12 リベラーク学園での一ヶ月
ザックが校門の方を見ると、メルフィン先生が別の男性と話していた。
「では、私は寮の名簿を確認してきます」
「分かった。宜しく頼む」
メルフィン先生が校舎に向かって歩いて行くと、サングラスをした男性はザックの方へと歩み寄った。
「ハワード君だね?」
「こんにちは、リオスタス学園長」
ザックは学園長と握手を交わすと、学園長から唐突に切り出した。
「メルフィン先生から話は聞いたよ。影を纏う者に追い掛けられたけど上手く撒いたそうじゃないか」
「運転手さんの御蔭です」
ザックが話をしていた時、白い大型犬が此方へと向かって来た。白い大型犬はザックの顔を見詰めると、学園長の方を見詰めた。
「この子はオブス、心を読む事が出来る私の相棒だ」
「動物も力が使えるのですか?」
ザックが驚きながら尋ねると、学園長はオブスの頭を撫でながら言った。
「ウィラティス大陸に生息する動物の中には稀に力を宿す個体も存在する。オブスは邪な考えを抱いていると分かった時にしか吠えないんだ」
「オブスは利口なんですね。撫でても良いですか?」
「構わないよ」
ザックはオブスの頭を撫でると、オブスは嬉しそうに尻尾を左右に揺らした。
「さて、長旅で疲れただろうから、今日はゆっくりと休んだ方が良いだろう。部屋の手配をするから、私と一緒に園長室へと来て貰うよ」
ザックと学園長とオブスはリベラーク学園の園長室へと向かった。二人と一匹は沢山の生徒達と擦れ違いながら、園長室に着いた。
「取り敢えず、座って待っといてくれ」
ザックは座り心地の良い椅子に座ると、学園長は園長室から出て行った。暫くするとリオスタス学園長はカップを載せた盆を持って戻って来た。
「ハリ茶だ、リラックス効果があるんだ」
「頂きます」
ザックが一口飲むと、すっきりとした口当たりで芯から体が温まったような気がした。
「今、メルフィン先生に寄宿寮の部屋を探して貰っている。若しかしたら他の生徒と一緒になるかもしれないが、構わないかい?」
「構いません、アーカデム魔法学校では同級生と同じ部屋で過ごしましたから」
二人が話していると、ドアを叩く音がした。
「どうぞ」
ドアが開きメルフィン先生が入って来ると、申し訳無さそうに話した。
「寄宿寮の空いている部屋を探したのですが、高等部三年生の部屋はどこも一杯でして……」
「他に空いている部屋は無かったのかい?」
「一つだけ空いている部屋がありまして、高等部二年生の部屋です」
メルフィン先生からの報告を聞いて、リオスタス学園長はザックの方を向いた。
「ザック、二年生の部屋でも良いかい?」
「はい。部屋が空いていないのであれば、仕方ありません」
「メルフィン先生、その部屋の生徒には連絡したかな?」
「はい、園長室の前に待たせております」
「じゃあ、呼んでもらえないか。ルームメイト同士顔を合わせておいた方が良いだろう」
「了解しました」
メルフィン先生は園長室のドアを開けると、待機していた生徒に声を掛けた。
「失礼します!!」
威勢の良い声と共に赤毛の生徒が入って来た。
「おお、ジェロか。済まないが、三年生の部屋が一杯で君の部屋にザック・ハワード君を入れる事になる」
「僕、熾す者と友達になれると聞いて、了承したんです!」
生徒は嬉しそうに話すと、ザックに向かって話し掛けた。
「僕はジェロ・ジョパルオン、君が熾す者だね?」
「はい、お世話になります」
「宜しく、ザック!」
ザックは握手を交わそうとしてジェロの手を握ると、余りの冷たさにびっくりした。
「ジェロの手、冷たいよ!」
「これが僕の能力さ。大丈夫、体が冷たくても心は燃えているからね」
ザックはジェロの手を見ると、ジェロの手は氷の様に透き通っていた。
「物を凍らせる事が出来るんだね?」
「ああ、炎以外だったら凍らせる事は出来るよ。ザックの能力は?」
「僕は白い火を灯す事が出来るんだ」
ザックの返答にジェロは肝を潰した。
「し、白い火だって? それじゃあ、ザックを凍らせる事は出来ないね」
「えっ!?」
「冗談だよ。でも白い火を出せる熾す者なんて今まで聞いた事が無いよ。学園長も聞いた事が無いでしょ?」
ジェロが聞くと、学園長は頷いた。
「確かに火を扱う能力者は数多くいるが、白い火を扱う者は私も見た事が無い。ハワード君の力は非常に稀有な物だ。ジェロ、余り他の生徒達に言い触らすんじゃないぞ」
学園長が釘をさすと、ジェロは心外とでも言わんばかりに自身を指差した。
「学園長、僕の口は堅い事で有名ですよ」
学園長はジェロを見据えながら言った。
「それならば、君を信用しよう。ジェロ、今日の授業は午前中までだったかな?」
「はい」
「私はやる事があって手が離せないから、ザックを寮に案内してくれないか?」
「分かりました!!」
ジェロの力強い返事を聞いた学園長は微笑を浮かべた。
「よし! 僕に付いて来て、ザック!」
ザックとジェロは園長室を後にして男子寮を目指した。新たな友情を結んだ二人を止める者は誰もいなかった。
次の日、ザックは歴史の授業を受ける為に教室に入ると、教室にいた生徒全員の目がザックに注がれた。
「お早う御座います」
ザックが声を掛けた時には、生徒達はザックから視線を逸らしていた。ザックは空席が無いかと教室を見渡すと奥の方に席が見つかった為、ザックは窓側の席に移動した。
「此処の席に座っても良いですか? どの席も一杯みたいで……」
隣の席に縮れた茶髪の生徒が頬杖をつき、窓の外をじっと見詰めていたのでザックは挨拶すると、返事が返ってきた。その生徒の服の胸ポケットには薔薇の花が挿してあった。
「ああ、構わないよ。花達が教えてくれたんだ。熾す者がやって来るって。おっと、自己紹介が遅れたね。僕はリザルバル・ゼノワルド」
「ザック・ハワードです。宜しくお願いします、ゼノワルドさん」
「堅苦しい挨拶は苦手なんだ、リザルと呼んでくれ」
授業の開始を告げる鐘の音が鳴り響くと、担当の先生が挨拶をした。
「今日から一ヶ月、皆と共に学ぶ生徒を紹介します。ザック・ハワード君です」
「宜しくお願いします」
疎らな拍手が送られると、早速歴史の授業が始まった。
「今日はアステリール高原の戦いの後、ウィラティス大陸がどうなっていくかを見ていきましょう。教科書は百二十一ページです」
ザックは昨日買って来た新品の教科書を捲った。指定された教科書のページには二人の肖像画が載っていた。一人は凛々しい顔立ちをした男性、もう一人は無表情で厳かな女性であった。ザックは二人の肖像画に親近感を覚えたが、何故その様な事を思ったのかは自分でも分からなかった。
「ゼネルザード・シャラバンが兄のリオザームを倒したアステリール高原の戦いが終結した後、ゼネルザードはリナーシア国王に就きました。ゼネルザードには王妃アモナルシアとの間に双子の姉弟、アルカミナスとザダルカナスを授かりましたが、ゼネルザードと双子は伝染病に罹って亡くなってしまいます。アステリール高原の戦い以降、白染病と黒蝕病が確認され七ヶ国に流行しました。未曾有の事態に夫と子供達を立て続けに亡くした王妃のアモナルシアはリナーシアの女王に即位、戦争によって荒廃した七ヶ国の再建に尽力しました。この時に行われた改革をアモナルシアの改革と言います……」
先生が説明する途中で一人の生徒が手を上げた。
「先生、ゼネルザードとアモナルシアは強大な力を持った進化人と魔法使いだったと記されていますが、現代で二人の力に拮抗出来る人物は存在するのでしょうか?」
「興味深い質問です。古代、中世、近代に進むに従って、魔法使いや進化人は弱体化していると研究結果が出ているのです」
教室にいた生徒一同が騒ついた。
「皆さん、落ち着いて聞いて下さい。今から五百年前の進化人と現代の進化人を同じ条件で力の限度を調べた結果、五百年前の進化人の方が現代の進化人よりも限度の幅がある事が判明しているのです」
先生の説明に生徒の一人が手を上げた。
「では、現代に生まれた私達は、古代に生まれた人達よりも劣っているという事ですか?」
「そんな事はありません。例えば、ザペリオス家やガルモディロ家が八名門に名を連ねたのは最近の出来事です。それに、力が強ければ良い事ばかりではありません。古代、中世の平均寿命は現代の平均寿命と比べて短かったとされているのは周知の事実です」
生徒達の騒つきが段々と収まってくると、リザルが手を上げた。
「詰り、薄命の天才か、長命の凡人のどちらが良いかって事ですね?」
「そうですね、最近の子供達は昔と比べて目覚めの時期が早まっているとされています。争いに明け暮れていた古代よりも、平和な現代に生まれて良かったと私は思いますね。おっと、大分話が脱線してしまいました。では、アモナルシアの改革に戻りましょう。アモナルシアの改革は全部で六つあります。一つ目は――」
先生は机に置いていた指示棒を再び手に取り、説明を再開した。生徒達はノートに書き留めようと、シャープペンシルを持つ手を動かした。ザックは夫と子供達を亡くしたアモナルシアに同情しながら、板書された内容をノートに書き写した。
「――この様に抜本的な改革を行い七ヶ国の為に尽力したアモナルシアでしたが、後継者を指名せずに早死にしてしまった為、彼女の死後にリナーシアは分裂してしまい混乱の時代を迎えます」
ザックがシャープペンシルで黒板に書かれた内容を書き込んでいると、終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
「それでは、今日の授業は此処までです。皆さん、ちゃんと復習するように」
ザックとリザルは教室から退出して、次の授業が行われる教室に向かおうと廊下を歩いていた。
「あの二人の王様は凄い人だったんだね」
「ゼネルザードは闇を払い、アモナルシアは国を立て直した。二人共、立派な王なのは間違いない」
「次の授業は地学なんだけど、何処の教室で行われるか分からないんだ」
「僕が案内するよ。次の授業までまだ時間があるからね。おや、あの人集りは何だろうか?」
ザックとリザルが向かう先には大勢の人が集まっていた。二人が近づくと、ジェロが縮れた灰色の髪の生徒と口喧嘩をしている所だった。
「俺の祖先を殺した逆賊なんかに言われたく無いね!」
「ふん、才能のある姉と違って口数の多い三流等、相手にする価値も無い」
ジェロは生徒に馬鹿にされて、感情が高ぶった。
「ガロン、お前やたらと姉ちゃんを褒めるけど気でもあるのか?」
「勘違いするな、口数だけの三流と違って寡黙で素質のある姉の方が優秀なのは当然だろう」
ジェロの手は氷に変化し、向かい合う生徒の手から青い炎が灯された。
「お前のその自慢の髪を凍らせてやってもいいんだぞ?」
「ならば、私の炎で貴様の皮膚を爛れさせても文句は無いな」
二人は今にも殴り合いが始まりそうな程に距離を詰めた。
「そこまでだ、二人共。下らない喧嘩は止せ」
リザルがジェロと生徒の間に割って入ると、ジェロは激昂した。
「リザル、止めないでくれ。このいけ好かない奴に一発打ち噛ましたいんだ!」
青い炎を灯した生徒は冷ややかな目でジェロを睨みつけた。
「何度も言っている筈だ、氷は炎に溶かされる物だと。少しは頭を冷やせ」
「ジェロ、喧嘩は良くないよ」
「ザック、済まないけど邪魔しないでくれ」
ザックが割って入るとジェロと喧嘩していた生徒は、目を見開いた。
「これは驚いた。君が熾す者のザック・ハワードだな?」
「そうだけど、君は誰?」
灰色の縮れた髪をした生徒は手に灯された青い炎を消した。
「私はガロモナス・ラガルザーノ。誇り高き八名門の一つ、ラガルザーノ家の長男だ」
「八名門?」
ザックがぽかんとした顔をしていると、ガロンが語りだした。
「八名門とはアルノワージョ家、ラガルザーノ家、ロドワルザー家、ザペリオス家、ネヴァティマ家、ゴライメル家、ガルモディロ家、それと、そこの三流のジョパルオン家を含めたウィラティス大陸で影響力のある八つの名家の事だ」
ザックはガロンの姓に聞き覚えがあった。首脳会議の時に白い火を灯すまでザックを熾す者と認めず、他の首相達と反りが合わなかった首相の姓は確かラガルザーノだったとザックは思いだした。
「若しかして、ラガルザーノ首相って……」
「ああ、南ミュペリオの首相の事か。私の祖父だ」
リザルに押さえられていたジェロが悪態を吐いた。
「全く、幾ら大金を払ったらあんな悪人が首相になれるんだよ?」
ジェロに悪罵を浴びせられたガロンはジェロの方に近寄った。
「私の祖父の名誉の為に言わせて貰うが、祖父は南ミュペリオの総意で選ばれたのだ。そんな祖父を悪人呼ばわり等、図々しいにも程がある。少しは礼儀を弁えろ、三流」
「その三流って言い方がむかむかするんだよ、逆賊め!」
ガロンは憤るジェロを無視してザックの方を向いた。
「確かに、ラガルザーノ家はアステリール高原の戦いで闇の軍勢に加勢した。だが、ゼネルザード王が我々の罪を赦したその日から、ラガルザーノ家はミュペリオの発展に尽力した。ライダウェイにランナウェイは我々ラガルザーノ家が生み出した製品だ」
「ふん、功績自慢には飽き飽きだぜ」
「へえ、ラガルザーノ家って凄いんだね」
ザックに褒められたガロンはザックに手を差し出した。
「同じ炎を扱う者同士、仲良くしようじゃないか」
ザックはガロンと握手すると、ジェロは憤慨した。
「もう、ザックなんて友達じゃない!」
ジェロはそう言うと、生徒達を押し退けて去って行った。
「ジェロ!? 待ってよ!」
ザックがジェロの去った方角に向かおうとすると、リザルとガロンがザックを呼び止めた。
「今は声を掛けない方が良いよ」
「その意見には私も同意する」
ザックはジェロに弁解する事を諦め、リザルと一緒に次の授業が行われる教室へと向かった。
「リザル、ジェロとガロンは良く喧嘩するの?」
「まあ、大抵はジェロが喧嘩を吹き掛けているから僕から注意はしているんだけどね。彼はガロンを見ると、感情が抑えられ無くなるらしい。アステリール高原の戦いでジョパルオン家はラガルザーノ家によって一族の殆どを殺害された。その一件もあって、ジョパルオン家とラガルザーノ家は水と油の関係になってしまったんだ」
「そうだったんだ……ジェロに悪い事をしてしまったね」
「なに、ガロンと握手をしただけじゃないか。後で僕からジェロに言っておくよ」
リザルと別れたザックは複雑な気持ちで次の授業に臨んだ。
ザックがリベラーク学園に来てから一週間が経った。力の訓練と社会の授業以外はザックが以前に通っていた高校と似ている授業が多かった。数学の授業を終えたザックはリザル、ジェロと共に食堂で昼食を食べていた。
「そう言えば、リザルの力はどんな力なの?」
「僕の力は有りと有らゆる花を咲かせる事かな。ザックの白い火やジェロの凍らせる力と比べれば、僕の力なんて大した事ないよ」
リザルはそう言うと、掌から瞬く間に薔薇の花を咲かせた。
「ザック、リザルは僕達に遠慮しているだけさ。世の中には二つの力を扱う進化人もいるんだ」
「えっ、進化人の力は一つしか扱えないんじゃないの?」
ザックの問いにジェロが自信満々に答えた。
「進化人の扱える力は基本的に一つだけど、稀に二つ目の力に目覚める事がある。この事を二次進化と言うんだ。リベラークで二次進化を遂げた者は全校生徒の中で二桁もいないんだ」
三人が話していると、ぽっちゃりとした男子が此方に向かって歩いて来た。
「あ、スタンじゃないか。ザックの隣が空いているから座りなよ。ザック、良いだろ?」
「良いよ」
ぽっちゃりとした男子は安堵の表情を浮かべた。
「良かった、何処も満席でどうしようかと思っていた所だったんだ」
ぽっちゃりとした男子がザックの隣に座った。男子の腕に腕輪が填められていない事にザックは気付いた。
「僕はスタノルン・オプフィス。皆からスタンって呼ばれているんだ、宜しく」
「ザック・ハワードです」
二人は挨拶を交わした後、スタンは昼食を搔き込んだ。
「スタン、少しはゆっくりと食べたらどうだい?」
「僕はせっかちなんだ。それに、熱い内に食べたいからね」
「所で、スタンは何の力を使えるの?」
ザックが尋ねると、昼食を搔き込んでいたスタンの手が止まり、ジェロとリザルの顔から笑みが消えた。
「スタン、ザックは何も知らなかったんだ。僕から話しておくべきだった」
リザルが慌てて言葉を添えると、スタンは手にしていたフォークを皿の上に置いた。
「リザルが謝る事は無いよ。勿論、彼に悪意が無いのは知ってるさ。進化人達の学校に来たら、どんな力を持っているか気になるのは仕方の無い事だからね」
スタンはザックに目を向けた。スタンの表情にザックは後ろめたさを感じた。
「……僕には力が無い、僕は運無き者なんだ」
スタンが告げると、リザルが運無き者について説明してくれた。
「運無き者は力を持たざる者の事だなんだ。人間と違う点は、魔法使い、進化人の家系から生まれる事だ」
ザックは自分の為出かした行いを大いに恥じた。
「オプフィスさん、傷つける事を聞いてしまって、御免なさい」
ザックが頭を下げると、スタンはザックを気遣った。
「君が頭を下げる事は無いよ。ウィラティス大陸にきてまだ一ヶ月ちょっとなんだから、知らなくて当然だ。ザック、顔を上げてくれ」
ザックが顔を上げるとスタンは笑っていたが、その笑顔は作り笑いにしかザックは見えなかった。
「僕は運無き者だから実技試験は不合格だったけど、筆記試験は満点だったのを知ったリオスタス学園長が僕の入学を認めてくれたんだ。でも、他の生徒達からは彼奴は学園長に賄賂を贈ったから入学出来たって根も葉もない噂が出回った。ジェロやリザルみたいに僕を友達として接してくれる人もいるけど、大多数の生徒は運無き者の事を快くは思っていないんだ。昔から運無き者は奴隷として扱われていたからね」
ザックはスタンに対する差別の酷さに言葉を失った。
「スタンは僕より頭が良いんだ。席次も五番を下回った事は無いんだぜ」
ジェロがスタンを褒めると、スタンは照れ隠しにマッシュポテトを一口食べた。
「ジェロ、有り難う。でもその所為で、僕は目の敵にされているんだ。席次が公表された日は、僕に対して罵詈雑言が飛び出す。力を他人に対して行使すれば退学になる事を知っているから、彼等は言葉で僕の心臓にナイフを突き立てるんだ。出来損いの癖にとか、また賄賂を渡したんだろとかね。でも、昔と比べたら大分慣れたと思う」
スタンの辿って来た十年間を想像したザックは気が滅入った。罵詈雑言の嵐にスタンは十年間耐え抜いて来たのだ。一体、何がスタンを突き動かしているのだろうとザックは気になった。
「スタンには、夢とかあるの?」
問われたスタンは暫く押し黙ると、フォークを置いて話した。
「今から五百年前にウィラティス人権宣言が採択されて奴隷制度が廃止されたけど、今でも人々の中には運無き者に対する差別意識は残っている。僕に出来るならば、運無き者への差別を無くしたい。馬鹿げているかもしれないけど」
「ううん、全然馬鹿げてなんかいない、立派な夢だよ」
ザックの意見にスタンは驚いた様に目をぱちくりさせた。
「僕は運無き者だからって、君を差別はしない。だから、スタンの友達として、夢を応援させてくれないか?」
ザックの差し出した手をスタンはぎゅっと握り締めた。
「有り難う。ザックは本当に変わっているな」
スタンが呆れた様に言うと、ジェロが発破を掛けた。
「其処がザックの良い所なんだよ! だとしたら、僕達も変わり者だな」
「変わり者達が揃った事だし、乾杯でもしようじゃないか!」
リザルが四人のコップに水を注ぐと、四人はコップを持ち上げた。
「それでは私、ジェロ・ジョパルオンが乾杯の音頭を取らせて頂きます。え~っと、変わり者達のダイヤモンドの様に固い友情に乾杯!」
「乾杯!!」
四人はコップをかちんと鳴らすと、水をぐいっと飲み干した。心なしか、普段飲む水よりもおいしいとザックは感じた。
どんなに罵詈雑言を浴びせられようとも、友情は決して砕かれる事は無いだろうと確信したザックは三人と共に昼食のトレイを片付けると、食堂を後にした。