第71話 ~とある専属司祭の視点②~
「失礼、随分とお若いが… グラシア王国側の責任者は貴方なのか、槍の乙女殿?」
出迎えてくれた相手方の中心、市政を司る評議会の議長らしき人物に近づけば槍遣いの女司祭という特徴を踏まえ、私の素性を当てた御仁が問い掛けてくる。
こちらの倍以上は歳を重ねた者達の感覚だと、頼りない若輩に思えるのだろう。
「その認識で概ね間違いありません。我が君より、これを預かっています」
緩やかに左手を掲げてクライスト家の刻印付き指輪など見せ、王の委託を受けたウェルゼリア領主の一族から、確かな信任を得ていると示す。
昨日渡された魔法によるサイズ可変式の逸品はリィナの分もあり、二人の髪色に応じて彼女の物は白銀色、自身の物は黄金色となっていた。
あざとい幼馴染が憚ることなく薬指に嵌めたのを真似て、そそくさと制止される前に追随したのは言うまでもない。
若干、にやけそうになる表情を引き締め、この都市が先日まで属していた共和国への過度な刺激を避けるため、伝染病の支援団は第三者機関にあたる教会や、冒険者組合の人員ばかりなのも伝えていく。
「故に市街地での指揮を任されたのが領主家に仕える司祭の私と……」
「銀等級の斥候剣士、リィナと申します。貧困層の出自なので姓はありません」
「都市評議会の議長を務めるヴィジリオ・スピネージです、港湾都市ハザルとは近いのもあって “踊る双刃” の活躍は聞き及んでおりますよ」
お勤めの合間に荒事の依頼を受ける場合、大抵は一緒に行動することを考えれば、よそ行きの態度で応じた相方の二つ名が知られていても不思議ではない。
彼の御仁に紹介された行政局の官吏、危険を省みず治療に当たる病院の関係者、各組合の重役らも同様らしく、広場に於ける面通しは円滑に進んだ。
それでも経験の浅い小娘に向ける訝しげな視線は変わらず、少し気まずい雰囲気が漂う中で、医師の纏め役が咳払いをひとつ。
「先に伝えられた紙商人殿の指示通り、治療器具の加熱消毒や蒸留酒での手洗いうがいを取り入れたところ、診察に伴う同輩らの感染は大きく減ったな」
「疫病対策の紙面にも同様のことが記されていました。市井なら前者は衣類と食器等が対象で、後者は煮沸冷却した綺麗な水を使うことになりますが……」
発病者に可能な限り近づかない指導も含めて、教会の者達が啓発したことにより、増える一方だった感染者数に改善の兆しがあると現地の司教様も宣う。
教皇庁に忠実な普公派の聖職者が殊の外、柔らかい物腰なのに戸惑い、傍流の地母神派としては警戒心を抱くも、返ってくるのは実直な眼差しのみ。
「身近で千を優に超える人々が亡くなれば、零れる命を掬いたいと願うこと以外、すべてが些末に思えます。主義思想の差異は捨て置きましょう」
「っ、司教様の仰る通りです、まさに!」
「ちょッ、フィア!?」
あまりにも聖母の御心に添った言葉を並べるので、思わず派閥の鞍替えを勧めそうになる私を押し留め、この場を取り繕おうと呆れ顔のリィナが半歩前に出た。




