第77話 ~とある独立都市の広場にて~
因みに港湾で船荷が陸揚げされている同時刻、イルファの中央広場では貧困層の親子に向け、炊き出しが執り行われていた。
追加の料理を作るため、上機嫌でお玉を振るう “槍の乙女” の傍ら、オニオンスープに入れる玉葱の皮を剥く “踊る双刃” の機嫌も悪くはない。
「「~~♪♬」」
軽快に讃美歌を口遊む二人とも女子修道院の出身なので、類似のことに何度も駆り出されており、周囲を取り巻く主に地母神派の同輩ら含めて手慣れたものだ。
皆の表情が明るいのは再三に渡り、郊外の支援団本営に打診した催しが認められて、漸く教会らしい活動ができた経緯も大きいだろう。
「今は週二日の開催ですけど、もっと増やしたいものですね」
「ん~、ダーリンに言わせれば “偽善の最たるもの” だから、難しいと思うよ」
「ジェオ君、核たる部分は揺らがない性格なので」
某領主の嫡男曰く、“餌を与えられた狼は次も期待する。幾度も続けば牙を失った家畜になるが、一生面倒を見続ける覚悟はあるのか?” と。
また自身が狼の立場なら、与えられた餌を食んで醜く肥えるより、生きるも死ぬも自分次第な餓狼でありたいと嘯き、一方的な施しには難色を示していた。
その主義思想は伝染病に侵された都市の支援でも遺憾なく発揮されており、届けられる物資の大半は何かしらの “原材料” であって、街の人々が加工して経済を廻すように仕向けられている。
「金貸しから成り上がった領主家の本領と言いましょうか……」
「ふふっ、嫌いじゃないわ、ダーリンの哲学や生き方」
「独立独歩の精神は良いものの、自己責任で押し通せる強者の理論に傾いています」
「所詮、環境が違えば人間なんて分かり合えないのよ、その努力はできるけど」
他人の気持ちになって考えたところで、それは見方を変えただけに過ぎず、相手の感情を本当の意味で知ることは当然に不可能だ。
ただ、それすら怠れば諍いが多発して、生きづらいのも事実。
「確かにバランス感覚は大事かも? 多分、だからこそ皆の意見を考慮して、この炊き出しも認めてくれた訳だしさ」
「若君の言う “自立を妨げない範囲” に於いて、ですね」
「次期領主の専属司祭には為政者の視点も必要かと、フィア様」
感染地行きを志願してくれた修道女らに窘められて、ぐうの音を漏らした司祭の娘は頬を可愛く膨らませ、意見の数に封殺されまいと反駁を試みる。
英雄に至る人物の導き手として、傍で全肯定するだけの木偶になりたくないとの想いが強いため、慕う主君の愚痴を漏らすことも多々あれど… それを幼馴染のリィナや、共に育った血の繋がらない姉妹に弄られるのは恒例となっていた。
俄かに騒がしくなろうと動かす手は止まらず、其々《それぞれ》に連携して調理を熟していくあたり、息が合っているのか、いないのか。
支援団の中核となる地母神派の若者達を見遣り、港湾都市ハザル以外から来た他派の修道士らは微笑ましいものを見るような、温かい眼差しを向けた。




