9 アーカデム魔法学校での一ヶ月
ザックがパルドの部屋に泊まる事が決まった次の日から、ザックの学校生活が始まった。
「えー、今日から君達と一緒に授業を受けることになるザック・ハワード君です」
「宜しくお願いします!」
疎らな拍手が起こった後、ザックはパルドとピティアが座っているテーブルに着席した。
「では、今日は魔道拳の試験を行います。運動着に着替えて体育館に集合して下さい。ハワード君は初めてなので、他の生徒の出来栄えを見て参考にして下さい」
生徒達から落胆の声と歓喜の声が同時に上がった。
「グロスプ先生、魔道拳って何ですか?」
「魔道拳とは魔法使いが編み出した魔法武術です」
「力が無い僕にも出来ますか?」
「力は必要ではないのでハワード君でも修得出来るでしょう。魔道拳の型は五つあるので、最初は基本の型であるインチャルから始めると良いでしょう。では皆さん、十分後までに体育館に集合して下さい」
先生の声を合図に生徒達は一斉に教室を飛び出した。
「パルド、今日の授業は抜き打ち試験って事?」
「そういう事だ。ま、俺は心構えは出来ていたけどな。ザックは安心して俺の出来栄えを見ていてくれ」
「あら、その割には表情が固まっていたわよ、パルド?」
ピティアに気の緩みを指摘されたパルドは、動揺を隠す様に両手を上に伸ばした。
「べ、別に予測して無かった訳じゃ無いからな! それよりも自分の心配をしてないのか、ピティア?」
「私は普段通りにやるだけよ。じゃあ、後でね」
三人が運動着に着替えて体育館に着くと、他の生徒達が手や足を動かしていた。
「パルドやピティアの型は基本の型なの?」
ザックが聞くと、パルドは拳を握りしめ腕を斜めに構えた。
「俺の型はディーファン、相手の攻撃を受け流して持久戦に持ち込むのが得意な守りの型だな」
「私の型はレジェトロ、防御した相手の攻撃を利用して攻めるから反撃の型って言われているわ」
「僕のは基本の型だけど、グロスプ先生は型は五つあるって言っていたよね?」
ザックが尋ねると、パルドとピティアは互いに拳を突き出した。
「後はアピンゴ、攻めの型で修得者がインチャルの次に多い型だと言われているな」
「最後にイアデム、四つの型を統合した型で最も修得者が少ないと言われている難しい型があるわ」
「皆さん、試験を始めるので集合して下さい!」
生徒達が全員集まると全員で準備運動を行い、試験が始まった。
「では、一人ずつ順番に呼ぶので、それまでは各自復習しておくように」
ザックはグロスプ先生の隣で試験の様子を見学した。魔道拳は型によって動きが全く違っており、パルドとピティアの説明通り、基本の型が最も多く生徒達が型を披露していくのをザックは羨望の眼差しで見詰めていた。
「皆さん、お疲れ様でした。今後も抜き打ちで試験をする為、鍛錬するように」
すると、一人の生徒が手を上げた。
「グロスプ先生、まだ試験は終わっていないです。ハワード君がまだやっていません」
グロスプ先生は生徒に指摘されてきょとんとした。
「ゴライメル君、ハワード君は授業を受けるのが初めての為、試験は行えません」
「ですが、ハワード君は熾す者です。僕達、魔法使いを凌駕する力を持っているならば、今一度その卓越した腕前を披露して欲しいです」
グロスプ先生はザックの方に視線を移した。
「ハワード君、やってみますか? 勿論、点数を付ける訳ではありません」
「でも、僕は魔道拳の基本の型すら修得していません」
ザックが狼狽えると、先程手を上げた生徒が提案した。
「グロスプ先生、ハワード君は初心者なので、板割りをさせたらどうでしょうか?」
「成程、それは良いですね! では、早速準備しましょう!」
グロスプ先生は小杖を振ると、黒い板がこちらに向かって飛んで来るとグロスプ先生の前で積み重なった。
「ハワード君、君にはこれから板割りをやってもらいます。この黒い板は、測定用に作られた物です。ただ拳をぶつけるだけではこの板は割れません。集中力、魔力の制御が試されます。誰かハワード君に見本を見せてくれる人はいますか?」
すると、眼鏡を掛けた生徒が手を上げた。その生徒はザックが試験を行っていない事を指摘した生徒だった。
「ではゴライメル君、お願いします」
呼ばれた生徒は折り重なった黒い板の前に立つと、魔法円が宙に現れた。生徒は片腕を魔法円の中心に突き出すと、魔法円は生徒の片腕に纏った。生徒は黒い板の中心に軽く拳を数回当てると、拳を黒い板に突いた。黒い板は音を立てて真っ二つに割れてしまった。
「では枚数を数えますね。一,ニ,三,四,五,六。六枚です」
生徒達から拍手喝采され、生徒はザックの方に視線を向けた。
「これが学校一天才の実力さ。まあ、五枚位割れれば良いんじゃないかな。やってみると良い」
グロスプ先生が修復呪文を掛けて黒い板を元通りにすると、ザックは積み上げられた黒い板の前に立った。魔法円が宙に現れると、先程の生徒と同じ様に拳を魔法円に突き、魔法円がザックの腕に纏った。ザックは拳を黒い板の中心に拳を置くと、腕を振り上げて黒い板の中心を突いた。黒い板は一枚も割れなかった。
「ハワード君、ちゃんと集中しましたか?」
「はい」
生徒達がザックの事を嘲笑すると、グロスプ先生が注意した。
「皆さん、ハワード君は今日が初めての授業です。笑い事ではありませんよ」
ザックは手本を見せた生徒にアドバイスを求めた。
「ゴライメルさん、黒い板を割るコツはありますか?」
ザックが尋ねると、眼鏡を掛けた生徒は顎に手を当てて考える仕草をした。
「そうだな……黒い板の中心に意識を集中して拳と共に魔力を注ぐ事かな」
「ありがとう、やってみるよ」
ザックは再び魔法円を片腕に纏うと、黒い板の中心に拳を置き目を閉じた。ザックはペンタファーでパルドとピティアが影を纏う者と戦っていた時を思い出した。あの時、ザックは力を欲した。友を守る為に自分はもっと強くならねばならない、今度は自分が友を守る為に。ザックは目を瞑りながら拳を振り上げ、黒い板に突いた。黒い板は派手な音を立てて真っ二つに割れた。
「さっきより割れましたね、では数えましょうか。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十!?」
その場にいる生徒達は再びザックを嘲笑する用意をしていたが、予想外の事態に生徒達の開いた口が塞がらなかった。
「グロスプ先生、そんなに黒い板を十枚割る事は凄い事なのですか?」
「学生の最高記録は六枚、成人は七枚、十枚割った事がある人は大賢者だけです……」
ザックはグロスプ先生の言葉を聞き、生徒達の反応を見て自分の行いが常軌を逸していた事に気が付いた。
「あ、では片づけましょうか。皆さん、今日の授業は此処までとします」
グロスプ先生から終了の合図が告げられると、パルドとピティアがザックの下に駆け付けた。
「ザック、凄いじゃないか! 大昔の魔法使いが古代魔法を唱えたんじゃないかと思ったぜ?」
「ゴライメルさんみたいに上手くいかなかったから、きっと僕には魔法の才能が無いと思っていたよ」
「そんな事は無いわ。私達が買物に行って影を纏う者に襲われたあの日、私とパルドが呪文で鍵を掛けた扉をあなたは吹き飛ばしたじゃない!」
「僕はあの時、鍵を開ける呪文を知らなかったから、開いてくれと願うしかなかったんだ」
パルドとピティアが興奮気味に話していると、此方に向かって生徒が一人で近づいて来た。その生徒はザックが試験を受けてないと指摘したあの生徒だった。
「素晴らしい物を見せて貰ったよ、ハワード君。君が熾す者という噂は本当みたいだね」
「あ、ゴライメルさん、さっきは、アドバイスありがとう」
「テペラス、ザックを冷やかしにでも来たのか?」
パルドが睨みつけると、テペラスは両手を広げて薄ら笑いを浮かべた。
「まさか、そんな真似をする訳は無いだろう。寧ろ、僕はハワード君に助言をしに来たんだ」
テペラスは丸で見せ付けるかのように縁が金色に光る眼鏡を持ち上げた。
「君みたいな才能のある生徒は、僕みたいに才能のある生徒と友達になるべきだ。其処の負け犬なんかと一緒では、君の才能は埋もれてしまう」
馬鹿にされたパルドはテペラスに近づいた。
「悪かったな、負け犬で。こんな負け犬でも、影を纏う者を撃退出来るんだから凄いよな」
「君の相手をした影を纏う者は体調を崩していたんじゃないのかい?」
パルドとテペラスは互いに小杖を手にしていた。二人の顔は目と鼻の先まで近づいた。
「二人共、杖を用いた決闘は校内では禁止である事を忘れた訳じゃ無いでしょうね?」
ピティアの苦言に二人は小杖をローブのポケットに閉まった。
「勿論知っているさ、結果の分かっている決闘だなんて面白く無いからね」
「テペラス、最初から物事を決め付けるのは良くないぞ」
「そうかな、君は初等部の頃から一度も僕の席次を追い越せなかった。僕に勝てるとは思えないね。さてハワード君、この負け犬に付いて行くか、それとも天才の僕と友達になるか?」
テペラスのパルドに対する小馬鹿回しにザックは返答した。
「僕の友達を馬鹿にする人とは友達になれない」
「そうか、それは残念だ。どうやら才能はあっても、人を見る目は無いみたいだ」
テペラスは三人に背を向け立ち去ろうとした時、再びパルドが小杖を構えた。
「テペラス、それ以上ザックの悪口を言ってみろ、お前の背中に風穴を明けるぞ」
「おや、僕は君ではなくハワード君に言った積りだったんだけどな」
「――俺の友達に対する侮辱は、俺への侮辱だ」
「やってみるといい、君みたいな才能の無い負け犬には不意打ちがお似合いだ」
パルドの小杖を構える手は怒りで震えていた。
「パルド、テペラスの挑発に乗らないで。此処で呪文を唱えれば、退学になる事は分かっているでしょ?」
ピティアが諭す様に言うと、パルドは構えた手を不服そうに下した。背中を向けたテペラスはふと思いついた様にザックの方に顔向けた。
「君の活躍を期待しているよ、ハワード君」
捨て台詞を残してテペラスは去っていった。むしゃくしゃしたパルドは自身の髪を掻き毟った。
「済まねえ、ザック、かっこ悪い所見せてしまったな。つい頭に血が上ってしまった」
「そんな事ないよ」
ザックの言葉にパルドはきょとんとした。
「ザックは怒る事が出来無いのか?」
「うん」
ザックの答えにパルドは大きな溜息をついた。
「ザックは御人好しだな。癪に障る事を言われたら、怒っても良いんだぞ」
「パルドは怒り過ぎ、売られた喧嘩を買っちゃ駄目よ」
「若し、あいつが影を纏う者だったらと考えると、俺達だけでは太刀打ち出来なかっただろう」
ピティアに指摘されたパルドは、テペラスが去っていった方角を見詰めた。
「テペラスは学校に入学してから最初の試験で首席を取った。それからというもの、彼奴の席次を追い越した奴は誰一人としていない。確かに俺は彼奴みたいな才能は無いけれど、努力を怠った事は一度も無い。学校を卒業するまでに一度でいいから彼奴を追い越してみたいと思っていたけど、無理かもしれないな」
「パルドなら首席を狙えるよ。だって影を纏う者と戦って生き延びたんだから」
「あの時はピティアがいたからだ。若しもあの時俺一人だけだったら、ザックを守り通すのは出来なかった」
結っていた髪を解きながらピティアが言った。
「パルド、努力は必ず実るとは限らないけれど努力しなければ結果は出ないわよ」
「……やっぱりピティアには敵わねえな。どう頭を捻ったらそんな言葉が出てくるんだ?」
「当たり前の事を言っただけよ。パルドが努力を積み重ねてきたのを、結果が出なくても努力する事をやめないのを私は知っている。でもテペラスに勝ちたいなら、私を越えないと駄目よ。じゃあね」
そう言ったピティアは駆け出した。残されたパルドとザックは気合を掛けた。
「よし、この一年でテペラスを越えて首席になるぞ!」
「僕もパルドやピティアに追いつく様に頑張るよ!」
ザックは二人に匹敵する様な熾す者になってやると意気込みながら、パルドと共に体育館を後にした。
ザックがアーカデム魔法学校に来てから一週間が経った。ザックとパルドは早朝の護身術の授業を受ける事になった。護身術の授業には様々な学年の生徒達が運動場に集まっていた。
「お早う御座います、ウィルフォー先生、護身術の授業を受けに来ました」
「おお、誰かと思ったらハワード君にディキリア君じゃないか。ハワード君は護身術は初めての参加だね?」
「はい、宜しくお願いします」
ふと視線を感じたザックは生徒達の方を見たが、誰も此方を見ようとする者はいなかった。ほっとして辺りを見渡すと、生徒達のグループから離れた所に立っていた生徒が此方を見詰めていた。ザックはその生徒を見て、アーカデム魔法学校を見学していた時に睨みつけていたあの禿頭の生徒だと気づくのに時間は掛からなかった。恐怖を感じたザックは視線を逸らし、パルドと立ち話をした。
「パルド、あの生徒ずっとこっちを見てるんだけど……」
「ああ、ヴァルテロか。彼奴は良い奴だから心配しなくて良いぞ」
ザックは睨みを効かせる生徒から恐怖の印象が払拭出来ない中、ウィルフォー先生が生徒達に声を掛けた。
「よし、授業を始めよう。今日は不審者に襲われた時の対処法を復習してもらう。是迄に授業で教えた呪文を駆使して片方が不審者役、片方が防ぐ役をやってもらうぞ。では、二人一組になって!」
ザックとパルドが向かい合うとザックが尋ねた。
「僕はどっちの役がいいかな?」
「俺が手本を見せるから、ザックは不審者役をやってくれ」
ザックは小杖を構えると、パルドに向かって呪文を唱えた。
「イムダール<吹き飛べ>!」
ザックの杖から青色の閃光が飛び出すと、パルドは小杖を持った手首をくるくる回して唱えた。
「リベナカーラ<跳ね返れ>!」
パルドの小杖から閃光が放たれ、ザックの放った衝撃呪文はザックの方へと飛んできた。防ぐ暇も無くザックは後方へと吹き飛ばされてしまった。
「やっぱり、パルドは凄いよ」
倒れたザックに手を貸しながらパルドが言った。
「今にザックも出来るさ。さあ、練習だ」
ザックは何度も挑戦したが、呪文を唱える度に吹き飛ばされる事となった。
「ザック、交代するか?」
「いいや、パルドが吹き飛ぶまでやるよ。」
ザックが杖を構えパルドに呪文を唱えようとした刹那、ザックは背中に強い衝撃を感じたと同時にパルドの方へと前に吹き飛ばされた。
「ザック、大丈夫か!?」
意識が朦朧としている中、パルドと禿頭の生徒が映り込んだのを最後にザックの意識は其処で途切れた。
ザックは重い瞼を開けるとパルドとピティアと知らない生徒が此方を覗き込んでいた。
「気が付いたみたい。モルリア先生に知らせてくる」
「ザック、大丈夫か?」
「パルド、落ち着いて」
ザックはベットから身を起こすと周りを見渡した。自身が運動場では無く、ベッドが並べられている部屋にいる事に気が付いた。
「此処は……?」
「此処は保健室よ」
ザック背中を摩ったが痛みは感じなかった。
「あれ、確か僕は……?」
「ザックは失神したんだ。どうやらテペラスの反射呪文が逸れてしまってザックの背中に当たってしまったらしい」
ザックは気を失う前の記憶を辿ると、気になる人物が思い当たった。
「あの怖そうな生徒は?」
「ヴァルテロはザックに向かっていた反射呪文を相殺しようと反射呪文を掛けたんだ、ヴァルテロの反射呪文が掛かっていなければ、骨の一本、二本は折れていたかもしれない」
ザックはパルドの話に耳を疑った。あの生徒が自分を庇おうとしたなんて何かの間違いではないのかとザックは困惑した。
「信じられないよ、あんなに僕の事を睨み付けていた人が僕を助けようとしたなんて」
「ザック、勘違いしないで欲しいんだ。ヴァルテロは……」
話の途中で面識の無い女子生徒とモルリア先生がやって来た。
「ハワードさん、とんだ災難でしたね。背中に打撲傷が出来ていましたが、カポロメンさんが調合した軟膏で大分良くなりました。お礼ならカポロメンさんに言う様に」
「カポロメンさん、治療してくれて有難う御座いました」
ザックが礼を述べると、女子生徒は軟膏の入った瓶をザックに渡した。
「この軟膏を一日一回背中に塗れば打撲傷は良くなる筈よ。余分に調合しといたから、また同じ目に遭っても大丈夫だと思う。パルドもしっかりしてよね」
「済まない、セピナ。流石は魔法薬剤師だな、次からはちゃんと気を付けるよ」
朝の授業がある為、パルドとピティアは保健室を後にした。ベッドに取り残されたザックは教科書を読んだり、呪文の練習に励んだ。軟膏の効き目もあって、ザックは三日で回復した。
ザックの打撲傷が回復してから二週間が経った。魔法学校での生活にも慣れてきたザックは精霊学の授業を受けていた。隣の席にはピティアにパルドが座って羽ペンで羊皮紙の筆記帳に文字を書き込んでおり、テペラスも離れた席に座って羽ペンの先端を浮遊するインク壺に浸していた。
「四大精霊はサラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームの四匹であると皆さんも知っていると思いますが、彼等と契約を結ぶ事を禁忌の契約と言います。何故か分かる人はいますか?」
すると、一人の女子生徒が手を上げた。
「はい、バルロックさん?」
「四大精霊と契約する事は取引に応じなければならず、取引に応じた魔法使い達は悉く身を亡ぼしたからです」
「正解です。禁忌の契約が成立した場合、魔法使いは無事でいられる保証はありません。ワレダーン、ジャピル、プロドシア、それにパナベレンの四ヶ国は四大精霊と契約を結んだ場合、バロナルゴンにて終身刑を言い渡されます。はい、ハワードさん?」
挙手したザックはガプリトス先生に質問した。
「バロナルゴンって何ですか?」
「バロナルゴンとは、空に浮かぶ刑務所の事です。今から三千年前に起こったアステリール高原の戦いで多くの罪人を収容しなければならなくなり、既存の刑務所には入りきれなくなった為、新しい刑務所を建造しました。それがバロナルゴンです。当然ですが、誰一人として脱獄したり、刑務所が陥落した事もありません。ハワードさん、分かりましたか?」
「良く分かりました。ではもう一つ質問しても良いですか?」
「どうぞ」
「四大精霊との取引に応じた場合、魔法使いはどうなるのですか?」
ザックの質問で教室中の生徒全員の視線がガプリトス先生に注がれた。
「四大精霊の方が我々魔法使いよりも強大な魔力を持っている為、魔法使い側に不平等な取引を行う事になります。仮に生き延びる事が出来たとしても、四大精霊の力に魅入られてしまい我を失ってしまうとされています」
すると、最初に手を上げた女子生徒が薄ら笑いを浮かべて言った。
「禁忌の契約を結んだ人がバロナルゴンに収容されるのも納得ですね。力に溺れる人には魔法なんて使いこなせませんから」
「でも自分の為では無く、誰かの為に取引に応じただけでもバロナルゴン行きだなんて酷いと思います」
ピティアの意見に女子生徒が嘲笑った。
「あら、大切な人を守る為なら禁忌を犯しても良いと思っているの? 模範生の発言として聞き捨てならないわよ、ドークスさん?」
挑発的な女子生徒の意見にピティアは言い返した。
「始まりの大賢者ルーフォは邪術師ダルボジオスとの天変地異の戦いで四大精霊の力を借りて世界を救ったけど、誰にも咎められなかった。私は力に善も悪も無いと思う。大事なのはどう力を使うかじゃないかしら、ベジョリー?」
ピティアに反論されたベジョリーは顔から笑みが消え、握り拳を震わせていた。
「はい、議論はそこまでとしましょう。禁忌の契約の規則に関しては改正すべきとの声もあります。ドークスさんの言う通り、力は使い方次第との声もあれば、規則を遵守すべきとの声もあります。この課題は皆さんが魔法を使う前に考える切っ掛けを作るでしょう。取り敢えず、バルロックさん、ドークスさんの白熱した議論に皆さん拍手を送りましょう」
教室は万雷の拍手に包まれた。笑みが消えていたベジョリーも、拍手を受けて満更でも無いのか笑みを浮かべていた。
「あら、もう時間が迫っているので早めに切り上げましょう」
早めに授業が終わり、パルド、ピティア、ザックの三人が教室を去っていくのを二人の生徒が見詰めていた。
「君にしては頑張った方じゃないか」
「あなたはどっちの味方なのよ、テペラス?」
苛立つベジョリーの言葉にテペラスは宥める様に言った。
「勿論、こちら側さ。あの熾す者はどう思う?」
テペラスの問いにベジョリーは即答した。
「まだまだ世間知らずって感じね。とても選ばれし者には見えないけれど」
「僕も君の意見に同意だ。取り敢えず、計画は上手くいっているようだし、今の所は問題視しなくてもいいだろう」
「一泡吹かせるのが楽しみだわ」
二人は教室を後して別々の方向へと向かった。