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第87話

 家路に()いてから数日、久し振りに港湾都市ハザルの北門を抜け、住み慣れている領主邸宅へ辿り着いたものの…… 九月初旬には王立学院専門課程の講義が始まるので、残念ながら長居はできない。


 それ(ゆえ)に感染地域からの帰還を祝ってくれるはずの夕餉(ゆうげ)では、緩やかなれども気まずい空気が流れていた。


「…… 仕方ないですけど、(あわ)ただしいことですね」

「ちょっとだけ、寂しいのですよ、兄様」


 前菜にあたる薄く切られた牛肉の塩漬けをフォークに(から)めつつ、母のフローディアが(おもむろ)に溜息など吐くと、焼きチーズに夢中だった(ティア)まで追従して、こちらに上目(づか)いを向けてくる。


 翌月以降の活動拠点となる王都と実家の距離を(かんが)みれば、馬車を使っても片道だけで四日ほど掛かるため、また疎遠(そえん)になってしまうのが心苦しいのだろう。


(身体強化の術式を使って汗馬の(ごと)く走破したなら、日帰りでの往復も可能だが……)


 少ない頻度(ひんど)でも街道の衆目を集めるのは避けられず、人外の烙印を押されてクライストの家名に傷が付きそうだ。


 ただでさえ、麻紙や活版印刷の導入、その延長線上にある紙幣発行の件も(あい)まって、方々(ほうぼう)に目を付けられていることから、無駄に目立つ行為は勘弁願いたい。


 困ったものだと思う(かたわ)ら、イルファの郊外にいた時は食中毒を警戒して、食材に火を通すことを徹底させていたのもあり、長らく縁のなかった生ハムを堪能する。


 燻製特有の香ばしい風味や、硬めの食感など楽しんでいると給仕のメイド達が頃合いを見て、主菜である魚介類のオリーブ漬け料理を運んできた。


 丁度、旬の鮭や帆立を頂きながら、向こうでの事柄を訪ねる妹の話し相手になっていれば、切りの良いところで家長たる父のディアスが口を挟む。


「屋敷に帰ってすぐ仕事の話で悪いが… お前が丸投げしていった諸々(もろもろ)の案件、こちらの好きに(まと)めさせてもらったぞ」


「構いません、父様の手腕は信頼してますから」

「まぁ、期待せずに聞け、私とて宰相閣下の意向には逆らえんのだ」


 そこは察しろと呟き、派閥の寄り親が二年掛かりで区画整理した王都の外れに建設中の製紙工場や、中央行政府が発行を委託する新しい “額面付き手形” のグラシア紙幣について、(こま)やかに現状を語り聞かせてくれる。


 王命に異を唱えるのは賢くないので、こちらの様式が将来的に統合されるのは()むを()ずとも、ひとつだけ聞き捨てならない言葉が含まれていた。


「宰相付きの調整担当… 新設の官職ですか?」

「あぁ、伝染病を終息させ、人心を王国側に引き寄せた褒美という名目だ」


 (ちな)みに行政府の試算では、想定より早く伝染病の鎮静化が進んで出費を押さえられたことや、紙幣流通によって都市イルファを自国の経済圏へ組み込んだこともあり、投資の元は二 ~ 三年で取れるらしい。


 その過程に()いて、一番(もう)けられるウェルゼリア領主の父は上機嫌で話を続ける。


「実質的に工場運営と紙幣(がら)みの仕事しか(まわ)さない、とは聞いている」

「褒美の形式である手前、辞退しても?」


「お前の好きにして良いが、適当な官吏(かんり)を代役に()えられて、王都での製紙業がやりづらくなるのは面白くないぞ」


 さらりと告げられた言葉で断った場合、どこぞの馬の骨が横槍を入れてくると悟り、深い溜息が漏れてしまう。


 任期中の退職も認められているようなので、諸事情を勘案した総合的な判断の下、(あて)がわれた地位に基づく役割と、それに付随(ふずい)する権利を引き受けることにした。

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