#10 Soirée-2
毎日15時から20時の間に投稿予定
部屋に荷物を置き、簡単に整理した後に、わたし達は夕食を食べるべくファインダイニングへと足を運んだ。
「飯もきっとゴージャスなのが出るんだろうな」
夕食の時間は午後六時から午後九時まで。現在時刻が六時十分を過ぎたところなので、ちょうど良い。
ファインダイニングはまず入り口に金箔をあしらったアーチがあり、それをくぐって入ると高い天井一面に描かれたフレスコ画が絢爛に出迎えた。柱や壁はここも大理石仕上げで、キャンドルライトが温かくこの空間をライトアップしている。フロアの角には小さいステージがあり、そこでピアノやストリングスの奏者がクラシックを生で奏でていた。また料理人たちの技術が見えるオープンキッチンエリアがあり、薪窯で焼き上げられるパンの香ばしい香りが漂っている。
「どうぞ、こちらに」
シックな燕尾服に身を包んだフロアスタッフに案内され、席につく。
席は真紅のベルベット張りの椅子とダークウッドの円形テーブル。純白のリネンのテーブルクロスが敷かれ、その上に銀に輝くカトラリーとクリスタルのワイングラスが整然と並んでいる。
曰く今日の夕食はイタリアンのフルコースだそうだ。席につくとウェイターがナプキンを広げ、食前酒としてスパークリングワインと、タラッリとオリーブの盛り合わせがワゴンで運ばれてきた。
「さっそく見たこともない料理が出てきたな……」
と、利人が呟く。
タラッリとは小さな円形またはリング状のビスケットのようなもので、イタリア南部、特にカンパニア州とプッリャ州の伝統的な固焼きパンだ(とスタッフが説明した)。
「へえ、こりゃ美味いな」
タラッリのカリッとした食感とオリーブのジューシー且つ濃厚な味わいが絶妙に合わさり、シンプルながら非常に満足感がある。これはワインが進む。
次に前菜としてカルパッチョ・ディ・マンゾが運ばれてきた。
これは薄切りの生の牛肉にパルミジャーノ・レッジャーノのスライスとルッコラを添えた一皿。ルビーのように美しい赤身の牛肉が皿に美しく円形に並べられ、その見た目は繊細な花弁のようだ。仕上げにウェイターがテーブルでトリュフを薄く削って魅せた。
銀のナイフとフォークで肉を一口サイズに切る。極薄にスライスされているため、無理に力を入れずともスッと切ることができた。それから切った肉をルッコラなどと共に口へ運ぶ。
牛肉が口の中で滑らかにとろける。さらにルッコラのピリッとした辛味とチーズのコクが肉の甘みを引き立てている。
――こんなにも美味しい食べ物をわたしは今まで食べたことがない。殺意剥き出しの魔物と命のやり取りをして疲れ果てた後という状況が、さらにこれらの味を後押ししている。
「料理もだが、このワインも今まで飲んだどれよりも美味い。――これは、何という銘柄ですか?」
「カ・デル・ボスコ・フランチャコルタ・ヴィンテージ・コレクション・サテンでございます」
北イタリア、ロンバルディア州にあるイゼオ湖南部に広がる地域で造られる瓶内二次発酵の、クリーミーな泡立ちのスパークリングワイン。
食前酒は前菜などコースの最初で提供される料理を引き立てるものが理想で、軽やかでフレッシュな味わいのスパークリングまたは白ワインが適している。
このワインは確かにカルパッチョの酸味やチーズのコクとよく調和している。食事のスタートとしてこれ以上のものはないだろうとのことで選ばれたそうだ。
続いて、第一メインとしてアマトリチャーナが運ばれてきた。
「こちらはイタリア、ラツィオ州の伝統的なパスタ料理、アマトリチャーナでございます。アマトリーチェという小さな町の名に由来したこのパスタは、この地で生まれた素朴で力強い味わいが特徴です」
料理のベースには最高品質のグアンチャーレが使われ、深い旨味と風味を付与している云云……とスタッフが説明した。
さっそくフォークでパスタを口に運ぶ。と、トマトソースの酸味とペコリーノ・ロマーノチーズのコクがこれまた絶妙に絡み合い、程よいスパイスが後味を引き締めている。さらに太めのパスタを使っているためにソースがたっぷりと麺に絡み、一口毎に豊かな味わいが口いっぱいに広がる。
パスタが料理の中で一位二位を争うほど大好きで、よく自分でも料理しているわたしにとって、これは堪らない。
――もっと前にこの存在を知っていたら……自分の手で作ってみたかった。
わたし達がパスタを食べ終わったタイミングで次に運ばれてきたのは、第二メイン、ビステッカ・フィオレンティーナと付け合わせのグリルド・ズッキーニやナス、トマトのサラダだ。
これはフィレンツェ風Tボーンステーキで、柔らかい肉質と脂肪のバランスがよく、熟成されることで深い味わいが引き出されるキアニーナ牛を贅沢に使った巨大でボリューミーなステーキが堂堂とした存在感を放っている。外側は香ばしい焼き色がつき、中はレアなピンク色が美しいコントラスト。付け合わせのサラダによって彩りも十分だ。
厚切りなため、ナイフを入れると肉汁がじんわりとあ溢れ出し、食欲を存分にそそる。
――美味いものだらけで頬が落ちそうだ。いや、もうとっくに落ちているかもしれない。
塩胡椒とオリーブオイル、レモンというシンプルな味付けが肉の旨味を最大限に引き立てる。肉の中心にはフィレ肉、その周りはしっかりとした筋肉質のサーロインであり、肉の異なる部位を同時に楽しむことができた。フィレ肉の柔らかさとジューシーさ、サーロインの噛み応えのある肉感、そして濃厚で深い旨味が一度に味わえるのが実に素晴らしい。
――これを調理したシェフはきっと最低でもミシュラン二つ星に相当するだろう。文字通りの素人考えだが。
「ふう、食べた食べた……」
ビステッカは実際に食べてみると、予想よりもかなりボリュームがあった。日中の度重なる戦闘でかなり腹が減っていたはずだが、これだけでもそれを十分に補えるだろう。
メインディッシュを食べ終わって休憩気分のところに、コースの締めを飾るデザートと食後酒が運ばれてきた。ティラミスとグラッパ。
ティラミスは陶器の器に層を成し、最上部はココアパウダーがふんわりと振りかけられており、シルクのような滑らかさを演出している。スプーンですくうと、エスプレッソが染み込んだスポンジ生地とフワフワのマスカルポーネクリームの対比が拝める。
それからグラッパはマローロ・グラッパ・ディ・モスカートという銘柄で、マスカット種の華やかな香りが楽しめる。またティラミスの甘みとの相性が最高で、フレッシュな余韻を体験できた。
「こんなに美味しいものは今まで食べたことがない。これから食べるものが全部つまらなく感じちまわないか心配になるよ」
と、利人がグラッパのグラス片手に微笑して言う。
「そうなったら、また来るために魔物を狩りまくんなきゃな」
こうして今日を締める豪華な夕食は幕を閉じた。
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