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エレシアス  作者: 青白 朱玄
第一章 動き出す運命
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7 パークス街の騒乱

 「待ち草臥れたぜ! その店に熾す者(エレシアス)がいるってのは知っている。俺達影を纏う者(ジャルベナー)に寄越せ!」

外に出ていたパルドとピティアは小杖を持った手を下すことは無かった。

「何で熾す者(エレシアス)がいるって分かるんだ? 若しかしたら別の魔法使いかもしれないだろ?」

パルドの問いに影を纏う者(ジャルベナー)の一人が応じた。

「お前達と同じ年で杖を買いに来る奴なんて前例が無いからなあ。俺達を舐めない方が身の為だぞ」

すると、ピティアが前に一歩踏み出した。

「あら、忠告してくれるのは嬉しいけど、学生だからって舐められたら困るわ」

 先頭にいた影を纏う者(ジャルベナー)が小杖を構えた。

「お前達、悪い事は言わねえから此処は素直に引け。そうすれば、命だけは助けてやる」

「若し、引かないと言ったら?」

パルドの問いに大杖を構えた影を纏う者(ジャルベナー)が言った。

「状況が分かっていないようだな。お前達はたった二人、此方はその十倍だ。多勢に無勢なのは明らかだ」

「優しいのね、態々自分達の人数を教えてくれるなんて。でも、その人数なら二人で十分だわ」

挑発された影を纏う者(ジャルベナー)達はパルドとピティアに向かって呪文を放った。呪文は二人の手前に当たった。

「我々の任務は熾す者(エレシアス)の誘拐だ、あの二人は街灯にでも縛り付けておけ!」

「ミュレイ<光の壁よ>!」

パルドとピティアの杖から光が放たれると、光は二人を包み込んだ。

「糞! 此奴等、防御呪文を使いやがった!」

「焦るな、光の盾に攻撃を集中させろ。持久戦なら此方が有利だ」

 影を纏う者(ジャルベナー)達はパルドとピティアを覆っている光の盾に向かって一斉に呪文を放った。しかし、彼らの放った呪文は盾に当たると、元来た方向へと跳ね返ってしまった。影を纏う者(ジャルベナー)達は予想外の事態に慌てふためき、跳ね返った呪文によって数人が倒れてしまった。

「此奴等、本当に学生か?」

「防御呪文に反射呪文の応用か……どうやら無傷での生還は難しそうだ」

大杖を構えた影を纏う者(ジャルベナー)が他の影を纏う者(ジャルベナー)に対して指示を出した。

「作戦を変更する! 熾す者(エレシアス)の連れに手加減はするな。どんな手を使っても良いが、殺すのは許さないぞ」

他の影を纏う者(ジャルベナー)達は指揮官の指示に戸惑いを隠せなかった。

「どういう積りだ? まさか、彼奴らを仲間に加えようっていうのか!?」

「無益な殺生は無用だと影の女帝から仰せつけられている。これは私の意向ではない」

影の女帝の名を出した事によって他の影を纏う者(ジャルベナー)達は渋々指示に従った。

 「じゃあ、進化人(マペロン)どもは空から仕掛けろ。俺達はあの忌々しい盾を壊す事にする」

副指揮官の指示で数名の影を纏う者(ジャルベナー)が影に包まれると、空に向かって飛び出した。

「ピティア、進化人(マペロン)もいるみたいだぞ! 影とどう戦うんだ?」

「パルド、試しに影に呪文を唱えてみて」

パルドは頭上にいる影に向かって呪文を唱えた。パルドの杖から放たれた閃光は影に避けられてしまった。

「避けたぞ!」

「詰り、彼らは影になっても呪文は効くって事よ」

「それなら、これはどうだ! ウォカーレ<来たれ>!」

上空にいた影達はパルドの魔法に吸い寄せられた。

「馬鹿め! 自分で影を引き寄せる奴がいるか!」

パルドは不敵に笑い、杖を上空に向けた。

「イムダール<吹き飛べ>!」

パルドの杖から青い閃光が放たれ、影を上空へと吹き飛ばした。影は人の姿に戻り上空から地上へと落下した。

「ティダート<遅らせよ>!」

パルドの呪文によって落下する影を纏う者(ジャルベナー)の速度が遅くなった。

「取り敢えず、捕縛しとくわね。パラクトラ<伸びろ>!」

ピティアが呪文を唱えると、真っ直ぐな街灯が蛇みたいにくねくねと動き、落ちてきた影を纏う者(ジャルベナー)を一人ずつぐるぐる巻きにした。

 「流石、アーカデムに通っているだけの事はあるな。だが、盾はそろそろ限界だろう」

影を纏う者(ジャルベナー)から数々の攻撃を受けた光の盾は薄まりつつあった。

「ピティア、何か策はあるか?」

パルドに尋ねられたピティアは周囲を見渡した。

「一つ思い付いたわ。パルド、消火栓を盾にして」

その言葉と共に光の盾がパリンと割れた。ピティアはポストの陰に、パルドは消火栓の後ろに隠れた。

「ハハハ、盾が割れればこっちが有利だ! お前等、攻めるぞ!!」

 影を纏う者(ジャルベナー)達は二手に分かれ、パルドとピティアを攻撃し始めた。

「おいおい、さっきまでの勢いはどうした?」

「隠れてばっかじゃあ面白くねえだろうが!」

 影を纏う者(ジャルベナー)達の杖から閃光が放たれ、あらゆる光が交錯した。

店の中から見ていたザックは居ても立っても居られなくなり、店主に顔を向けた。

「ガーフィールドさん、ドアを開けて下さい! パルドとピティアを助けないと!」

店主は怒りの形相をしてザックを睨み付けた。

「今出て行けば、お前さんは直ぐ取り抑えられるだろう。そうなったら、二人の努力が無駄になる。警察が来るまで辛抱するしかない!」

「でも、僕だって杖があります!」

「魔法を制御出来ないのに無理に力を使えば、相手だけではなく周囲を巻き込むだろう。味方を助けた積りが敵に塩を送る事になりかねん。絶対に駄目だ!」

店主に諭され、ザックは部屋の窓から見る事しか出来なかった。警察が早く来てくれる事を祈りながら、ザックは拳を握り締めた。

 「ピティア、何時まで隠れてたら良いんだ?」 

「もう少しよ! それまで耐えて!」

パルドが隠れている消火栓は影を纏う者(ジャルベナー)からの呪文を受けて傷が付き、凹みが出来ていた。

「呆気ないもんだぜ! 予想以上に楽しませてくれたが、もう此処までだな。あの消火栓に集中しろ! イムダール<吹き飛ばせ>!」

四人の杖から同じ呪文が放たれ、消火栓を直撃した。消火栓の半分は吹き飛ばされ、水柱が辺り一帯を濡らした。

 「待ち草臥れたわ! ネヴァローア<水よ 出でよ>」

ピティアが水柱に小杖を向けると、水柱は水の大蛇へと姿を変えた。

「お前らびびってんじゃねえ、只のはったりだ!」

水の大蛇を前にして影を纏う者(ジャルベナー)達は足が竦んでしまっていた。

「あら、只のはったりにしては震えているわよ」

ピティアの挑発に乗った影を纏う者(ジャルベナー)達は水の大蛇に向かって呪文を放った。すると、大蛇の首が八つに枝分かれして其々の首が影を纏う者(ジャルベナー)に向かって襲い掛かって来た。

「あれは只の水だ!」

水の大蛇の九つの首が影を纏う者(ジャルベナー)達に突っ込もうとすると、指揮官の鋭い怒声が飛んだ。

「避けろ!!」

九つの蛇の首が影を纏う者(ジャルベナー)の下半身を通過したのを見計らってパルドが杖を振った。

「パゴーレン<凍れ>!」

数秒も経たぬ内に水の大蛇は凍り付き、避けた指揮官以外の影を纏う者(ジャルベナー)の下半身は凍結されてしまった。

「仕舞った!」

「動けねえ!!」

 間髪入れずにパルドとピティアの催眠呪文が動かぬ的になってしまった影を纏う者(ジャルベナー)に命中し、残りは指揮官一人になった。

「成程、水のヒュドラを生成し、襲わせて凍結させるとは恐れ入った。学生だと思って舐めて掛かったのが間違いだったよ。だが、我々も諦めが悪くてね」

大杖を持った影を纏う者(ジャルベナー)の指揮官は何も発せずに光の盾を出現させた。

「無言呪文か、今までの奴等とは違うな」

「パルド、気を引き締めて」

 二人が小杖を構い直すと、影を纏う者(ジャルベナー)の指揮官は構えを解いた。

「部下を丁寧に扱ってくれた事には感謝する。技量、魔力それに度胸まで据わっていると見た。無駄に争うことは無い、君達が我々の仲間になってくれれば、今日の所は引くとしよう。どうかい、悪くない条件だろう?」

指揮官の怪しげな誘いに二人は一蹴した。

「悪いけど、部下を大事にしない人には付いて行きたく無いな」

「そうね、自分の保身を謀る様な人とは上手くやっていけないわ」

 構えを解いていた指揮官は再び大杖を構え直した。

「そうか、逸材に傷を付けたく無いが、仕方があるまい」

指揮官が大杖を振ると、パルドは後方に吹き飛ばされた。

「パルド!!」

「俺は大丈夫だ! 彼奴を――」

影を纏う者(ジャルベナー)の指揮官はパルドが遠くに飛んでいったのを見届けると、ピティアに向き直った。

 「これで水をさす者は居なくなった。思う存分戦えるぞ」

「何の事かしら?」

指揮官は大杖をピティアに向けながら話した。

「惚けても無駄だ、君が水柱から大蛇を作り出した時、私の部下達は一歩たりとも動けなかった。それだけでは無い、君は態と自分に攻撃を当てる様に誘動させたな?」

「それが何か?」

指揮官は大杖を構えながら喋ろうとした。

「私を見縊って貰っては困る。あの力は……」

突然、ピティアは早口に呪文を唱えた。

「ラプリット<黙らせよ>!」

指揮官は続きを話そうとしたが、呪文で声が出せなくなってしまった。

「口は禍の門って言うでしょ」

 言葉が話せなくなった影を纏う者(ジャルベナー)の指揮官は取り乱す事なく大杖を振り上げた。すると、道路に敷き詰められた石が宙に浮き、指揮官の前に重なり始めた。やがて積まれた石は形を変え、石の巨人へと変化した。ピティアは振り下ろされる石の棍棒から身を躱しながら、光の盾を小杖から放出した。石の巨人は石の棍棒を振り下ろしたが、光の盾に当たると石の巨人は後方へと吹き飛ばされた。

「盾の呪文に反射呪文、それに倍増呪文を重ね合わせるとは。影の女帝が君みたいな人材を是が非でも欲しがるだろう」

黙然呪文が解けた指揮官は、頻りにピティアを勧誘した。

「どんな事を言われようとも、あなた達の仲間にはならないわよ。さっさと身を引きなさい!」

影を纏う者(ジャルベナー)に刃向かうとどうなるか、思い知るがよい」

 指揮官は片手を開くと、手首を回して握り拳を作った。すると、指揮官の前に影が現れた。その影はピティアにそっくりだった。

「君の影を奪わせて貰ったよ」

「そんなはったりなんて通用しないわよ! イムダール<吹き飛べ>!」

ピティアの小杖から放たれた青い閃光は指揮官ではなく、影に当たった。すると、何故か呪文を唱えた筈のピティアが後方へと吹き飛ばされてしまった。

「ティダート<遅らせよ>!」

先に吹き飛ばされて戻って来たパルドが減速呪文を唱え、吹き飛ばされ掛けたピティアを受け止めた。

「もう、遅いじゃない!」

「街の外まで飛ばされたんだ、これでも急いだんだぞ!」

 重なる様にして倒れていた二人は立ち上がると、影を纏う者(ジャルベナー)の指揮官に向き直った。

「凄いな、石の巨人を作り出したのか?」

「私じゃなくてあの影を纏う者(ジャルベナー)よ」

二人は小杖を振るって呪文を繰り出したが、指揮官の光の盾に全て跳ね返されてしまった。周りの街灯は倒れ、消火栓から噴き出す水で、辺り一帯は水浸しとなった。

 店の窓から見ていたザックは二人が劣勢だと分かると、出入り口のドアを開けようとした。だが、ドアには鍵が掛かっており、びくともしなかった。

「やめるんだ、若造よ。勇気と無謀の意味を履き違えてはならん」

「僕は見過ごす事なんて出来ません、だって二人は僕を守る為に戦っているんです。ウィラティスで出来た初めての友達を僕は失いたくありません」

ザックは小杖を取り出すと、店のドアに向けた。

「僕は二人を助けます! ドアよ、開け!!」

ザックが小杖を振るうと、店のドアは勢い良く吹き飛んだ。

「こら! 戻ってこい、若造!」

店主の声を無視してザックは外に飛び出した。

「ザック、こっちに来ちゃ駄目だ!」

「おや、熾す者(エレシアス)のお出ましか」

 ザックは指揮官の方を向いた。先程吹き飛ばされた石の巨人が指揮官を守る様に立ち塞がっていた。

「力に目覚めたとはいえ、魔法に超能力の扱いを学んでいない貴方など私の相手になりませんよ」

突然、ザックは指揮官に向かって走り出した。

「ハハハ、鴨が自ら遣って来るとは。あの青年を捕まえなさい」

命令を受けた石の巨人がザックに向かって手を伸ばしたその時、パルドとピティアが粗同時に叫んだ。

「ジュロドーファ<浮遊せよ>!」

「パゴーレン<凍結せよ>!」

すると、ザックの体は宙に浮き、石畳を浸していた水が一瞬にして凍った。ザックは無意識に滑走の体勢になった。宙に浮いていたザックの足は氷上に付くと、勢い良く滑り出した。ザックは足場を凍らされて動揺した石の巨人の股下を潜りぬき指揮官の前に勢い良く飛び出した。指揮官は片手を動かそうとしたが、突っ込んできたザックに押し倒されてしまい、ザックと指揮官は取っ組み合いを始めた。

「退きなさい!」

「絶対に退くもんか!」

 その時、石の巨人が音を立てて崩れ落ちた。パルドとピティアの背後から白い箒に白いローブを着た魔法使い達がザックと指揮官を取り囲んだ。取り乱した影を纏う者(ジャルベナー)の指揮官が動きを止めた。ザックが指揮官の方を見ると、相手は驚愕の表情を浮かべてザックを見詰めていた。ザックが小杖を構えるより早く、指揮官の喉元には大杖が突き付けられた。ザックは全身から血の気が引いていく様な寒気を覚えた。

影を纏う者(ジャルベナー)よ、若し、その子に手を出そうものなら、どんな目に遭うかは承知の上だな?」

声の主はクルセトン校長だった。

「……分かりました。降参です」

敗北を悟った指揮官は大杖から手を離した。時刻は既に昼時を過ぎていた。

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