたなら相手の歯を折る――誰の格言だったか忘れたが、今がそのときだ。
「準備はいいか、利人?」
「……YEAH」
昨日の対幻貪獣戦で新装備の調整は完璧に終えた。三日前の借りを返すための道具を引っ提げ、不可知空洞〈屍賛の地下霊廟〉のトビラを、わたしは力強く開け放った。
利人が突っ込み、いくつもの〈さっきまで魔物だったもの〉が宙を舞う。彼の大剣の威力は凄まじく、その餌食になった憐れな奴らを見ると、両断されたというよりはむしろ大口径――六インチ程度の――榴弾で吹き飛ばされたかのように見える。運良くその結末を回避することができた奴は、わたしが精密射撃で〈祝福〉してやる。これを繰り返していった結果、わたし達はいま、最奥――第四階層へ下りる階段の前に到着した。後ろを振り返ると無数の肉塊が転がっている。
「とうとうここまで戻ってきたか……」
「思ったよりすんなり進めたな」
と、利人が剣に付着した血を振り払いながら言う。
「行くぞ」
自分の武器をしっかりと握りしめ、わたし達は最奥へと下る階段を下りた。
不可知空洞の核の前に立ちはだかるは、嘆きの将ヴォッゴ。レベルは17。三日前からわたし達のレベルがさらに上昇して14となった今、その差は3まで縮まった。が、だからといって安心はできない。縮まったとはいえ依然レベルは向こうの方が上だし、何より、前回は奴と交戦するまでもなく周囲の取り巻きの、数の暴力によって退かざるを得なかったのだから。
ヴォッゴの外見は、巨大な黒鉄の甲冑に身を包んだ無頭の騎士だ。鎧の首元からは絶えず黒煙が立ち昇り、耳を澄ますと呻き声が漏れ聞こえる。背中には黒光りする西洋風の棺を背負い、右手には歪な形状の刃を持つ大剣〈苦諾の剣〉、左手には重厚な大盾〈誓いの残響〉を携えている。
――姿を見るだけでも怖じ気づいてしまいそうだ……このプレッシャーは。
わたしはライフルのスコープを覗き、取り巻きの一体に狙いを定める。
――まずは一つ。
命中。放たれたビームが取り巻きの胸を貫いた。被弾した取り巻きは一撃で撃沈。と同時に空間中に咆哮が轟き、残りの取り巻き達が一斉にこちらを向く。
「来る!」
取り巻き達がいきり立つ津波のように押し寄せてくる。スキルで確認したところ、先ほどの咆哮には取り巻き達の能力を強化する効果があったようだ。発声者はヴォッゴ。無い口の代わりに(どういう原理か知らないが)黒煙が声を上げた。おそらくは前回も、こうやって取り巻き達が強化されていたのだろう。だが……。
――前回の手が今回も通じるとは限らないということを、教えてやる!
利人が背中の剣を抜き、押し寄せる群れの戦闘に向かって横に剣を振った。その刹那、先ほどまで威勢良く突っ込んできた奴らが複数体同時に真っ二つになり、その場に落ちて沈黙した。
わたしも負けじとライフルで取り巻きを狙い撃つ。前方から突っ込んでくるのは利人がぶった斬るので、わたしはそれを避けて横や後ろに回り込もうとしている奴らを優先的に排除する。
ソムリエが仕立てたARの威力は素晴らしく、取り巻き達を一撃で屠るのに十分だった。一発撃つ度に、確実に一体ずつ数を減らしていく。それに……。
――近距離戦ができないと思ったら大間違いだ。
七時の方向からわたしに迫る奴が一体。懐に飛び込み、剣で斬りかかろうとしてきた。だが、わたしにも自分の剣、ルーンブレードがある。咄嗟に左手にそれを持ち、魔力の刃を発振。奴の剣を受け止める。そのまま剣を持つ腕を焼いて削り、怯んだ隙に胴体を一刀両断してやった。
体感三分ほどで取り巻きは殲滅した。残るは核の前でどっしりと構えるヴォッゴただ一体。
それまでずっと座して戦闘の様子を眺めていたヴォッゴがぬっと立ち上がった。剣を持ち直し、剣先を天井に向ける。
「何をする気だ……?」
と利人が呟いた途端、取り巻き達との戦闘が始まった時と同じように奴が咆哮を上げた。が、今回は誰かを強化したわけではない。
「これは――ッ!」
なんということだろう。ヴォッゴが叫んだ途端、ここの空間が一変した。ここを一つの閉鎖された空間たらしめていた壁や天井は消え、真紅に染まった地平線と曇天の空が現れた。床も重厚な石畳から粗い土の地面に変わり、ところどころに古びた剣や槍、枯れ木などが点点としている。
見ると、ヴォッゴの首から昇る煙も黒から血のような赤に変わっていた。
わたしは速攻をかけるべく奴の胴体に向けてライフルを撃った。が、奴はすぐさま巨大な盾で全身を防御。盾から展開されたAMフィールドによってビームは散らされ、無効化された。
「下がれ!」
利人が叫んで言った。
その直後、ヴォッゴが力強く踏み込み、大剣を無茶苦茶に振り回しながら突っ込んできた。苦諾の剣は奴の身長より大きく、また刃も分厚く、幅が広い。重量は相当だろう。にも関わらず、奴はそれを短剣を振るうがごとく片手で軽々と扱っている。
――このゴリラ騎士め。
この剣を受けてはならないということは、剣が空を切る音で本能的に分かる。シールドで斬られることは防げても、勢いを殺しきれず遙か彼方に吹き飛ばされるかシールドごとカチ割られるのがオチだ。剣が振り下ろされたところから発生する衝撃波もその結末を断言している。
さらに厄介なことに、奴の剣が振るわれる度にどこからともなく苦渋に満ちた恨み言や悔恨の声が聞こえてくる。これがこちらの集中力を半ば強制的に散らしてくるのだ。
「京、これを使え!」
敵の攻撃を避けながら、利人が自分のショットガンを投げて渡してきた。
「スラグ弾が詰まってる。俺が気を引くからそれで狙い撃ってくれ」
「分かった」
ヴォッゴをよく観察すると、全身が分厚い甲冑に覆われていて堅牢な印象だが、しかし肘や膝の裏側、鎧と鎧の隙間など、小さいが防御されていない(もしくは防御が弱い)箇所が幾つかあるのが分かる。
どうにかそこをスラグ弾で撃ち抜くことができれば、ダメージを与えることができるだろう。だが非常に小さい的だ。利人が前線に出て奴の気を引いてくれているおかげでわたしが狙われるリスクは低い。
――しかし、わたしに当てられるか……? いやいや上領京、何のためにわたし達は一昨日、有り金のほとんどをはたいて装備を新調したんだ。
静響のペンデュラム起動。わたしの集中を妨げる一切のノイズを排除する。奴の剣から発せられる恨み節の数数も、このアイテムの威力の前には無力だった。感覚がクリーンになり、いまここに在るのはわたしと、わたしの狙い撃つべき標的のみ。照準を的に合わせ、引き金を引くことだけを考える。
ヴォッゴの右脚が崩れた。膝裏の非装甲部位にスラグ弾が三発食い込み、肉体を破壊し尽くした。わたしのことが完全に意識の外だったのか、奴は一切の対応をすることができなかった。奴が体勢を崩した隙に、今度は左脚を狙う。命中。両脚を破壊され、ヴォッゴは機動力を失った。
「サンクス、京!」
両膝を地面についたヴォッゴに向かって利人が突撃。奴も迎え撃とうと剣を振るうが、明らかに先ほどまでと比べてキレがない。当然だろう。剣でも野球のバットでも、ただ腕力だけで振るったのでは満足な結果は得られない。全身を使って振るわねばならないのだ。
しかし、両脚の自由を失った奴にそれは不可能だ。鈍った剣撃をひらりと避け、利人が宙を舞う。それから大剣を構え、奴の黒煙のあふれ出す首元に垂直に突き立てた。
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