8 バロアス広場での昼食
警察の取り調べが終わり、パルドとピティア、ザックの三人はクルセトン校長の下に向かった。
「クルセトン校長、助けて頂き有難う御座います」
「クルセトン校長が来なかったら、僕達の負けでした」
パルドとピティアが礼を述べると、校長は二人の方を見て労った。
「警察が来るまで良く耐え抜きましたね」
「でも、影を纏う者の指揮官には手も足も出ませんでした」
「相手は大杖を持っていました。あなた達の実力では二人掛でも押さえ付ける事は厳しかったでしょう。それにしても……」
校長はザックの方を向いた。
「ハワードさん、あなたが命知らずな行動をしていたのには驚きました」
校長がザックを責める様に冷たい視線で見詰めると、パルドとピティアは慌てて弁解した。
「校長先生、ザックは悪くありません」
「そうです、俺達を助けたくて行動しただけです」
その場の空気が急激に冷えた気がしたと思うと、校長は三人を冷めた目で見詰めていた。
「若し、影を纏う者に遭遇した場合には、速やかに警察に連絡をしなさいと言ったのに、あなた達は二人なら相手をする事が出来ると高を括った結果、街灯を倒し、消火栓やポストを壊し、挙句の果てには、アルティ魔法道具店の扉を吹き飛ばしたそうですね」
「いいえ、全部では無――」
「お黙りなさい」
口を挟もうとしたピティアは校長の叱責によってしょぼんと項垂れてしまった。
「良いですか、あなた達はまだ学生です。今回の騒動はあなた達の若気の至りによって引き起こされました。思慮分別のある人であれば、影を纏う者に挑むような馬鹿な真似はしません」
「でも、奴等はザックを狙っていたのです。あの儘何もしなければザックは連れ去られていました」
「それなら、三人で警察署に煙伝いして通報する事は考えなかったのですか?」
校長の真っ当な意見に三人はぐうの音も出ないでいると、白いローブを着た魔法使いが此方に向かって近づいて来た。
「クルセトン校長先生、お取込み中すみません」
校長は凍えるような視線を警官に向けると、問い質した。
「何故、出動が遅れたのですか?」
すると、警官は申し訳無さそうに事の次第を話した。
「実はですね、ペンタマ銀行が強盗に襲われたと通報を受け、取り抑える為にペンタマ銀行の方へと出動しておりました。その後、パークス街の各地で影を纏う者が暴動を起こしているとの通報が相次ぎ、署の警官全員が出動して警察署が空になった時に影を纏う者に学生が襲われているとガーフィールドさんから通報を受けたのです。署に戻って来た警官がガーフィールドさんからのメッセージに気づき現場に向かおうとしましたが、我々署の警官全員が影を纏う者を押さえるのに手一杯だった為、本部に応援要請を行いました。そういう訳で到着が遅れてしまったのです」
警官から話を聞いた校長は顔色一つ変えずに尋ねた。
「銀行から何が盗まれたのですか?」
「それが……金庫に預けられていた鍵が盗まれたのです。幸い、銀行の従業員に怪我は無く、現金も奪われる事はありませんでした」
話を聞いたパルドが首を傾げた。
「変だなあ、現金よりも鍵の方が大事だなんて。その鍵は何に使うのだろう?」
「預けられていた鍵の用途については現在調査中です。取り敢えず、暴動を起こした影を纏う者の殆どは逮捕しました。また何かありましたら警察署まで連絡をお願いします。では、失礼します」
魔法警察官は他の警官に指示を出しに警察署の方へと向かった。
「かっこいいよなあ、魔法警察。俺も何時かあの白いローブを着てやるぞ」
「パルドは魔法警察に憧れているの?」
ザックの問いにパルドは胸を拳で叩いた。
「俺の小さい頃からの夢なんだ。ザックが世界を救う事に比べればちっぽけかもしれないけどな」
「僕は力も無いし、知識も無い……パルドの方が立派だよ」
ザックが自信無く呟くと、ピティアが励ました。
「何言っているの、ザックだって私達を助ける為に勇気を出してくれたわ。力や知識なんて後から幾らでも得られるわよ」
ザックはピティアの方を向いた。ピティアの眼鏡のレンズは無色に戻っていた。
「人は力や血筋では決まらない、何を選択するかで決まるのよ」
「うん……ピティア、目が真っ赤になってるよ!」
ピティアの目は真っ赤な宝石の様に充血していた。
「私、ドライアイなの。目薬持ってきてるから心配しないで」
ピティアはバックから目薬を取り出すと、上を見上げて目薬を注した。
「何だよ、さっきの台詞。滅茶苦茶かっこいいじゃん」
「あの言葉は校長先生の受け売りよ」
「何だ、びっくりしたぜ。てっきり真面目に考えて言ったのかと思った」
「あら、少なくとも影を纏う者の指揮官に吹き飛ばされた誰かさんよりかは考えてるわよ」
「もう少しで吹き飛ばされそうになった人を減速呪文で受け止めたのは誰だったのか忘れたのか?」
ザックはパルドとピティアが言い合っている間に大破した消火栓の方へ向かった。消火栓だけではなく、破損したポストや折れ曲がった街灯を警官達が呪文で修繕していた。
「若しや、学生さんは熾す者のハワード君かい?」
「はい。魔法警察の皆さん、二人を助けてくれてありがとう御座います」
「とんでもない、感謝しなければならないのは我々の方だ。我々が来るまでの間持ち堪えていなければ、影を纏う者による被害が大きくなっていた事だろう。それに彼等からナイフが押収されている、君達が無傷だったのは運が良かった」
ザックと話していた警官とは別の警官が話に割り込んだ。
「所で、あの白い火は普通の火と違うのかい?」
「違うみたいですね」
「例えば、物を燃やすだけじゃ無くて他にも何か出来たりしないのかい?」
「こら、今は勤務中なんだから余り人の力を詮索するなよ」
「失礼しました! 影を纏う者を警察署に連行してきます!!」
根掘り葉掘り聞こうとした警官は、踵を返して捕縛された影を纏う者の方へと向かって去って行った。
「申し訳無い、君が犯罪を起こした訳でも無いのに個人情報を聞くのは良くなかった」
「でも、僕はガーフィールドさんの店の扉を壊してしまいました」
「気にする事は無いよ、ちゃんと修繕呪文で元に戻ったのだから。でも、次からは開閉呪文を唱えてくれよ」
「そうします」
警官と話し終えたザックは三人の下に戻った。
「クルセトン校長、白い火ってそんなに珍しい力なのですか?」
ザックの問いに校長は考え込む様に手を顎に当てた。
「私は摩訶不思議な力の数々をこの目で見てきましたが、白い火は一度も見た事はありません。それに、魔法使いは呪文無しで力を扱える者は殆どいないとされています」
「でも、八名門の魔法使いは力を扱えるって言われていますよね?」
パルドが尋ねると校長は捕縛された影を纏う者を引き連れて去って行く警官達を見詰めた。
「ガルモディロ家は病気に抗う力、アルノワージョ家は不撓の心を持つとされています。ゴライメル家とネヴァティマ家の力は何方も判明しておりません」
「なあピティア、ネヴァティマ家の力って何だっけ?」
突然問われたピティアは上の空だったのか、気が動転して財布を落としてしまった。ザックとパルドは協力して落ちた小銭を拾った。ザックはピティアの財布が普通の革では無く、鱗状の革で作られている事に気が付いた。
「えーっと、ネヴァティマ家の力は謎だった筈よ。強いて言うなら、結束が強い事かしら」
ピティアが財布をローブに入れた直後、パルドのお腹からぐうと大きな音が鳴った。校長にザック、それに外方を向いていたピティアがパルドのお腹に視線を移した。
「そういや、昼食食べてなかったな」
「そうね、私もお腹が空いたわ」
「僕も」
校長は空腹の三人に声を掛けた。
「私達も昼食を取りましょう。あなた達の良い巡り合わせに免じて、御代は私が払います」
校長の言葉が信じられないとでも言う様に、三人は顔を見合わせた。
「但し、二度と無茶な真似をしない様に」
パルドは拳を空に突き上げた。
「やったぜ! 生きてて良かった!」
「もう、直ぐ調子に乗るんだから!」
パルド、ピティア、ザックは校長の後に続いてバロアス広場へと向かった。
パルドとピティアが昼食を買いに行っている間、ザックと校長はバロアス広場のテーブルでミュティナスを飲みながら二人の帰りを待っていた。ザックは広場の中央にある噴水に見蕩れていた。噴水は四匹の竜の口から水が噴き出しており、その上には大杖を握り締めた魔法使いが銅像として突っ立っていた。銅像になっている魔法使いが気になり、ザックは校長に尋ねた。
「クルセトン校長、あの銅像の魔法使いは誰ですか?」
校長は銅像の魔法使いに目を移した。
「あの銅像の魔法使いはラクレトス・ジャンテストです。彼はワレダーン魔法警察の初代警視総監であり、大賢者の最初の弟子だったとされています。一晩で犯罪組織をたった一人で壊滅に追い込んだとされており、その功績を称えて魔法界で初のルーフォ勲章が彼に送られました」
「偉大な魔法使いだったのですね」
ザックがラクレトスの功績に感心していると、パルドとピティアが大袋を抱えて戻って来た。
「只今戻りました」
「ちゃんと食べられる分だけ買って来ましたか?」
校長の問いにパルドが笑顔で答えた。
「勿論ですよ! 御負けも貰いました!」
パルドとピティアは買ってきたパン、揚げ物、サラダをテーブルに並べた。
「六ゾルムで足りました」
ピティアが御釣りの四ズィブロを校長に渡し、四人は遅めの昼食を食べ始めた。
「パルド、この揚げ物は何?」
パンをがつがつ食べていたパルドは即答した。
「この揚げ物はダルボと言うんだ。中にジャガイモ、挽肉、チーズが入っていて旨いぞ。此処のダルボは食通の大賢者が旨いと太鼓判を押す程の代物だ」
ザックは試しに口にすると、さくさくした衣の中にほくほくした黄金色のジャガイモと挽肉の餡から濃厚な旨味を感じた。更に食べ進めると、餡の中から溶けたチーズが味に変化を与え、すっからかんな胃袋を満たしてくれる味にザックは感動した。
「――おいしい!」
「旨いだろ? ザックの口に合って良かった」
パルドが満足そうに笑うと、ピティアがダルボに手を伸ばした。
「ピティア、そのダルボは何個目?」
「これで三個目よ。パンは三個食べたわ」
「俺よりも食べているじゃないか」
「あんなに強い影を纏う者を相手に戦ったら、誰だってお腹は空くわ」
四人は昼食を食べながら、パルドとピティアが如何にして影を纏う者達を取り抑えたのかを話し、校長は改善すべき所を指摘した。軈てピティアを除く三人が昼食を食べ終えた頃、ザックは自分を連れ去ろうとした影を纏う者の事を全く知らなかったので校長に尋ねた。
「影を纏う者の目的は何なのでしょうか?」
「彼らの目的については不明ですが、良からぬ事を企んでいるのは間違いないでしょう。影を纏う者はこの数年で勢力を拡大しており、表に出ないだけで賛同者が沢山潜んでいるのではないかと私は考えています」
校長が自論を述べると、パルドとピティアが思い出した様に言った。
「そう言えば、奴等のリーダーが影の女帝が如何の斯うの言っていました。その偉そうな奴が影を纏う者を指揮しているのではないでしょうか?」
「私もその名を聞きました」
二人の話を聞いた校長は少しばかり眉を吊り上げたので、ピティアは口の中のダルボを慌てて飲み込んだ。
「勿論、魔法警察の取り調べの時に話しました」
「それなら構いません」
四人はミュティナスを飲みながら暫くの間、言葉を交わさなかった。ミュティナスの入った容器が空になった時、ザックは沈黙を破った。
「校長先生は熾す者の予言を知っていたのですか?」
目を瞑ったままの校長は、パルドとピティアに尋ねた。
「予言について話したのですね?」
「はい、魔法道具店で私達も知りました」
ピティアの答えを聞いた校長は三人の学生に話した。
「恐らくガーフィールドさんも話されたと思いますが、あの予言は既に外れた物として人々から忘れ去られていました。しかし、熾す者であるハワードさんが現れたことであの予言は現実味を帯びる様になったのです」
「予言は必ず当たる物なのですか?」
ザックの問いに校長は首を横に振った。
「ウィラティス大陸に伝わる予言には外れた物も存在します。過去に外れた予言には悪い未来を予言したものが幾つかありましたが、全てが当たった訳ではありません」
校長はゆっくりと目を開け、話し続けた。
「予言とは、未来に起こる出来事を見て見当をつける事だと私は考えています。なので、予言が外れる事は決して悪い事ではありません」
「では、何故クルセトン校長は予言の事をザックに話さなかったのですか?」
パルドが尋ねると校長の顔に迷いの表情が一瞬だけ浮かんだ様に見えた。
「ハワードさんの言う通り、熾す者の予言と関係があるから狙われたのは事実でししょう。しかし、一度外した予言が実現された事はウィラティスの歴史において前例がありません」
校長は一旦言葉を区切るザックを見て言った。
「ウィラティスに住む誰もがハワードさんに対して希望の眼差しを向けるでしょうが、その眼差しは重役となってしまいます。私は出来るだけハワードさんが重役を意識せずに青春を過ごして欲しいと思っていましたが……」
校長が言葉に詰まると、ザックが口を開いた。
「校長先生、お気遣い頂きありがとう御座います。でも、僕がウィラティスに来る事が出来たのはその予言が存在したからです。御蔭で僕はパルドやピティアと友達になれました。予言が僕をウィラティスに導いたのなら、僕は成すべき事を成すだけです」
ザックの言葉を聞いた校長はすっと立ち上がった。
「さて、昼食も食べ終えたので、学校へ帰りましょう。ハワードさんの意向を汲んで授業の日程を調整しなくてはなりませんから、忙しい一か月になりますよ。ドークスさん、そんなに食べていては、夕食が食べられなくなりますよ」
「す、すみません」
四人はパークス街からアーカデム魔法学校へと煙移しで戻ってくると、パルドが校長に尋ねた。
「クルセトン校長、ザックの寝泊りする部屋は決まっていますか?」
「まだ決まっていません」
「なら、俺の部屋に泊めても良いですか? 俺のルームメイトは飛び級で大学に進学したから、一人分空いているんです」
「……良いでしょう」
校長から了承を得ると、パルドはザックの方を向いた。
「よっしゃ! ザック、男子寮に行くぞ!」
「うん!」
二人が男子寮に駆け出していくのをピティアと校長は見詰めていた。
「クルセトン校長、私も失礼します」
ピティアは一礼をして校舎に向かおうとしたが、校長がピティアを引き留めた。
「ドークスさん」
ピティアは立ち止まり、校長の方を向いた。
「何でしょうか?」
「何故、水のヒュドラを影を纏う者に襲わせたのですか?」
突然風が吹き、花蘇芳の花がふわふわと漂いながらピティアのローブに落ちた。
「古来より蛇は人々に忌み嫌われてきた存在です。その蛇の姿を見せれば、影を纏う者に恐怖を与える事が出来ると思ったからです」
「成程、賢明な判断です。引き続き、勉学に勤しんで下さい。あと、食べ過ぎは良くないので程々にしておくように」
「以後、気を付けます」
ピティアが一礼して去って行くのをクルセトン校長は心配そうに見詰めていた。
「……杞憂だと良いのですが」
クルセトン校長は大杖を握り締めると、校舎へと入って行った。