#07 屍賛の地下霊廟-4
毎日15時から20時の間に投稿予定
――次はどこから来る……?
低いところの壁や床から這い出してくるならば、見つけられれば影の揺らぎで分かる。それ以外から来るならば、その気配を察知するしかない。全神経を集中させ、索敵。
「利人、横だ!」
見つけた。壁にできた利人の影が揺らいでいる。
「了解!」
利人が咄嗟にシールドと剣を構えつつ、そちらに懐中電灯を向ける。と同時に追跡者の触手も飛び出した、そのときだった。
「なに!?」
触手が一瞬にして切断され、地面に落ち、少しの間ピクピクした後に動かなくなってしまった。
「何が起こったんだ」
と、利人。
「たぶん、出てきた後にライトで影が消されたせいだろう。なんて言えばいいか、そうだな……ドアから腕を出してたら勢いよく閉められて腕が千切れた、みたいな状況になったんだ」
「なるほどな。……それが正解なら、とんでもない弱点を発見したな」
となれば、剣やオーブよりもライトを構えていた方が有効だ。現れた途端、根元を照らしてやればいい。
「来るぞ」
と、利人が警告する。
今度はわたしの足元の影が揺らいでいる。が、すぐにわたしはそれまでとの違いを認識した。
「クソ、向こうも学習したか」
今までは同時に一箇所からしか出てこなかった。が、今は五箇所が同時に揺らいでいる。
触手が同時多発的に出現。三本はわたしに、残り二本は利人に向かったのが見える。ライトとして使える魔法があればオーブと併用して同時に複数箇所を照らせるのだが、あいにくそういうのは持ち合わせていない。
まず先に足元から出た触手を照らして切断する。が、当然その隙に他所から出た触手の接近を許した。背後から胴体を絡め取り、上空に持ち上げられる。
「クソ、離せ!」
咄嗟に自分を拘束する触手の根元を照らし、切断。と同時に自由落下、落着。幸い大して高度が無かったのですぐに体勢を立て直せる。
――もう一本はどこだ?
触手は三本向かってきていたはずだ。が、最後の一本が見えない。
「京、危ない!」
最後の一本は斜め上から迫ってきていた。先端を鋭利に成形し、槍のようにして。
わたしは即座に横に回避。その直後に触手が地面に突き刺さった。と同時に利人がそれの根元を照らし、切断する。
「大丈夫か」
「ああ、助かった」
一旦危機は去った。が、また次次とあちこちの影が揺らいでいく。
「奴の体力は無尽蔵か? まるでキリが無い」
と、利人が舌打ちして言う。
と、そのとき、わたしはあることを思いついた。
「なあ、同時に影を全部消したら、どうなるかな」
「そりゃあ潜むところが無くなって……完全顕現するのか? だがどうやって」
「閃光グレネードが四発ある。これでうまいこと投げればイケそうじゃないか?」
「……やってみる価値はあるな」
この空間は遮蔽物がわたし達の身体以外にない。つまり、わたし達の身体がつくる影さえどうにかすれば、一時的に影を消すことができるだろう。具体的には、わたし達がぴったりくっ付いてなるべく影を小さくし、それから前後に一発ずつと、真下、真上に一発ずつか。そしてそれらの起爆タイミングを完全に一致させる必要がある。
「わたしはあっちと真上に投げる」
「じゃあ俺はこっちと真下だな」
影から触手が飛び出した。その全てが真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「いくぞ」
わたしの合図で同時にピンを抜き、各自の方向に投げる。と同時に耳を塞ぎ、目をしっかり閉じる。閃光グレネード、起爆。
――一瞬でも全域を照らすことができれば、奴を引き摺り出せるはずだ。
直後に悲鳴とも咆哮ともつかぬ絶叫が、両手で塞いだはずの耳を貫いた。
「コイツが、追跡者……」
目を開けてみると、そこにはついに全身を影から露出した追跡者がうずくまっていた。そのあまりにも不気味でおぞましい見た目に、拍動が一拍遅れる。
全身が漆黒の外殻に覆われ、それは生物というよりもむしろ機械のような艶を放っている。各所から無数の触手が伸び、それぞれが軟体動物の如く自由自在に蠢いている。湿った土と金属の錆が入り交じったような臭いを醸すそいつはどことなく人型だが、明らかに〈何か〉が違う。最初こそ動揺していたようだが、すぐに臨戦態勢になり、こちらに向き直る。
追跡者は人型に近い姿でありながら肉食獣のような四足歩行の態勢になる。肩を沈め、ほとんど腹ばいになるまで身体を下げ、前脚を開き、五本の指でしっかりと床を掴む。それから後ろ脚を内側にたたんで今にもわたし達に飛びかかろうとしている。
――もう影は無数にあるが、戻る気は無し、か。殺る気だぞ、コイツ。
追跡者がたたんでいた後ろ脚で思い切り地面を蹴り、大ジャンプ。前脚と無数の触手を突き出して突っ込んでくる。
わたし達は瞬時に身を低くし、追跡者の腹の下に潜り込んでやり過ごす。奴の体当たり直撃は免れた。が、触手によるオールレンジ攻撃までは回避しきれず、拘束されてしまった。一瞬で持ち上げられ、地面に叩き付けられる。
意識が数秒飛びかけた。鈍い痛みがぶつけた箇所から全域に広がり、うまく息が吸えない。
「化け物め……さっきまでのはお遊びだったってのかよ」
明らかに触手の速度が段違いだ。さっきまでの感覚で対応しようとするとあっという間に猛攻を受けてしまう。
「接近戦は危険だ。距離を取るぞ」
と利人が良いながら、ショットガンを撃ちつつ後退する。
だが、それを簡単に許すような相手ではなかった。魔力を込めた散弾は触手を撃ち落とすのには有効だった。が、本体は堅い外殻によって完全に散弾をシャットアウトしている。さらに魔法耐性もあるのかわたしの魔法攻撃も通りにくい。触手が何本破壊されようとお構いなしに突っ込んでくる。
「駄目だ、火力が足りん!」
そう言っている間にもう目の前まで追跡者が迫っていた。利人にのしかかり、下顎が裂けて目一杯口を広げ、噛みつこうとしている。利人はシールドで防いでいるが、このままでは長くは持たない。
「コイツ――ッ!」
わたしは利人が落とした剣を拾って奴の首下に潜り込み、思い切り剣を突き立てた。するとどうだろう。あれだけの防御力を誇っていたはずの外殻はあっさりと剣の貫通を許し、奥深くまで刃が突き刺さったではないか。追跡者はたまらず叫び、利人からどいた。
「いってぇな……」
その一瞬に触手を伸ばしたようで、鞭のようにしなるそれをわたしももろに食らってしまった。吹き飛ばされ、背中を壁に強打。背骨が一瞬軋んだ。肺から空気が一気に漏れ、視界が白む。だが、どうにか剣を持っていかれることは避けられた。
「利人、あいつ突き攻撃に弱いぞ」
「そのようだな。なら、俺が近付いてめった刺ししてやる。君は触手を魔法で撃ち落としてくれるか」
「了解した」
そう言うと、利人は剣を握りしめ、真っ直ぐ追跡者に突撃していった。奴はそこへ触手を向かわせる。
「そうはさせるかよ」
そこ目掛けて突風弾を連射。次次と触手を撃墜し、空間を制圧していく。
ほどなくして追跡者は沈黙した。脳天を利人に剣で貫かれたのが決定打となったようだ。と同時に延々と繰り返す回廊も消え去り、正しいルートがその姿を見せた。
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