表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/120

第90話

 余分な連れ合いが増えるのを避けて、自ら馬の御者を勤めて入った王都はメドヴェ山脈の南斜面にあり、菫青(きんせい)海に向けて広がる大平原の西部を押さえている。


 ()いては中東諸国に至る交易路の一端を担い、発展の過程で数多くの産業が集積された結果、学術的な側面でも大いに栄えていた。


「ふぁ、人だらけ、こんなに人間っているんだね」

「そう言えば、リィナって王都に縁はありませんでしたね」


「むぅ、なにそのどや顔、思わず否定したくなるんだけど」

「ふふっ、私は何度か、教会の(から)みで来たことありますから」


 “どこぞの田舎娘とは違います” と、澄ました口調で(のたま)うフィアの声や、それに対する反駁(はんばく)を仲(むつ)まじいなと聞き流して、黙々と俺は工業区に馬車を進ませる。


 派閥の領袖(りょうしゅう)たる宰相閣下が用意してくれた製紙工場の土地は外壁に近くとも、このエクルナが敵勢に包囲される恐れは早々ないので、どさくさ(まぎ)れに自分達の住居を優先して建設させたのは公然の秘密だ。


「グラシア紙幣の発行に備えた工場の管轄(かんかつ)もあるし、官職の役得と思っておこう」


 一応の自己弁護を済ませて、敷地内へ乗り入れると施工中の品質管理を徹底させるため、単身赴任で送り込んだ元庭師の工場長が俺達を目ざとく見つけ、小走りに駆け寄ってくる。


 愚痴を聞くのも面倒だと考え、そのまま家屋の玄関口まで馬を歩かせていくが… 苦労人の従僕は諦めることなく追いかけてきた。


「ぜぇ、はぁ… ぼ、坊ちゃん、良くいらっしゃいました」

「出迎えご苦労、手抜きされないよう工事現場の監視に戻れ」


「いや、いや、ちょっとは話を聞いてください!? もうそろそろ、女房が恋しいというか、何というか、地元に帰りたいんですよ!!」


 追い(すが)りながら懇願する相手を見て、恰幅の良い奥方が気侭(きまま)に自由を謳歌している姿など脳裏に浮かび、少なくない憐れみを誘う。


 こちらは(した)ってくれる二人を連れてきた手前、すげなく斬り捨てるのは(はばか)られてしまい、馬車を停めると同時に溜息が漏れた。


「分かった、ジラルドと交代させよう」

「え゛、本当ですか! いやぁ~、言ってみるものだ!!」


 港湾都市の製紙工場で経理を(にな)う、貿易商の三男坊に白羽の矢を立てると、破顔一笑した元庭師が真鍮の鍵を差し出てくる。


 住居の鍵だと判断して受け取り、二本あるうちの片方に多少の銀貨を添え、荷台を覆う(ほろ)より出てきた司祭の娘に渡そうとするも、軽妙な手捌(てさば)きで半人造の少女(ハーフホムンクルス)が奪い去った。


「合鍵、もう一個造ればいいのよね? お釣は駄賃ということで……」

「王都の物価は高いからな、小銅貨で数枚分くらいしか(あま)らないぞ」


「ん~、じゃあ、やっぱり任せる」

「…… それを私が承諾するとでも?」


 又も口論という体裁を(よそお)い、仲良くじゃれ合う二人に(かかずら)うと切りが無いので、我関せずに三階建て家屋の(じょう)を開ける。


 その間取りは設計段階の図式と相違なく、寝室にはイルファ郊外の天幕で致した(おり)、敷布にごろ寝するのを嫌がったフィアの要望もあって、無駄に横幅の広いベッドが壁際へ設置されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ