第8話
「誰か先客がいて、さらに揉めているようだな」
「ん、確かに……」
聴覚に意識を集中して数秒、俺にも微細な複数の声が聞こえてくる。まだ結構な距離がありそうなのに届くという事は、恐らく騒ぎ立てているのだろう。
独特の呼吸法で存在感を希薄化させた我が師に倣い、見よう見真似で気配を消して喧騒の発生源に忍び寄れば、厳つい男達が数人掛かりで三人の娘を半円状に取り囲んでいた。
(冒険者同士の争い、と言うには一方的だな)
双方とも武装を向け合っているが… 怯えて腰の引けた少女らに対して、嫌らしい笑みを浮かべた男達は場数を踏んでいるように見え、数的にも優位に立っている。
槍術士の娘が穂先を突き付けて牽制する一方、乱雑に繰り出された剣戟を斥候の娘が弾くも、死角より飛来した投擲用の小鉄球が額に当たって呻き声を漏らす。
「ぐッ！？ うぁ…」
「リィナ！」
「うぅ… 多勢に無勢とか、卑怯です」
「ははっ、仲間の心配している余裕があんのかよ！」
少し後ろで涙目になっている侍祭の娘が弱音を吐くと、にやけた男達の顔つきが一層と締まらなくなった。
「あの嬢ちゃん、中々にそそるな… 売り飛ばす前に楽しませて貰うか」
「大人しく武器を降ろして従えば、裸に剝いて隅々まで可愛がってやんよ」
などと、卑猥な言葉を吐いて舌なめずりしながら、どうしようもない連中がにじり寄っていく。
前世を鑑みれば、屈強な取り巻きなど引き連れて弱者を嬲りものにする事は自身もやっていたし、助けても得られる利は薄そうだが… 傍から見ると気持ちの良い光景ではない。
(いや、寧ろ不愉快なのでは？）
順当に考えた場合、まだ駆け出しと思しき冒険者の少女らは地元の領民である可能性が高く、将来的な税収確保の観点から庇護する必要性は無きにしも非ず。
他方、荒事や犯罪行為に手を染める者達は国や領地を渡り歩き、法的な追求を小賢しくも躱しているため、件の男達も同類の根無し草だろう。
少々考察しつつ、粗野な連中が抵抗する前衛の少女二人に腕の差を見せつけ、痛めつけて屈服させようとする様子を眺めていたら、ぼそりとサイアスが囁く。
「運が良いな、弟子。魔獣ではなく不埒者を斬り殺せそうな展開だぞ」
「また、面倒な世迷言を……」
底意地の悪い顔で “殺意と覚悟を鍛えるには丁度良い” と、唆してくる師を払い除け、再度の溜息混じりに態と草葉の音を鳴らせて木陰から出ると、場違いな子供の姿に全員の衆目が集まった。
その拍子に以前の自分は周りに良く見られたいとか、好かれたいとかばかりで、誰かを慮る事は皆無だったなと思い出して自嘲する。
「… 詳しい事情は知らないが、全く以って見苦しいぞ、貴様ら」
「は？ なんだ、この餓鬼は」
「迷子か、こんな森で？」
ふらりと十歳ほどの子供が現れ、年齢にそぐわない態度や言葉遣いをするという不可思議な状況から、男達が疑問符など浮かべている隙に間合いを取り直した少女らの傍まで、緩りと歩み寄っていく。
自ずと彼我の距離が縮まることで、面喰らっていた頭目らしき巨躯の男はこちらに視線を向け、不躾な態度で値踏みしてきた。
「随分と身なりの良い坊主だな… 小娘と一緒に身ぐるみ剝がして、奴隷商にでも売り飛ばすか？ まぁ、取り敢えず寝とけや」
取るに足らない雑魚を黙らせるが如く、適当に踏み入りながら振るわれた剣腹での殴打を左掌で受け止め、間髪入れずに接触状態より指向性を持たせた “紅蓮華” の魔法を発動させる。
爆音と甲高い金属音が響いた刹那、暴漢の頭目が把持している大剣の半分より先は綺麗に弾け飛んでいた。
「なッ！」「あっ…」
「ッ、ぐぶ！？」
自身を含む三者三葉な声が漏れる中、運悪く飛来した剣先を避け切れず、脇腹に突き刺さった無頼漢の一人が蹲り、どくりと傷口から大量の血を溢れさせる。
凍り付くような一瞬の沈黙を経て、対人戦闘に不馴れであろう少女らの悲鳴と野太い怒号が響き渡った。
