第73話 ~とある半人造少女の視点①~
若干の哀愁など帯びた背中を丸め、腰まである美しい蜂蜜色の髪を微かに揺らせながら、ふらふらと歩き去っていく “槍の乙女” を微苦笑で見送る。
(ん~、情け容赦なくダーリンに鍛えられて、一緒に冒険者組合の依頼を片付けていたら、派閥の教会で聖女扱いされるようになってたけど……)
堂々と振る舞うのは苦手だったはず、私が女子修道院に引き取られて間もない頃、何かに付けて遠慮がちな姿勢が疎ましくなり、発破のつもりで珍しく出された焼き菓子を掠め取っても反論できないくらいには。
見咎めた幼少期のクレアに左頬を叩かれて喧嘩となり、ぎゃん泣きしたフィアのせいで姉様方に囲まれて、口々にお叱りを受けたのは懐かしい記憶だ。
その過程でこっ恥ずかしい内心を吐かされ、気弱な相手を思うが故の行動だと綺麗に纏められた末、三人の掌を重ねたかと思えば友諠まで誓わされてしまう。
「あれってさ、やっぱり “桃園結義” だよね」
領主邸宅の本棚にある『華國志演義』の序章を思い起こして、先達の修道女らに想い人と同じく、極東かぶれの数寄者もいたのかと無意識のうちに口端が緩んだ。
ともあれ、無二の親友となった幼馴染のため、ひとつ不得手な仕事を減らしてやろうと考えて、こちらに話し掛ける機会を窺っていた連中の下へ向かう。
「職人組合と商業組合の方々ですね、何か御用でも?」
「あぁ、それなんだが……」
「少しだけ時間を頂きたい、リィナさん」
神妙な顔で各組合の長を務める二人が話題に挙げたのは、聡明な領主嫡男の読みに違わず、グラシア王国との交易に纏わるあれこれ。
伝染病の封じ込め政策を取ったヴェネタ総督府に倣い、近隣諸国も極端な物流制限に舵を切ったので、備蓄の目減りと物価高騰が止まらず、貧しい者から順番に飢えて死ぬような事態も起きているらしい。
(… うん、独立宣言も辞さないわ)
言わずもがな、封鎖によって仕入れのできない商人達は開店休業となり、職人達も具材を買えないために活動休止、農業以外の経済活動が止まった状態になる。
これでは疫病を乗り越えても、苦難の道しか残らないというのが実情だ。
「ご安心ください、私達を取り仕切るジェオ・クライストは紙商人です。皆様の窮状を分かった上で、支援団を仲買人とする交易の裁量も陛下より頂ています」
「「ぉおおぉっ!!」」
感極まった商人や職人達が歓声を上げるも、計算高いダーリンが機を逃すはずもなく取引には自領の額面付き手形、ウェルゼリア紙幣を使う手筈になっている。
金貨や銀貨と交換する形で流通させつつ、吸い上げた希少金属にて紙幣の信用力を高め、経済的に従属させて取り込む算段なのは大っぴらに言えない。
先ずは細かい交易上の規則を理解してもらうため、港湾都市ハザルの商業組合に属する人員を呼ぼうとすれば… 目ざといのか、もう近くまで歩み寄っていた。




