10 宝石店での茶話会
ザックがアーカデム魔法学校に来てから一ヶ月が過ぎた。今日はPOECのルイス達が迎えに来る日だった。パルドとピティア、それにクルセトン校長が見送りに校門まで来た。
「じゃあ、ザックの杖とか教科書は預かっておくから安心して行ってこい!」
「影を纏う者には気を付けてね」
「うん。二人共、また一ヶ月後に会おう」
四人が話していると、白煙に包まれてルイス、アイリーン、エドワードの三人が現れた。
「約束通り、ハワード君を迎えに来ました」
「リベラーク学園のリオスタス学園長にハワードさんを宜しくとお伝え下さい」
「了解しました」
ザックは一ヶ月ぶりに会った三人組の下へと向かった。
「一か月前よりも凛々しくなったじゃないか」
「良い友達にも巡り合えた様ね」
「はい、充実した一ヶ月でした」
POECの三人とザックは煙移しでアーカデム魔法学校を後にした。白煙と共に降り立った土地はワレダーンの煉瓦造りの建物と違い、コンクリートで造られた高層ビルが立ち並ぶ街並みだった。
「ここは北ミュペリオの都市、リヴェルポリスだ」
「学校には行かないんですか?」
ザックの問いにエドワードが答えた。
「教材も無いのにどうやって授業を受けるんだい?」
「あっ、そうですね」
ルイスは腕時計に目を通した。
「リベラーク学園から先生が遣って来る予定なんだが……」
すると、四人の後ろから艶のあるシルクハットを被り、立派な黒の背広を着た男性が声を掛けた。
「すみません、POECの方ですか?」
「メルフィン先生、お久し振りです」
白髪の男性はザックの方へと歩み寄った。
「私はリベラーク学園で非常勤講師を勤めているベリオ・ダルヴェクス・シールド・メルフィンと申します。どうぞ、お見知り置き下さい」
ザックは両手に白い手袋を填めたメルフィン先生と握手を交わした。
「では、我々は此処で失礼します。メルフィン先生、ハワード君を宜しくお願いします」
「POECの皆さん、お勤めご苦労様です」
POECの三人は黒煙と共に姿を消した。
「さてハワード君、我々も向かいましょう」
「はい、宜しくお願いします」
二人は近代的なビルが立ち並ぶ街へと歩き出した。
ザックとメルフィン先生は書店で授業に必要な教科書を購入し、多くの人が往来する通りを歩いていた。
「此方でも魔法使いと似たような印貨を貰うのですね?」
「進化人の印貨は金色で裏面がМの文字が刻まれています。では、フェクス宝石店へ行きましょう」
二人は書店から目的の宝石店に向かって徒歩で移動した。
「何故、進化人の人達は腕輪を填めるのですか?」
「我々進化人が腕輪を填めるのは、超能力を制御する為です。魔法使いにとっての魔法の杖と同じ役割を担います」
二人は五分程歩いていると、陳列窓に見事な装飾品が並んでいる店の前に辿り着いた。
「此処がフェクス宝石店です」
ザックとメルフィン先生が回転ドアから店の中に入った。
「御免下さい」
ザックが呼び掛けると、向かいから紺の背広を着た男性が遣って来た。
「いらっしゃいませ。おや、メルフィン先生ではありませんか。今日はどのような用件でしょうか?」
「ブラウンさん、お久し振りです。今日は宝石店の見学に来ました。ハワード君、此方はフェクス宝石店の店主、ニーマック・ブラウンさんです」
「熾す者のハワードさんですね。御会いできて光栄です」
「何故僕が熾す者であると分かるのですか?」
「ハワードさんの事は新聞にて拝見させて頂きました」
ザックはブラウンさんと握手を交わすと、気掛かりな事を尋ねた。
「腕輪を呼び寄せる儀式はあるのでしょうか?」
「此方ではその様な儀式は行いません」
「では、腕輪を見せて貰ってもよろしいですか?」
「どうぞ、ご覧くださいと言いたい所ですが……」
ブラウンさんの顔に陰りが浮かんだのをザックは感じ取った。
「影を纏う者の件でしょうか?」
「その通りです。ストーンさん、店番をお願いします」
ブラウンさんは二人をテーブル席に案内した。程無くしてティーポットとカップを載せた盆を持ってきたブラウンさんは紅茶をカップに注ぎ込んだ。
「近頃、影を纏う者による犯罪が跡を絶たず、治安が悪化していると聞きます」
「若しかして、フェクス宝石店も襲撃にあったのですか?」
「はい、店内に飾ってあった既製品全てが一晩にして消え去っていました。フェクス宝石店だけではなく、ガトロスやルドアーレの宝石店でも同様の被害が発生していると聞きます」
「詰り、陳列棚に飾っているのは……」
「模造品です。この店のセキュリティーシステムを強化した所、彼等は難無く突破し、現物を攫って行ったのです。その為、現物は店の金庫にて保管しております」
ザックはブラウンさんの話を聞いてワレダーンで影を纏う者が金庫破りをしていた話を思い出した。
「ブラウンさん、北ミュペリオの銀行が襲撃された事はありますか?」
「はい、丁度一ヶ月前にヘクサル銀行が襲撃され、金庫破りに遭ったそうです。何やら盗まれたのは用途不明の鍵の一部らしいのですが、現金は一切盗まれなかったそうです。しかも彼等は通行人を襲い、警察と乱闘騒ぎを起こしました」
ザックはブラウンさんから聞いた金庫破りの話から思い当たる節があった。
「実は、僕が魔法の杖を買いに行った日に影を纏う者に襲われました。僕等が襲われる前にワレダーンの銀行も同じ被害に遭ったんです。丁度一ヶ月前でした」
口を閉じていたメルフィン先生が沈黙を破った。
「今から一ヶ月前、二つの国で金庫破りが行われ似たような物が盗まれた。これは偶然ではありません、恐らく計画的な犯行でしょう」
「私もそう思います。しかし、彼等の目的が見えません」
「二つの事件も同じ手口で犯行に及んでいます。ワレダーンではハワード君達を襲い、北ミュペリオでは通行人を襲うことで警察の注意を引きつけたのは、警備の厳重な銀行を襲撃しやすくする為でしょう」
ブラウンさんが紅茶の御代わりを注ぐと、ザックは茶菓子のクッキーを撮んだ。
「彼等が鍵を盗んだのは何故でしょうか?」
ザックの問いに茶菓子を食べ終えたメルフィン先生が口を開いた。
「その鍵に何らかの意味があるのは確かでしょう。何しろ現金には一切手を出していないのです。普通の強盗とは訳が違います」
茶菓子を食べ終えたザックはブラウンさんに尋ねた。
「ブラウンさん、影を纏う者が盗むのは宝石だけですか?」
「いいえ。この話は警察の方からお聞きしたのですが、彼等は墓荒しをしているそうです。それも、死者と共に埋葬された装飾品ではなく、死者の遺骨を持ち去っていると聞きました」
ザックは影を纏う者達の不気味な行動に寒気立った。
「遺骨を盗むなんて……死者を蘇らせる事は出来るのですか?」
ザックの問いにメルフィン先生が答えた。
「残念ながら、死者を蘇らせる事は魔法や超能力では不可能とされています」
「宝石、鍵、遺骨……影を纏う者の意図が全く見えません」
三人は暗い顔をしながら紅茶を飲み干した。
「でも、悪い話だけではありません。多くの影を纏う者達が警察に逮捕され、バロナルゴンに収容されているそうです。何れにせよ、犯罪は起こりにくくなるでしょう」
「バロナルゴンが影を纏う者の手によって陥落されない限りは安泰でしょう」
メルフィン先生が滅相も無い事を言うと、ブラウンさんの顔に冷や汗が伝った。
「メルフィン先生、冗談はよしてください。あのバロナルゴンから脱獄した者も、陥落させた者も三千年の歴史の中で誰一人として存在しないのですから」
ブラウンさんの意見にメルフィン先生は微笑んだ。
「勿論、冗談ですよ、ブラウンさん。あの堅固な警備システムに挑もうとする等、影を纏う者も愚かでは無いでしょう。おや、長話が過ぎたようです。そろそろ見学に移るとしましょう」
「では、品物を持って参ります」
ブラウンさんは店の金庫から取り出した色取り取りの腕輪をテーブルに並べた。どれも素晴らしい装飾が施されていてきらびやかなのだが、ザックにぴんと来る品は中々見つからなかった。
「持ち主が亡くなったら、腕輪はどうなるのですか?」
ザックの問いにブラウンさんは答えた。
「進化人が死を迎える時、腕輪の宝石はひとりでに砕け散ります。腕輪と魂との繋がりが途切れることで死者は彼の世へと向かうことが出来るとされています。共鳴の霹靂はご存じでしょうか?」
「知っています。アルティ魔法道具店のガーフィールドさんから教えて貰いました」
「進化人も魔法使いと同様に共鳴の霹靂が起こり、腕輪と魂に繋がりが生じます」
ザックは様々な腕輪を物色したが、一つだけ目に留まる物があった。その腕輪は竜の意匠が施されており、竜の頭と尾の間に挟まった紅色の宝石が際立って見えた。
「この腕輪、何だか心が惹かれます」
「その腕輪は模造品なのです。本物は火を自在に操る事が出来たとされています」
ブラウンさんの発言にザックは目を見開いた。
「腕輪に力が宿っているという事ですか?」
「そうです、世の中には魔道具と言う魔力を宿した道具が存在します。嘗てはフェクス宝石店でも魔力を宿したアクセサリーを取り扱っておりました。しかし十七年前から、北ミュペリオでも西方三国からの輸入品を売買する事が法律で禁止となり、現在は東方三国で魔道具を所持していると逮捕される様になりました」
ザックは何故、ミュペリオに向かう時に杖を預けなければならなかったのかを理解した。東と西、砲火を交えなくても緊迫した情勢である事をザックは察した。
「ブラウンさん、僕は魔法使いなので、腕輪と共鳴の霹靂は起こせないのですか?」
「そうですね、腕輪と共鳴の霹靂を起こした魔法使いは存在しません。逆も然りとされています」
ザックは腕輪を用意してもらったのを悪く思い、ブラウンさんに謝った。
「せっかく腕輪を用意してもらったのに、御免なさい」
「とんでもございません、ハワードさんは何も悪くありません」
ブラウンさんがザックを宥めると、メルフィン先生が席から立ち上がった。
「ハワード君、腕輪が無いからといって落胆する必要はありません。既に君が熾す者であるという事は証明されているのです」
「でも、学園の生徒達は腕輪を填めているのですよね?」
ザックの問いに予想外の答えがメルフィン先生から返ってきた。
「共鳴の霹靂が起こら無かった故に、腕輪を填めていない生徒もいます」
「そうなのですね……」
ザックは腕輪をしていない生徒もいると聞いて、ほっとしたと同時に不安になった。
「ブラウンさん、僕に何か出来る事はありませんか?」
ザックの問いにブラウンさんは面食らった。
「そうですね……では首脳会議で見せた白い火を見せて貰えないでしょうか?」
「分かりました、何か修復出来る物はありませんか?」
ザックの前に銀で出来た首飾りが出された。
「この首飾りは錆が生じていますね」
ザックは掌に錆びた首飾りを置き、自分は熾す者だと強く念じ、目を瞑った。すると掌に白い火が灯された。
「何と神々しい――」
「……熱を感じませんな」
ブラウンさんとメルフィン先生は魅了されたかの様に白い火に目が釘付けになった。一分程経つと、ザックは掌に灯した白い火を消した。掌にあった首飾りは錆が取れてピカピカに光っていた。
「素晴らしい火を見させて貰いました。ハワードさん、有難う御座います」
「白くて熱を持たない火とは、何とも珍しいですね。その火は物を修繕する事が出来るのですね?」
メルフィン先生の問いにザックは一ヶ月前の出来事を思い出した。
「そうだと思います。壊れたベンチやブランコに火を当てると、元の形に戻ったんです」
「成程、良く分かりました。では、我々もそろそろ学園に向かいましょう。ブラウンさん、失礼します」
メルフィン先生が店のドアから出て行くと、ザックもブラウンさんに礼を述べた。
「貴重な時間を割いて頂き、有難う御座いました」
「非常に有意義な時間を過ごせました。また何時でもお越しください」
次に影を纏う者に会う時までに強く成ってみせると心に誓いながら、ザックはメルフィン先生と共にフェクス宝石店を後にした。