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第69話

 天然の良い香りが嗅覚をくすぐり、ふと製紙工場を任せた従僕が多額の私費など投じて、勝手に造った敷地内の庭園を思い出す。


 半ば無理やりに職務の内容を変えたことや、呼び寄せた労働者らのいこいの場になっていたこともあり、おとがめはなしで好きにやらせているが……


 出掛けに薬効のある草花を根こそぎ頂いたので、帰ったら恨み節をぶつけられそうだと、かすかな苦笑が漏れた。


「うっぅ~、なんだか楽しそうですね」

「そうでもないさ、フィアは… つらそうだな」


 片手で胸元を擦りつつ、心許ない足取りのまま歩いてきた司祭の娘を見遣みやり、こいつも昨夜は飲み過ぎたのかと目星を付ける。


 さりげない挙措きょそで革製の水筒を掴み、香草茶の小鍋へ追加の水を注いで、蜂蜜もふたさじほど入れた。


「まぁ、飲んでいけよ、二日酔いに効くはずだ」

「良いのですか、糖蜜のたぐいは出先だと希少品でしょう」


「ん、天幕で寝ているリィナには内緒で頼む」

「あぁ、やっぱり、ジェオ君のところに……」


 朝鳥の声で起きると幼馴染の姿が消えていたため、捜索中だったという彼女は溜息を吐いて、焚火を挟んだ対面へ座り込む。


 ややうれいた表情で思考にふけりながらも、瑞々《みずみず》しい桜色の唇を小さく開き、ぶつぶつ独り言を呟き出した。


「…… むぅ、はしたないけど、あれぐらい積極的にいくべきなの?」

「おいおい、教会の聖職者と思えない言葉だな」


「ふふっ、地母神派は “産めよ増やせよ、大地に満ちろ” の立場なので、公的に問題はありませんし、私的にも貴方の専属司祭ですから」


 澄まし顔で同輩らが重用ちょうようされず、教皇庁に嫌われる理由の一端をフィアがのたまい、みずから抱き締めるように大きめの乳房を寄せ上げて、つややかな視線など向けてくる。


 されども、恥じらい含みの可愛い仕草に惑わされることなく、平然と香草茶の煮だし具合を確かめ、愛用の木製マグに注いで手渡した。


「うぐっ、ありがとう御座います」


 やや不満そうに受け取った司祭の娘は息を吹きかけ、マグのふちに唇を添えると、火傷しないよう慎重に熱い液体を啜る。


 焚火の始末を済ませた俺も彼女にならって少量ずつ、さじせんじた茶を小鍋からすくい、乾いた喉の奥に流し込んでいく。


「これ、かなりの薬草が混ざっているのに美味しいですね、ほっこりします」

「ここ一ヶ月で関連する知識をめ込んだからな、その節は世話になった」


 派閥の教区長に手をまわしてもらい、系列の教会と修道院より薬草ごと伝染病の支援に加わる人員も集め、其々《それぞれ》が持つ知恵の欠片を体系的にまとめたのは記憶に新しい。


 お陰で植物の碩学せきがくという余計な称号も得たが、喧々諤々《けんけんがくがく》の議論を挟んで書き上げた著書はすこぶる好評であり、地元の教会に送る写本が欲しいとせがまれたほどだ。


「私も参加しましたけど、あれは素晴らしい時間でした」


 はふぅ… と吐息を零したフィアが悦にひたり、聖魔法の適性がない非術者でも扱える普遍的な医学の重要性を語り出す。


 それが想定外の長広舌ちょうこうぜつとなり、起きてきたリィナにも香草茶を強請ねだられ、蜂蜜マシマシでもう一度作らされる事態に陥った。


 ともあれ、今(しばら)く領軍の陣地内に物資等を集めつつ、先発の一団を編成させて旧態ポリスに戻ったイルファが管轄する小都市、システィナに向かわせる。


 彼らに道中の感染地を任せて、こちらは当初の目的地まで進み、支援団の拠点を都市郊外の荒地にもうけた。

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