#03 Greyhold Gear
毎日15時から20時の間に投稿予定
防具工房〈グレイホールド・ギア〉は、外観は工業館の強い重厚な金属製の建物である。各所で歯車が回転し、ボイラーのようなものが設置され、それらを幾重にも張り巡らされたパイプが繋いでいる。ところどころからときどき白い蒸気がプシューと音を立てて漏れ出すその景色は、まるでスチームパンクの世界に入り込んだように思わせる。
出入り口は自動ドア。こちらも白い蒸気を若干立ち上らせ、滑らかに開いた。
「ようこそ、防具工房”グレイホールド・ギア”へ。機構装甲師のドニーです。本日はどのようなご用件で?」
ドアを開けると奥のテーブルの側にここの店主、ドニーが立っていた。セシルと同様に黒のスーツに身を包み、髪は黒で短髪、ティアドロップ型のサングラスをかけたその顔は、アジア人寄りの顔つきと相まって香港マフィアにいてもおかしくない、と、わたしは思った。もっとも彼の言動はマフィアのそれとは正反対であるが。
ドニーに招かれてわたし達は店の奥へと足を踏み入れる。店内は工房とショールームを兼ねたような造り。中世の騎士を彷彿とさせる鎧から日本式の武士の甲冑、最新式の防弾チョッキまでが防具立てに並べられ、ショーケースには、外見だけではどんな代物か検討が付かないアイテムがディスプレイされている。その様は無骨だが、しかしどこか美術館のような静謐さと整然さがある。
「防具を見たいんだが」
「私に用意できない防具はありません。きっと気に入るものが見つかりましょう」
「頼もしいな」
「防具を見る前に、お二方の体型・ステータス・戦闘傾向を調べさせてください」
「構わないが……戦闘傾向なんて分かるのか?」
「〈ログ〉が残っておりますので、問題ありません」
「ログ?」
「魔力を持つ全ての者は体内に固有の〈魔力情報体〉を持っていまして、これは常に本人と連動して変化・成長します。これを|マジカル・インテリジェンス《MI》を内蔵したマギア・アナリティカという解析システムで解析、蓄積された戦闘ログから戦闘スタイルや応戦パターン、損傷の傾向などを分析することができます」
また新しい単語が出てきたか。ある程度はこの〈仕様〉を理解し、慣れてきたつもりだったが、どうやらまだまだ知らないことの方が多いらしい。というか、一体人間の身体はどこまで改造されているんだ?
――まあ、今は、なんか便利なのがあるとだけ思っておけばいいか。実際、自分の戦闘傾向を知ることができれば、自分とアンマッチな装備を選び、その性能を十分に発揮できずにやられるという可能性を低減できるだろう。ゲームだったらコンティニューを繰り返し、トライアルアンドエラーで自分(もしくは使用キャラ)に見合った装備を探していけるだろうが、これは現実だ。コンティニューは無い。
「なんか凄そうだな。まあ、頼んだ」
「かしこまりました」
それからはマギーによるわたし達の詳細な分析が始まった。
体型の分析は、何かファンタジーチックな機械が出てくるかと思っていたが、実際にはジムなどに置いてある、乗るだけで体脂肪率や骨密度などまで計ることのできる体重計が出てきた。それに乗って、コンピュータが結果を弾き出し、印字された紙を取得して終了。
ステータス分析も、ステータス・ウィンドウを共有してわたし達のやることは終わった。
残った戦闘傾向の分析だけが少々厄介だった。というのも、コンピュータが個人の魔力情報体にアクセスするには個人の認証が必要であり、その手順が面倒だった。
まずは一昨日バザールでタリスマンを貰った際、同時にそれに刻まれていたらしい個人魔力IDと初期パスワードをコンピュータに入力。その後に自分で決めたパスワードに変更して再度入力。
その上で生体魔力認証を実施。これは今までの指紋認証や顔認証にあたるもので、魔力脈動や精神は同、魔力流形などを読み取り、照合する。わたし達はまだ未登録だったため、登録してから認証してクリア。
それが済んだらさらにコンピュータによって指定された魔術式を自分で発動し、端末に魔力反応を伝える。これによってコンピュータが入力された反応と、先ほど登録したものと照合して本人確認を行うそうだ。
この三重認証を突破して初めてコンピュータが解析用擬似魔力場を展開、魔力情報体に対する操作が可能になる。またコンピュータの液晶画面には以下のような情報が表示されていた。
<Mana Access Terminal>
User MID: Kei Kamiryo.057@ordo.magis
Enter PW: **********
Verify BioMana: Stable Mana Sig. Confirmed
-> Welcome, Kamiryo.
かなり面倒くさい手順だとは思う。が、このような情報は重要性が高く、容易に他者に公開されるべきでは無いのは理解している。これくらいのアクセス制御はあって当然だろう。
しかし、そうはいっても面倒くさいものは面倒くさい。
「――それで、結果はどうなんだ?」
と、利人がマギーに聞く。
マギア・アナリティカによる解析は一分程度で終了し、あとはその結果を纏め、紙に印字すれば完了だ。それを読み解くのは人の仕事になる。
「そうですね……。お二方とも、戦闘センスは優れているようですね。ただ、まだまだ経験は浅い。特に横や背後への警戒が足りていませんね」
「耳が痛いことを率直に言ってくれるな」
しかし重要ではあるので耳を傾けるしかないのだが。
「お二方とも……フムン、どちらかと言えば機動戦が得意なようですね。すると、防具はあまり機動力を損なわないものがいいでしょう」
「それは俺も実感したよ。昨日買った甲冑は動きづらかった。あれでも一番軽量なものらしいんだがね」
「逆にわたしのAMフィールド・ジェネレータは使いやすかったよ。魔力こそ使うが」
そういうわけで、わたし達の防具の方向性は決定した。ショーケースを開け、ドニーが幾つか現物を取り出して見せる。
「こちらはマナテック社製第四世代ベルト内蔵式AMフィールド・ジェネレータ〈カリュプソ〉。統一魔術防御規格レベルⅢに相当する防御力を有しています。それからこちらはルーン・シールド。偏向フィールド発生子を楕円形に形成することで魔力・物理問わず防ぐことが可能です。AMR規格レベルⅢ相当」
ドニーが提示したものは、見かけは今までわたし達が使っていたものとあまり変わらない。しかし、諸諸の性能は格段に向上している。
「気に入った。それにしよう」
これにて防具は決定。次は武器だ。
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