第75話 ~とある半人造少女の視点③~
その筆頭たる職人組合の長に対して、上目遣いを向けながら頼み込んだのは感染地での支援に必要な人員の確保である。
勿論、労働には正当な対価が支払われるべきと宣う、次期領主の紙商人ことジェオ・クライストの信念もあって、慈善活動の類ではなく短期の雇用契約を結ぶと伝えるも、微妙に気不味い空気が流れた。
「さっき、地母神派の嬢ちゃんが司教様と揉めていた遺体の火葬もあるんだろう?」
「正直、病で亡くなった者には触れたくない」
「瘴気が移って死んだら、紙幣とやらを稼いでも無意味だ」
まだ生活に余裕のある熟練工らが躊躇う一方、都市封鎖で困窮に陥った中堅以下の者達は興味もありそうだが、あと一押しが足りない。
致し方ないのでダーリンの “仕込み” を使わせてもらおうと、先行させた船荷の支援物資より、《《優先的》》な配給を受けた大工の棟梁に目配せする。
感染初期の娘に解熱薬や鎮咳薬による対症療法など行いつつ、ヒーリングライトの魔封石を持たせて自然治癒力も高めることで、事なきを得た御仁は沈黙が降りるのを待ち、一歩を踏み出した。
「お金の問題だけじゃない、自分や家族が暮らす街のことだ。うちの連中に協力できないか、一度だけ話を通してみよう」
「こっちも具材が届かず暇な職人を抱えている、悪くないのかもな」
渋々といった体を装い、やはり調略済みの鋳物師の親方が賛同を示すと、顔合わせで広場に呼ばれていた組合の面々からも前向きな言葉が聞こえてくる。
彼らのうち数名は煽動要員に過ぎないものの、こちらに協力的な雰囲気が醸成された手前、贅沢は言わずに満足しておこう。
「雇用希望者は明日以降、広場で受付けます。配給物とは別に経済を廻すため、私達が持ち込んだ商品を買える紙幣での前払いも可能です、宜しくお願いしますね」
それとなく即金をちらつかせて、活動に支障がない程度の頭数が得られるよう仕向けた上、こちらを眺めていた冒険者らの輪に戻る。
ただ、伝染病に対する忌避感は想像よりも強く、翌日に集まったのは生活困窮者の七名だけであり、支援団の船出は前途多難に思えたが……
「はふぅ、何とかなるものです」
「最初の協力者を甘やかすダーリンの方針が良かったみたいね、フィア」
市街地に入って二週目、鉱山労働者が扱う覆面や厚い手袋を着け、最小限度の身体的な接触に押さえながら、病死体を運ぶ人々の姿が街の随所で見受けられた。
件の七人に日当の他、魔導書『ルルイエ異本』に記載された謎の属性魔法で不純物を取り除いた真水、小麦袋や保存の効く根菜に拠点で焼いたクッキーなど持ち帰らせたことで、近隣の住民を中心に十分な人手が集まっている。
なお、彼らが稼いだ紙幣は封鎖下での交易再開を餌にして、どの店舗でも使えるよう商業組合に通達を出してもらったので某嫡男の思惑通り、都市イルファの市井に於いて普及し始めていた。
「…… “ウェルゼリア経済圏構想”、恐るべし」
思わず呟くと少しだけ愁眉を曇らせて、幼馴染の司祭が言葉を紡ぐ。
「それですけど、近いうちに王都の中央政府が介入するかもしれません」
隣接領地の都市や町村も巻き込み、紙幣が金銀通貨に代わる物だと認識を広め続けて早四年、派閥の領袖である宰相閣下の目にも留まり、あまり派手にやるなと現領主が釘を刺されたらしい。
他方で仕組み自体は有益と判断され、金融政策に組み込む動きもあるとか。
自領の独占状態にある製紙法及び、活版印刷の技術が絡んでくることもあって、御上の権限で供与を迫られると既得権益が損なわれ兼ねない。
「まぁ、親子揃っての喰わせ者だし、上手に立ち廻るでしょう」
小難しい話は切りの良いところで止めて、運搬されていく遺体の焼却準備に取り掛かるため、護衛の冒険者らと一緒に都市北門の外を目指して移動する。
夕焼け空の下、胸元で手指を組み合わせたフィアや修道士に見送られ、今日も沢山の亡骸が荼毘に伏されると、たなびく白い煙が幾筋も天に伸びていった。




