11 影からの逃走
「では、ライダウェイでリベラーク学園へ向かいましょう」
メルフィン先生の発言に聞き慣れない単語があったのでザックは尋ねた。
「メルフィン先生、ライダウェイとは車の事ですか?」
「そうですね、ネオパンゲアの車はゴム製の車輪が付いていますが、ライダウェイには車輪がありません」
「どうやって動かすのですか?」
「電磁エネルギーを利用して宙に浮き、バッテリーによって動きます。お、此方です」
メルフィン先生が片手を上げると、二人の目の前に車輪の無い黒色のライダウェイが止まった。ライダウェイのドアがひとりでに開いた。メルフィン先生が最初に乗り、続いてザックが後部座席に乗り込んだ。二人が乗り込んだのを確認すると、運転手が声を掛けた。
「お客さん、何方へ行きますか?」
「リベラーク学園までお願いします」
運転手はカーナビに目的地を設定すると、カーナビはリベラーク学園までの道筋を表示した。
「では、出発するのでシートベルトをして貰えますか?」
二人がシートベルトをすると、運転手はスイッチを入れた。するとライダウェイは宙に浮いた。運転手はハンドルを握り、アクセルを踏むとライダウェイはゆっくりと発進した。
ザックとメルフィン先生を乗せたライダウェイはリヴェルポリスからリベラーク学園へと道路を走行していた。
「若しかして、お客さん達は先生と生徒さんかい?」
運転手の砕けた問いにザックが答えた。
「何で分かったのですか?」
「この仕事を続けていると、自然と分かる様になるのさ。もう一つ当ててやるよ、君は熾す者だな?」
図星を指されたザックは息が止まりかけた。ザックは何故自分の事を他人が知っているのだろうと思考した結果、ブラウンさんとの話を思い出してはっとした。
「新聞で僕の事を知ったのですね」
運転手はニヤッと笑った。
「ばれたか、生徒さんはライダウェイに乗るのは初めてかい?」
「はい、車輪の付いていない車に乗るのは初めてです。車と似ているようで似ていないですね」
ザックの意見に運転手は目を丸くした。
「確かにネオパンゲアの車とライダウェイには共通点もあるが、違う部分もある。面白い意見だ」
ライダウェイは暫くの間道路を走行していたが、信号機が赤く光った為、停止した。
「お客さん、此処からだとリベラーク学園までは遠いからアナッシュラビンに入るが構わないか?」
運転手の問いにメルフィン先生が即答した。
「構いませんよ」
「じゃあ、決まりだ」
「アナッシュラビンって何ですか?」
ザックの問いに運転手が回答した。
「アナッシュラビンってのは高速道路の事だ。普通の道路だと速度制限があるが、アナッシュラビンは速度制限が無い」
「私もリヴェルポリスに向かう時にはアナッシュラビンを経由して行く様にしています。リベラーク学園からだとリヴェルポリスは遠いですから」
アナッシュラビンの入口を通過すると、他のライダウェイがスピードを上げてザックとメルフィン先生を乗せたライダウェイを追い越して行った。
「運転手さん、どうして高速道路に入ったのにスピードを上げないのですか?」
ザックの問いに運転手はバックミラー越しに目弾きした。ザックは後部座席から横を見たが何もおかしい物は見当たらなかった。
「後ろの空を見てみろ」
ザックとメルフィン先生は首を後ろに捩じ向けると、晴れた青空に黒い何かが映っていた。
「雲一つ無い青空かと思ったら、黒雲がありますね」
「黒雲にしては妙に形が安定してないな」
ザックはその黒雲らしき物に見覚えがあった。
「あれは黒雲なんかじゃありません、影を纏う者達ですよ!!」
ザックが指摘すると、空から声が聞こえてきた。
「我々は影を纏う者だ。そこの黒色のライダウェイに熾す者が乗車している事は分かっている。今すぐ我々に引き渡せ」
突然の出来事にザックは生きた心地もしなかった。
「何で居場所が分かったんでしょうか?」
「ハワード君は新聞で顔が知られています。恐らく、ライダウェイに乗る現場を目撃されたのでしょう。若しくは……疑いたくはありませんが」
メルフィン先生は運転手の方を凝視した。疑いの目を向けられた運転手は誤解を解くために話し出した。
「おいおい、まさか俺を疑っているのか? あんな得体が知れない奴等と俺が手を組んでいると言いたいのか?」
「あなたがその気になれば無線を利用して現在地を伝える事だって出来た筈です。影を纏う者は金に糸目をつけないと言いますから」
運転手は頭に手を当てると、溜息をついた。
「流石はリベラーク学園の先生だ。確かにこのライダウェイには外部との連絡のために無線通信が出来る様になっている。それに、影を纏う者が金を惜しみ無く出す事も俺は知っている。その生徒さんを捕まえれば大義賊トルヴォロよりも高い懸賞金を影を纏う者から貰える事位、俺でも想像が付く。只――」
「何ですか?」
メルフィン先生が問うと、運転手は抑え込んでいた感情を爆発させるかの様に怒鳴った。
「俺の妻の命を奪った奴等から、汚い金を俺が受け取ると思ったら大間違いだ!!」
車内は静寂に包まれた。三人は暫くの間、口を開かなかった。
「そろそろ熾す者を引き渡して貰うぞ」
空からの声を聞き、メルフィン先生が口を開いた。
「どうしますか、ハワード君?」
ザックはバックミラーに映る運転手の顔を見ながら話した。
「メルフィン先生は疑っていますが、運転手さんの事を僕は――信じます」
運転手はザックの方をバックミラー越しに見た。
「これは驚いたぜ。まさか俺が無実だと信じてくれるのか?」
運転手の問いにザックは答えた。
「だって、あなたみたいな運転手が悪の手先になるとは思えないのです」
ザックの答えに運転手は笑った。
「ハワード君と言ったか、少しは先生みたいに人を疑う事を覚えた方が良い。何でも彼でも信じていたら、侮られるぜ」
運転手の忠告にザックは笑った。
「僕は人を疑う事が出来ないんです」
「とんだ御人好しだな」
運転手とザックが笑っていると、メルフィン先生がおほんと咳払いした。
「問題は解決していませんよ。何か手立てはあるのですか、運転手さん?」
「無いね」
「では、ハワード君を引き渡すのですか?」
「まさか、そんな簡単に屈しないぜ」
運転手は運転席のスイッチを入れたり切ったりした。
「まさか、影を纏う者から逃げ果せると思っているのですか?」
先生の問いに運転手は応じた。
「客を目的地まで送り届ける、それが――俺の仕事だ!」
運転手はアクセルを勢い良く踏むと、ライダウェイは水を得た魚の様に加速した。
「引き渡す気は無い様だな、追うぞ!!」
纏まって動いていた影を纏う者達は四方に分散すると、黒色のライダウェイを追跡し始めた。
魔法使いの影を纏う者達はライダウェイに向かって呪文を飛ばした。運転手はサイドミラーで呪文が飛んで来るのを察知すると、ハンドルを左右に切った。呪文はライダウェイではなく道路に当たり、派手な爆発が起こった。
「どうやら、奴等は本気らしいな。俺を見縊って貰っちゃあ困る」
影を纏う者達は闇雲に呪文を連発したが、ライダウェイに一発も命中する事は無かった。
「あのライダウェイの運転手、何者だ? 予知の力でも持っているのか?」
「相当の手馴れと見える、油断するな」
ライダウェイは後方から飛んで来る呪文を回避しながら、道をジグザグに走行した。
「このままじゃ、埒が明かねえ。お二人さん、今から起こる事は他言無用にして貰えないか?」
「構いませんよ、生き延びたならばの話ですが」
「此処で使いたくは無かったんだけどな、仕方ねえ!」
メルフィン先生から了承を得た運転手はカーナビの液晶パネルを世四度触れた。すると、液晶パネルは回転して隠されていたスイッチが現れた。運転手が隠されていたボタンを押すと、ライダウェイのヘッドライトが光りだし、瓜二つのライダウェイが道路に現れた。更に、バックライトも光だしザック達の乗るライダウェイが四つになった。
「ふん、分身を見破られ無いとでも思っているのか? 真ん中のライダウェイを狙え!」
影を纏う者達が真ん中のライダウェイに向かって攻撃を加えようとした時、四つのライダウェイは黒煙に包まれた。
「何、煙幕か!? 風を起こせ!」
「ウィチェーレ<風よ 吹け>!」
影を纏う者の呪文によって放たれた一陣の風が煙幕を吹き飛ばした。
「何が本物だ!?」
「焦るな、本物は一つしかない筈だ」
影を纏う者達は手あたり次第にライダウェイを攻撃した。すると、四つのライダウェイに呪文が当たったにも関わらず、ライダウェイは走り続けていた。
「これって……」
「謀られたか! 奴等は先に進んでいる筈だ!」
影を纏う者達は分身のライダウェイを無視して速度を上げながら追い掛けた。
四つの分身から離れて走行していた本物のライダウェイに影を纏う者が追い付き始めた。
「もう気づくとはな」
再び影を纏う者による猛攻が始まると、ライダウェイは左右に動き呪文を回避した。すると、一つの影がライダウェイのボンネットに触れると、ライダウェイは減速した。
「あの野郎、俺のライダウェイに何をしたんだ?」
「あの影を纏う者の力で故障してしまったのでしょう」
ライダウェイはどんどん減速すると、やがて完全に停止した。空から追い掛けていた影を纏う者達は高笑いした。
「熾す者も此処までだな」
運転手は色々なスイッチを入れたり切ったりしたが、ライダウェイは反応しなかった。
「糞! 何で動かないんだよ、今年の検査は問題無かったのに」
影を纏う者達が続々と地上に降り、停止したライダウェイを取り囲んだ。
「お前達はもう袋の鼠だ。熾す者を引き渡せ」
運転手が頭を抱えていると、ザックは自身の力である白い火が壊れた物を修繕出来る事を思い出し、シートベルトを外した。
「おいおい、此処まで逃げておいて降参するのか?」
「僕は諦めません、失礼します」
ザックは運転席に片手を伸ばし、目を瞑って強く念じた。すると、白い火がザックの片手に灯された。
「まさか、逃げ切れ無かったはらいせに俺の愛車を壊す気か!?」
ザックは周りを囲んでいる影を纏う者を見渡すと、運転手の方を見た。
「運転手さん、今は一刻を争います。僕が運転手さんを信じた様に、運転手さんも僕を信じて下さい!」
運転手は戸惑いの表情を浮かべていたが、ザックの真面目な顔付きを見て観念した様に言った。
「――分かった。好きにしろ!」
ザックは再び目を瞑り片手に灯された白い火をハンドルに近づけた。すると、白い火は燃え上がり、ライダウェイ全体は白い火に包まれた。
「皆、一旦下がれ!」
火の巻き添えになる事を恐れた影を纏う者達がライダウェイから離れると、運転席の切れていたスイッチが全て点灯した。運転手は目を見開いた。
「何てこった、信じられねぇ事もあるもんだ」
「運転手さん、ぼーっとしている暇は有りませんよ。出発しなければなりません」
メルフィン先生の一言で運転手は即座にスイッチを入れた。ライダウェイは再び浮遊した。
「おい、あのライダウェイ動きやがったぞ!」
「そんな馬鹿な! 俺の能力で故障させた筈なのに!!」
「今直ぐ捕らえろ!!」
影を纏う者達が動き出した時には既に後の祭りだった。ライダウェイは銃から放たれた弾丸の如く、道路を疾走した。
「どうやら、運命の女神様は俺達を見捨てていなかったみたいだな!」
「ハワード君の御蔭ですよ」
ザックは力を使い果たしたのか、シートベルトを締めると同時に眠りに落ちた。疾走するライダウェイと追跡する影を纏う者を余所に、空は黒雲に覆われ雨が降り始めた。
「運が良いのか悪いのか、天気が崩れ始めたぞ」
「運転手さん、私の勘が確かなら今から霧が起こりますよ」
「そんな都合良く……?」
ライダウェイが道を疾走していると、遥か前方に白い霧が立ち込め始めた。
「こんな事もあるんだな。こっちにとっては都合が良い、そのまま突っ込むぞ」
「何か彼等を撒く策はあるのですか?」
メルフィン先生が心配そうに聞くと、運転手は笑みを浮かべた。
「安心してくれ、先生。まだ手の内は全部出していねえよ。これから空の旅になるが、構わないよな?」
「影を纏う者から逃げ切れるなら仕方ありません」
運転手はカーナビに隠されていたボタンを押した。すると、ライダウェイは色を失い透明になった。
「此処からが勝負所だ」
運転手はそう言うとアクセルを強く踏み込んだ。すると、ライダウェイは空に向かって飛び、道路から逸れて飛行した。
「ライダウェイに此の様な機能は付いていない筈ですが」
メルフィン先生が感嘆の声を上げると運転手は前方を見ながら答えた。
「これはライダウェイの機能じゃなくて、俺の能力だ」
「……成程、あなたの能力は磁場を生成する力と読みました。だからライダウェイが空を飛ぶ、いや、走行する事が出来るのですね」
「御名答」
ザックの乗ったライダウェイは姿を暗ました事で影を纏う者達は捜索を諦めざるを得なかった。影を纏う者から逃れたライダウェイは透明のまま、空を走行した。軈て、北ミュペリオと南ミュペリオの境界線にあるリベラ―ク学園に近づくと、ライダウェイは徐々に降下し始めた。
「そろそろ目的地に着くから、起こしといてくれ」
「ハワード君、そろそろ学園に着きますよ」
メルフィン先生に起こされたザックは、ライダウェイが空を飛んでいる事に仰天した。
「空を飛んでいますよ! 若しかして、僕達は天国へと向かっているんですか?」
「ハワード君、落ち着いて下さい。我々はまだ生きていますよ。これは運転手さんの能力の御蔭です」
メルフィン先生がザックが気を失ってからの経緯を説明している間に、ライダウェイはリベラーク学園の校門前に降下した。
「目的地に着いたぞ。料金は……三ゾルムだ」
メルフィン先生は財布を取り出すと、紙幣を数枚渡した。
「ちょっと待ってくれ、俺はこんなに要求していないぞ」
「これは、私達二人を無事に送ってくれた細やかなお礼です」
「運転手さん、有難う御座いました」
ザックが礼を言うと、運転手はザックの方に目を遣った。
「礼を言うなら、俺も言わねぇとな。ザックだっけ? 影を纏う者から逃れられたのはお前の白い火の御蔭だ。……お前を信じて良かったぜ」
「やっぱり、運転手さんは良い人ですね。ちなみに、御名前は?」
ザックに言われて運転手は顔を背けた。
「ザヴェティオ・エスペトロだ。次頼まれても乗せないぞ、もう追いかけっこは御免だからな。先生、これはチップとして貰っておくぜ」
「構いませんよ。ではハワード君、行きましょう」
ライダウェイのドアがひとりでに開くとメルフィン先生はゆっくりと降りた。ザックも降りようとした時、ザヴェティオが声を掛けた。
「おい、ザック」
「何ですか?」
「余り無理はするなよ」
「はい!」
ザックがライダウェイを降りると、ライダウェイのドアは閉まり、舗装された道路に向かって走り去っていった。