#03 Dream or not Dream
毎日15時から20時の間に投稿予定
――畜生、これは悪夢か!?
わたしは今、人喰い猪人間から絶賛逃亡中だ。何を言っているか分からないと思うがわたしも何を言っているのか分からない。分かるのはただ、追いつかれたら死ぬということだけだ。
幸い猪人間は特別足が速いわけじゃないようで、全速力で走れば距離が縮まることはなかった。だが、あくまで全速力で走った場合だ。体力が切れればそれが不可能になる。そうなれば、死とご対面だ。体力切れの前に振り切るか、体力が切れても死ぬ気で走るしかない。
あいにくわたしは運動系のサークルではなく、運動不足著しいわたしの体力では、この状況を余裕で打開するには足りなかった。一フィート進む毎に足に疲労が溜まり、休息を要求してくる。だがそれを認めてはならない。ぶっ壊れても走れ。死ぬ気で走るんだ。
と、死ぬ気で突っ走った苦労が報われた。目の前に利人の待つ第七駐車場が見えた。
わたしは速度を一切緩めず駐車場に突っ込み、二階まで駆け上った。利人の愛車、六九年式フォードマスタングが見える。
「京、こっちだ!」
車の前でショットガンを携えた利人が大きく手招いている。
「すまん、連れが一匹いる!」
「任せろ」
わたしが利人の横を通過したと同時に、彼が発砲した。二発、三発と、わたしを追ってきた猪人間に散弾をぶち込んでいく。
後ろを振り返ると、猪人間は力尽きたのか血を流して地面に突っ伏していた。
「今のうちに逃げるぞ!」
わたしが助手席に乗り込み、利人も後席にショットガンを投げ入れて運転席についた。シートベルトを締め、シフトレバーを一速に入れ、ハンドブレーキを解除。アクセルを踏み込み、後輪を空転させながら急発進した。
「前、前!」
わたしは思わず叫んだ。倒したかに思われた猪人間が起き上がり、車の前に立ち塞がったからだ。
「クソ、タフな野郎だ。――しっかり掴まってろ」
「何をする気だ!?」
「こうするんだ!」
利人は急発進した勢いを殺すことなく、なんと猪人間に突っ込んだ。起き上がったばかりの猪人間に避ける余裕はなく、もろに鉄の塊と衝突した。
「その肉をやわらかくしてやる」
利人はそのまま車を進め、駐車場の柱と車体で猪人間をサンドイッチにした。猪人間の絶叫が駐車場内に響く。
車を後進させると、猪人間は力なくその場に倒れて動かなくなった。
「やっと死んだか……」
煙草をふかしつつ、車のラジオとスマホでわたし達は情報を片っ端から漁った。
――これは一体なんの騒ぎだ。あの化け物は?
「さっきの、一体なんだったんだ?」
「俺にも分からん」
「あいつ、人を襲って喰らってたぜ。悪夢ならはやいとこ醒めてほしいもんだ」
ラジオからは、ロサンゼルス市長とカリフォルニア州知事が非常事態宣言を発令したことがキャスターの口から伝えられた。
この騒動は州内どころか全米で起きているらしい。人を襲う化け物があちこちで暴れている。現在州軍とロサンゼル市警が対応しており、間もなくサンディエゴに停泊中の第三艦隊も動くだろうとのこと。
「ダウンタウン・ロサンゼルスにバリケートゾーンか……とすると四○五フリーウェイに乗るのが一番か?」
さっきの奴はショットガン数発では死ななかった。そんなのが他にどれだけいるんだ? 州軍やLAPDでどれだけ対抗できるのか。対抗できることを祈るしかないか。
「利人はいつヤバいって分かったんだ?」
「駐車場に着いたときさ。ラジオに速報が入って、実際駐車場からも騒ぎになってるのが見えた。君は?」
「歩いてる途中で逃げてくる軍団と出くわした。そんでお前からの電話で確信したよ」
「そうか。――まあとにかく、無事で良かった」
「お前も。――あとは君の家族が心配だな」
わたしの家族は日本に、利人の家族はイリノイ州のシカゴにいる。といっても利人は色色あってほとんど家族と絶縁状態だが。
「あの風車とこれ、なにか関係あるのかな」
と、わたしは呟く。
「モニュメントバレーとかに出来たあれか? 確かに、繋がりがあってもおかしくはねえな」
モニュメントバレーはユタ州とアリゾナ州の州境にある。仮にオブジェクトが大爆発を起こすとかしたとしても、シカゴからは直線距離で一○○○マイル以上あるし、利人の家族はたぶん大丈夫だろう。なんならわたし達の方がより近いため危険だ。
「まったく、世界はいったいどうなっちまったんだか……」
両親に安否を確認しようとしたところ、ちょうどLINEが来た。無事か、と。
わたしはそれに「無事。利人と一緒に逃げている」と返信し、続けて彼らの状況を尋ねた。応答は「無事」。だが日本でも化け物が出没しているようで、いまは避難所に避難しているそうだ。
「そうか、君の家族は無事だったか。それは良かった」
と、利人が前を向いたまま微笑んで言う。
「お前は、いいのか? 家族の安否」
「どうだっていいさ。親父を裏切ったクズ女なんか、俺の母親じゃねえ」
さて、わたし達は現在四○五フリーウェイを南下しているのだが、まるで進まない。道路を車が埋め尽くしているのだ。見渡す限り車、車、車……みんなダウンタウンLAに向かうのだ。反対車線はがら空き。今だけ逆走しても事故らないんじゃないだろうか。
などと考えながらのんびり進むのを待っていると、なにやら外が騒がしい。
「おい、あれ……」
前方に黒い煙が上っているのが見える。まさか、化け物が襲ってきたのか? だとするとかなりマズい。この道路状況じゃまともに身動きできない。人も車の分だけいるし、降りて逃げようにも化け物に追いつかれる前に逃げる人に踏み潰されて圧死しそうだ。
――どうする?
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